表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
終末から来た男  作者: 北田 龍一
第四章 亜竜自治区編

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

218/738

生存のために

前回のあらすじ


 便利な道具に、無意識に慣れていた己を自虐しつつ、晴嵐は現在の方角を固定する。最低限帰還の方向を確かめた彼は、激痛を覚悟で傷口を焼き潰した。消耗した彼だが、上がった煙に位置を悟られると恐れ、よろよろと歩きながらその場を離れた。

 夕焼けが鮮やかに、草原を茜色に染め上げる。

 さらさらと流れるような草の音色は、爽やかに耳を打つ。もし自然に不慣れな人間ならば、その情景と風景に、暫し見入ったかもしれない。

 が、そんな感想は知性を持つ生命体の、贅沢な感性によるものなのだろう。揺れる草の音に交じって、その生命は長細い体をくねらせた。

 蛇だ。茶色とまだら模様の蛇が、風そよぐ草原をかき分け獲物へと這い寄っていく。周囲の環境に紛れる所作は、暗殺を狙う動きに見えなくもない。のどかに見える景色の下で、生命は今日を超えるための活動を続けていた。

 その蛇が顔を向ける先では、沼地からの合唱が聞こえる。カエルたちがつがいを求めて、愛を叫んでいるのだ。それが招かざる客を呼び寄せるとも知らずに。

 まだ距離と草の遮蔽で、見えないはずの獲物。しかし蛇は間違いなく標的を捉えていた。ビット器官……温度を感知する天然の赤外線(IR)センサーを、一部の蛇は保持している。「温度を見る」器官のおかげで……夜間や視界不良の中でも、蛇は獲物を逃がさない。

 限界まで距離を詰めた蛇は、頃合いを図って草むらから飛び出した。波打つ独特の移動法で、するりと標的に這い寄る。最後はぐいっ、と鎌首をもたげで、牙を見せつけ大口を広げて食らいつく。にらまれて動けないカエル……と表現するには語弊があろう。反応する間もなく、哀れな獲物は丸呑みにされたのだ。

 暴れる生命を喉で感じ、満たされた空腹に一息つく蛇。しかしその安堵が致命的な隙となった。

 草むらから巨体の影が踊りだす。手負いの獣めいたそれは、爪でも牙でもなく――握られた刃物を真っすぐに頭部へと振りかざした。

 寸分の狂いもなく頭蓋を穿ち、蛇を地面へ縫い留める。まだ痛みを訴える左手も行使して、のたうち暴れる獲物を刺殺した。

 数回尻尾に叩かれたが、死に際の抵抗は些細なもの。絶命を見届けた男、晴嵐はよろよろと蛇の亡骸を拾い上げた。

 彼が潜むは沼地と草原の境界。彼は日が落ちる前に食料を確保していた。活動は明るいうちに行い、夜間は静かに過ごすために。

 ただでさえ土地勘がないのに、夜中に活動すれば確実に遭難する。後に備えて、彼は即席の拠点へと帰還した。

 最低限の薪材と火口が並び、丸みを帯びた石の椅子に晴嵐は腰かけた。後ろにある枯葉の……藁もどきで作った寝具を背に、再び晴嵐はヒートナイフで火を灯す。

 またしても白煙が立ち上り、成分が涙腺を刺激した。しばらくむせる彼の顔に、先ほどあった焦りは見られない。

 現在いる地点は、一度目から多少距離を取った箇所だ。疲弊した肉体で遠出は難しく、様子を知る目的で近場に潜伏した。

 あの後……狼煙めいた煙が上がった場所に、誰も人の気配は来なかった。

 捜索を諦めたのか、野盗どもが同業者と勘違いし、無視したのかはわからない。なんにせよ煙を確かめに来ない……これだけが晴嵐にとって確かなことだ。気温の下がった草原を過ごすに炎は必須で、日が落ちるギリギリまで晴嵐は粘って、点火した。仕留めた蛇と、適当にとっ捕まえた茶色のカエルを、手ごろな枝に突き刺し豪快に炙る。

 もちろん二回三回と煙が上がれば、敵の手が伸びるかもしれない。しかし夜の闇に紛れれば多少はリスクを減らせると晴嵐は考えた。それに火を起こさねば……仕留めた野生動物の肉を生で食う事になる。結局どこかで「危険かもしれない」択を選ぶしかない。それが晴嵐の立場だった。

 理不尽だ。と彼は嘆きはしない。ごねて拗ねたって、現状に対しなんの解決にもならない。喚き散らして効果があるのは、周辺に訴えを聞く親切な誰かがいる時だけだ。

上から世界を見下ろす神がいて、そいつが聞いているかもしれない? あまりに馬鹿馬鹿しい話だ。この世に神に縋る人間が、何人いると思っている? 無数に嘆く人々の中から、神様は自分だけは見つけて下さり、救済を与えてくれるとでも?

 痛みをひりひりと生じさせる左手が、現実を強く訴える。ぎろりと天を睨んで、晴嵐は無駄な思考を振り切った。

 そんな当てにできない者に縋って、立ち止まるくらいなら

 不便で不自由で、愚鈍な一歩だろうと晴嵐は進むことを選ぶ。

 無様だと笑いたければ笑え。生きるために、生き残るために、自分の足と頭で現状から前に進む事だけが

 理不尽に対する、唯一確実な抵抗手段だと、晴嵐は信じている。

 気力を奮い立たせた男は、まずは小ぶりな焼きカエルの枝を手に取り、かぶりついた。

 ……ここ最近、まともな食事ばかり取っていたからか、若干舌が肥えている。それでも生のポーローよりは全然食えると、滋養をつけるべく食い進めていった。

 そう、滋養だ。今後に備え体力をつける必要がある。左手は何とか動く程度に回復したが……いつ化膿や炎症を引き起こすかわからない。仮に万事上手くいっても、塞いだ穴の治癒のために栄養分は必須だ。

 だから食らう。だから備える。いつかはすべての命は死ぬが、最後まで生き抜けるかは、当人の行動で違ってくる。

 少しでも理不尽な死から遠ざかるために

 少しでも納得した死を迎えるために

 少しでも……己自身でいられる時間を延ばすために

 そのために晴嵐は、今を全霊で生きるのだ。

 今ここで生きる己を……当人の望む望まざるにかかわらず、ユニゾティアで生きる己を肯定する。

 死後の続きであったとしても、惰性で生きる事を晴嵐は自身に許さない。

 一度無様に滅びた、地球文明を知る晴嵐だからこそ

 この世界を全力で生きぬいた末に、もう一度死ぬべきなのだ。

 それは彼本人の意識が、強く願った事ではない。

 無意識の底に刻まれた何かが、彼を駆り立てている。

 立ち上る煙と草原の中で、輝きの強い瞳が空を見上げていた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