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終末から来た男  作者: 北田 龍一
第四章 亜竜自治区編

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野盗との乱闘

前回のあらすじ


 ゴーレム車に揺られ、亜竜自治区を目指す乗客たち。適当に会話を流す中で、もうすぐ武人祭なる祭典が開かれるという。今回の大会はレベルが高いとの情報が伝わる中、乗り継ぎの客にも誘いの声がかかった。

 しかし彼はノロケた話で断ろうとした……まさにその時、ゴーレム車は野盗に襲撃され横転してしまった。

 濛々と上がる土煙が、横転した車両を包んでいる。

 倒れる際の音が鼓膜を反響し、中にいた乗客はすぐに立ち上がることが出来ない。ごちゃごちゃに撹拌かくはんされた彼らのうち一人が、定まらない足腰で何とか一人這い出した。

 そして手荷物を持ったままま、一目散にソイツは逃げ出した。たまたまこの場に乗り合わせただけで、互いを助け合う義理はない。しかし中にはお人よしもいるようで……次に外へ出た亜竜種の客が、外側から内部へと手を伸ばした。


「掴まレ!」


 鱗の体表に覆われた手を取り、中の客を外へ逃がす補助を続ける。追加で二人引き上げた所で、風を切る暴力が亜竜種の背に迫った。


「チィッ! 邪魔をするナ!」


 腰に下げたさいを逆手で握り、振り下ろされたククリナイフを防ぐ。ぎょっと目を開く二人が気を取られてる隙に、次に荷台から抜け出したのは晴嵐だ。

 衝撃で左の小指が腫れている。痛みに顔をわずかに歪め、不快と怒りの矛先を襲撃者へ向けた。四本の無事な指で、彼は器用に刃物を投げつける。

 が、精度が荒い。胸を狙った一本は太ももを掠めるだけ。舌を打つ晴嵐と裏腹に、前衛役の亜竜種は飛び込んだ。

 武の祭典を志すその戦士は、一瞬の隙も逃さない。横薙ぎに振るった釵が脇腹を捉え、鋭く肉を打撃する。防具もない野盗は膝を折り、そのまま第二打を顎に直撃。グンと白目をむいて気絶し、地面へ突っ伏した。

 だがまだ一人だけだ。複数の人間が乗車して当然のゴーレム車に対し、単独で仕掛けるバカはいない。土煙越しに充満する敵意と、外側で聞こえる金属音が緊張を煽る。引手のゴーレムも絡まれているようだ。応援は望めそうにない。


「くそ……あ、足が挟まって……!」

「こんな時に……!」


 最後の一人は運悪く、何かが挟まってしまったようだ。敵は好機と見たのか、さらに三名がこちらに飛び込んでくる。


「! 貴様同族カ? 恥を知レ!」


 そのうち一人は亜竜種のようだ。茶色の鱗のソイツと、緑の鱗の亜竜種が向かい合う。釵を振るう緑の竜が、腰に差したもう一本の釵を握り二刀流で構える。

 対する野盗亜竜の得物は長槍だ。技量は不明だが、リーチにおいて不利が付いている。さらに脇に控える、体毛の多い獣人の野盗二人が、横転した荷台側へ抜けていった。

 にらみ合う亜竜は、二つの影を素通しするしかない。明らかに荒事に慣れてない者から狙う気か。一瞬気を取られた釵の使い手に、上段から槍が振り下ろされる。純粋な直槍でも、質量打撃は十分な脅威だ。瞬時に片側の釵を逆手に持ち替え、同じ方向に寝かせた武具で受けて、流す。

 地面を軽く引っ掻く槍が、そのまま地面を引いて構え直す。二手目の刺突は流動的に、下腹部脇を狙って低く鋭く迫った。

 その突きより早く――野盗の肩を「釵」が貫く。

 槍を受け流した直後、そのまま片方の釵を「投擲」したのだ。敵の連撃を読み、先んじて放った一手に野盗がよろめく。ぶれの生じた穂先を軽々片手で払いのけ、逆手に握った釵を深く握りこんだ。

 それはさながら、柄の部分が前方に出たメリケンサック。満足に剣を振れぬ距離でも扱える、格闘形態へ化けた釵で、急所の一点である喉仏を殴りつけた。

 汚らしい悲鳴を上げて、崩れ落ちる野盗亜竜。側面、後方へと流れていく敵へ、追い打ちの尻尾を用いた打撃で意識を刈り取った。

 次の戦闘に備え、投げた釵を拾い直す亜竜種。小さく上がった悲鳴に振り向くが、不要な心配とすぐに悟る。

 ヒューマンの男……晴嵐が野盗二人を黙らせた音だった。完全にのしており、もはや脅威ではない。最後の乗客も外に出た途端、男の負傷を目にして小さく息をのんだ。


「あんた、左手が……」


 腫れあがった小指は、今見れば軽微な傷に見える。左手は針状の投擲物が手首を貫通し、手のひらも穴が開く惨状だ。出血する腕を庇わず、男は淡々と刃物を構えて言う。


「どうせまともに動かせん状態だ。最初から潰す気で立ち回った」

「潰す気って……大丈夫なのかよ」

「後でポーションを使えば治せる。死ななきゃ安い」


 理屈の上ではそうだが、恐怖や痛覚を殺す前提の動きだ。特に強がる様子もなく、この男が場数を踏んだ事を伺わせる。話せる相手と認知した亜竜種は、晴嵐に対し尋ねた。


「……まだ十はいル。撃退は無理カ?」

「無理じゃろう。こっちは素人もいる。後二人いれば崩せたかもしれんが」


 同感だ。亜竜種は胸の内で頷く。既に覚悟を決めている男に対し、乗客の一人がやかましく叫んだ。


「無理って……じゃ、じゃあどうするんだ!?」

「こっから先は自己責任。逃げてもよし、戦ってもよし、金目の物を投げ渡して、土下座するのもよし……要はどうなるかわからん。自分て決めて行動しろ」

「い、いや、オレはただの素人で……ふ、ふ、ふざけんなよお前!?」

「ふざけてない。今はみんな、自分自身の事で手一杯じゃろうが。人様に責任を押し付けるな」


 既に左手を代償にした男が、目を合わせずに現実を告げる。

 最後は誰も誰かのケツなんて持てない。いざ脅威が迫った時は、自分の力で切り抜けるしかないのだ。まだ現状を呑みこめない一人が、情けなく叫ぶ。


「くっそ……なんでオレがこんな目に!?」


 悲鳴を好機と見た野盗どもが、若い乗客に襲い掛かる。すれ違うように亜竜種は飛び出し、取り囲み待機する……つまり一瞬気を抜いた輩に逆に仕掛けた。別の乗客は素人の取っ組み合いを繰り広げ、乱戦の形相を呈す。

 まだ数人残った野盗が、亜竜種を抑えようと迫ったタイミングで――晴嵐は煙玉を投擲。ますます激しくなる混乱と怒号。敵も味方もあったものではない、酷い闇鍋のような混戦の中……一人だけ真っすぐに、草原側へと走り抜けていく。

 あれだけ偉そうに講釈垂れていた男、晴嵐は

 一も二もなく我が身優先で、混乱に乗じて逃げだした。

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