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終末から来た男  作者: 北田 龍一
第四章 亜竜自治区編

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武人祭

前回のあらすじ


 城壁都市レジスを出た晴嵐は、亜竜自治区行きのゴーレム車を待つ。馬車の代わりに交通の便を担う車両に乗り、何名か相乗りの客と共に出発した。

 城壁都市から亜竜自治区へは、途中まで森林地帯が続く。うっそうと茂る木々と小石の多さにゴーレム車に揺られ、あまりよくない乗り心地の時間が一時間ほと続いた。

 会話するにも雑音がやかましく、時々振動て飛び出そうになる手荷物を、乗客が渋い顔で取り押さえる。長く感じる退屈な時は、森を抜けてようやく訪れた。

 最低限の石の舗装と、風そよぐ爽やかな若草の香りが、車内の空気を入れ替える。

 一番外に近い客が顔を出し、またある客はライフストーンを灯して、現在の位置を確かめた。


「ふーっ……千剣の草原に入ったみたいです。ここからは楽な道だ。時間的にはもう少しでしょう」

「グラドーの森付近はこれだから……なんで整備してない?」

「何者かが壊すと聞いタ。いくら道を作っても、一週間と持たないト」

「原因を聞いてる。蛮族化したオークどもの仕業でもないだろうし、変だよな……」

「何だっていいわい。もうあの道はこりごりじゃ」

「ちげぇねぇ」


 悪い乗り心地の影響か、乗客たちにも覇気がない。変わらないのは車両を引くゴーレムの足音だけだ。一定のリズムを保ったまま、中身の悲鳴を無視して進む。


「歩いたほうが良かったか?」

「いやー……早朝から出て、ギリギリ日が落ちる前に、向こうに着けるかどうかだと思いますよ」

「あるいは昼間に城壁都市を出て、ホラーソン村に泊まってから翌日……って、それだと宿屋代て高くつくか」

「夜は野盗やゴブリンも出ル。これが無難だろうナ」


 マシになった振動の車内で、乗客たちは雑談にいそしんだ。退屈の反動からか、皆それなりに饒舌である。


「しばらくは草原だよな? ここいらは」

「その筈です。この付近はしょっちゅう『緑の国』と『聖歌公国』で戦闘になる。そのたびに土地が荒れるから、一部を除いて木が生えないって話です。もう少し先に進むと、湿地や沼地になってるとか」

「おいおい……ゴーレムのあんちゃん、沼に嵌んねぇだろうな?」

「万が一の時は総出で押し出すしかあるまい。向こうに着けなきゃ、わしらも困る」

「もしそうなったら、割引を要求しましょう」

「「「「異議なし」」」」


 こんな下らない事だけ、妙な連帯感を発揮するのも人間か。談笑する最中、一人の亜竜種は笑っていない。一瞬剣呑な気配を表へ出し、口角を上げて行き先を睨んだ。


「あァ。遅れたら困ル。月一の武人祭に合わせテ、亜竜自治区へ戻るのだからナ」


 聞きなれない単語だ。表情には出さず、晴嵐は話を頭に入れ始める。


「確か四日後でしたっけ? 皆さんは参加を?」

「わしは決めておらん」

「オレは聖歌公国の……首都ユウナギへの乗り継ぎなんで、スルーかな」

「参加っちゃ参加かな。観客側で、だが」


 最後の発言を聞いた亜竜種が、ニヤリと笑う。「まだ噂だガ」と前置きの後、その亜竜種はある情報をそっと打ち明けた。


「此度の武人祭……ハクナ様が出るとの噂があル」

「ハクナ様って確か……元亜竜種で、吸血種の御方じゃねぇか。マジなのか?」

「それって年一の大武人祭の話でしょ? 月一の武人祭でも出るんですか?」


 細かな部分はわからないが、何か祭典があるらしい。そこに大物が出るという噂か? ひとまずは話の流れを見よう。晴嵐はじっと耳を傾けた。


「あの御方は唐突ト、己の武を披露することがあル。大武人祭は『必ず』お目見えになる場だガ、月一の祭典へ乱入した話も少なくなイ」

「それが今回だと?」

「うム。実際に蓋を開けねばわからぬガ……噂の影響は既に出ていル。腕に自信のない者、ハクナ様を恐れ多いと敬愛する者は出場を控エ、逆にハクナ様と一戦交えたい者ヤ、血の気の多い猛者が集う傾向が見られるナ」

