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終末から来た男  作者: 北田 龍一
第四章 亜竜自治区編

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ゴーレム車に乗って

前回のあらすじ


 城壁都市内で迷う一組の若者エルフに道を示す晴嵐。カーチスには義理はないが、もう一人の少女に負い目を感じ、特に対価もなく世話を焼く。ポートに情報を転送し、彼自身もこの都市の外へ移動することを決断。次の行き先は『亜竜自治区』に、晴嵐は心を決めた。

 分厚い城壁を背に、晴嵐はじっとゴーレム車の到着を待っていた。

 入る際の物々しさと異なり、出国の審査はあってないような物で……審査官は軽く一瞥をくれただけで、すんなりと晴嵐を素通しした。

 変に揉めるよりありがたい。都市の外に出ると、グラドーの森に通ずる木々が爽やかな風を送ってくる。数度深く息を吸うと、今まで吸ってきた空気の質を思い知らされた。


(あの都市の空気は……何かこう、息が詰まる)


 閉鎖的な都市作りか、内部の人々が作る風潮か……窮屈な世界だったことは確かだ。晴嵐は裏路地の空気は嫌いではないし、馴染んだ方と思う。

 しかし多くの若者が荒れるように……合わない人間にとって、檻のような苦しさも否めない。次に向かう地域、亜竜自治区の空気が異なることを祈ろう。

 ライフストーンを取り出し、晴嵐は今までの情報をおさらいする。届いたスーディアからのメッセージも見直し、亜竜自治区の空気を予想した。

 彼の情報によると、亜竜自治区には特殊な装置が置かれており、しょっちゅう戦っているらしい。痛覚はそのままに、実際の肉体に傷を負わせない……言わば「闘争を競技にする魔法装置」が、あちこちに配備されているとのことだ。

 亜竜種独特の文化らしく、彼らの間で戦いは珍しくない。一応よそ者への配慮もあり、流れ者が断っても失礼ではないそうだ。

 さらに遡り、晴嵐はテティの話のメモを引き合いに出す。

『亜竜種』は近接戦闘能力に優れ、戦いを重んじる民族という。見た目は直立するトカゲにも見えるが、彼らに『トカゲ』と言うのは危険な蔑称らしい。冗談でも言ってはならぬと、強く釘を刺された覚えがある。


(見聞きする限り、血の気が多そうな民族じゃのー)


 晴嵐は荒事もこなせるが、好き好んで闘争に赴く人種ではない。どちらかと言えば、やり過ごせるなら受け流したい人種だ。あるいは戦う前に相手を折るなり、先んじて相手を潰す方策を探す。

 煙幕といい紙鉄砲といい、使う手も悉く搦め手ばかりだ。あまり仲良くできないだろうな……と予感を抱きつつも、未開の地へ想像は止まらない。確か、スーディアも多くを学んだと語っていた気もするが、彼は彼で今どこにいるのやら。

 晴嵐がとりとめもない妄想で時間を潰すと、待ちわびたゴーレム車が到着した。白い布ですっぽり上部を覆う日よけ。木製と金属で組み立てられた車体に、大きな二つの車輪は、大型の馬車を思わせる。左右に席が分かれ、七人ずつ向かい合う形で座席がある。つまり一台で十四人乗りだ。ぞろぞろと中から乗客が降りて、城壁都市へ足を運ぶ。一通り手続きが済むと、大型馬車を引いたであろうゴーレムが事務的な声で呼びかけた。


「亜竜自治区行きのゴーレム車です。ご乗車の方はお早めにどうぞ」


 馬や人なら休息が欲しくなるが、非生物のゴーレムに疲労の概念は薄い。到着と乗客の対応が終われば、すぐに次発の準備に取り掛かれる。晴嵐含む何人かが手を挙げ、代金を支払いつつ荷台に乗り込んだ。


(……これでは馬が不要になるな)


 馬そのものの育成と管理、さらに馬の手綱を握る御者への給料と育成費……そうした諸々が「ゴーレムの人件費」のみに圧縮できるのだから、ゴーレム車が交通の主導を握るのは道理と言える。荷台の中も蒸し暑くはない。座席に敷かれた輝金属が、何らかの魔法で調整しているのか?


「あと二分で発車します。亜竜自治区行きに乗車の方は、お早めにどうぞ」


 当然だが、一度の運送で運ぶ人間は多い方がいい。しかし晴嵐の乗る馬車には空席が見受けられた。既定の時間待機しても、乗車した客は八人ほどである。ゆったりと座れる分、乗客としてはありがたい。不満なのか、荷台を引く役のゴーレムはまだ粘っている。

 暇を持て余した乗客たちが、適当な会話を始めた。


「ん、少なくないか? こんなもん?」

「今はレリーの事件で揉めてるだロ? 野次馬が集まっているのサ」

「ゴシップのネタ集めで、今じゃ城壁都市側に入る人間の方が多いらしいぞ。入国審査ではじかれる奴も多いみたいだが……」

「おかげでわしらは、のんびり旅ができるわけじゃな」

「はは、違いない。ま、車の引き役はそうもいかないのかもな。給料に関わる」

「……なラ、亜竜自治区からこっちに来る便デ、稼げばよくないカ?」

「あー……たまに融通が利かないことあるからな、ゴーレムの人は」


 機械特有の頭でっかちが、晴嵐の脳裏にちらつく。金属の肉体や精神は、何も利点ばかりではないらしい。しばらく粘ったものの人は増えず、やや不機嫌な音声でゴーレムがとぼとぼと車の金属部を繋いだ。

 晴嵐からはその様子が見えないが――ゴーレム車が荷台と連結する様はやや独特である。人力車のように引き手役前方の棒を、両手で握りこむのは最後の工程だ。腰にあたる部分にベルト状の器具を装着し、肩部、胸部、肘の部分にも器具を装着する。見方によっては、後ろの引き車と『合体』するようにも見える仕組みのソレは、効率よく引き車とゴーレムを一体化させ、運送効率を上げる役割を果たしていた。


「準備が完了しました。発車します」


 ゴーレムの声が聞こえると同時に、がこりと車輪が回り動き出す。

 遠ざかる城壁は長い間、乗客たちの目に残っていた。

用語解説


ゴーレム車

以前も少し取り上げたが、今回も解説。馬車の代わりに引き手をゴーレムへと変えた物。コストカットももちろん、生物では痛みを感じるであろう器具の装着にも耐えれる。給料形態も差異があるが、一度の運送で多く運びたい心理はあるようだ。


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