「へぇ。じゃあ見応えがある武人祭になるってことか。そいつはいい」


 観客側で参加する乗客が、いかにも客観的な言葉をよこした。どうせ見物するなら、より盛り上がる方が面白い。気楽な発言を脇に置いて、晴嵐は亜竜種と顔を合わせた。


「お前さんは参加すると言っていたな。勝算はあるのか?」

「フ……まだまだ未熟故ニ、勝てると思っていなイ。だが叶うならバ……あの御方から一手御指南を賜ればと考えていル。我の得物ハ、あの御方と同じなのダ」


 言うや否や、腰に差した武器を亜竜種は手に取った。乗客の視線が集中するも、咄嗟にその武器の名前が出てこない。

 それは奇妙な形状の武器だった。柄から伸びた細い刀身こそレイピアに似ているが、全体的に肉厚で、強度を重視した作りに見える。先端だけは細く鋭く、ギリギリ刺突武器として機能するだろう。

 最も特徴的なのは柄と剣の間、ちょうど境目部分の両サイドに、金属の突起が備わっている。飾りにしては取り回しに影響が出る大きさのソレを見て、晴嵐はぼそぼそと声を出して考えた。


「片方しか突起のないのを見た気が……なんじゃったかのー……」

「東国列島の十手じっての事カ? 珍しい武器を知っているナ」

「これも大概珍しい武器でしょう。なんて名前です?」

「うム。これはさいと言う武具ダ。これ一つで複数の戦闘術を可能とすル。だが多い選択肢ハ、時に使い手をも惑わス。故に極めるのは困難とされるガ、ハクナ様は完全に性能を引き出せると言ウ」


 元日本人である晴嵐の感覚では「両側に突起のある十手」の形状だ。「さい」の呼ぶその武器の使い方は、ぱっと見で想像が難しい。話を終えると亜竜種は自分の腰に戻すが、一瞬見えた反対側にも、もう一本差していることに気が付く。二刀流で使う武器なのか? 

 客の何人かが好奇心を持つ中、一人おざなりな反応の客へ亜竜種が語りかけた。


「我もハクナ様ほどではないガ、相応に腕に覚えがあル。乗り継ぎと言わずニ、見ていったらどうダ?」


 乗り継ぎ……すなわち、ただ通過するだけと語った客に亜竜種が問いかける。ヒューマンの彼は少し申し訳なさそうに、そしてちょっと照れくさそうに言った。


「オレ、実はユウナギに恋人がいるんですよ。告白も済ませてて、帰ったら結婚しようかと。花束と指輪も買ってあったりして――」


 突然、ノロケ話を遮るかのように、荷台の中が激しく揺れ動いた。生ぬるい空気が霧散し、引手のゴーレムが淡々と危険を告げる。


「警告。野盗による襲撃。回避行動をとります」

「うわああぁあぁっ!?」


 荒くなる運転。地面から付きあがるような衝撃が車内を粟立たせる。晴嵐含む何人かが、咄嗟に備えた所で……強烈な振動を受けた荷台が、横転した。

用語解説


武人祭

 亜竜自治区に月一度、行われる武の祭典。今回は大物出場の噂が出回っており、腕に覚えのある者が集うという。


さい

 実在する近接武器の一つ。日本の十手に近いが、片側のかぎ状の突起が両方に備わった形状をしている。先端は鋭く、刺突にも用いることができるが……一目では用途が想像できない武器。

 元亜竜種にして、今も生きる吸血種。ハクナ・ヒュドラが用いる武器らしい。

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なんてキレイな死亡フラグ
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