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終末から来た男  作者: 北田 龍一
第一章 異世界編

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下準備

前回のあらすじ


 偵察依頼を受けた後、色々とシエラに注文を出す晴嵐。その中で晴嵐は「自分が戻らなかったときの対応」をシエラに告げる。「考えたくない」と言うシエラ「全く想定しないのは愚か」と軽蔑する晴嵐。冷徹な態度に彼女は「たまには肩の力を抜いたらどうだ?」と訴え、一度立ち去る。残された晴嵐は、殺気めいた嫉妬に身を焼かれた。「気を抜いて生き残れる世界の住人が、腹立だしくて仕方ない」と。

 手持ちの道具と、自らの体を晴嵐は点検する。

 シエラが用意した部屋で、今まで使ってきた物品を、一つ一つ丁寧に調べ、最善の状態に近づけるべく手を入れていった。

 大型サバイバルナイフを軽く研ぎ

 革靴の表面を磨いて、靴底の溝に詰まったゴミを取り除き

 ジーンズの傷み具合を調べ、どう改造するかの当たりをつけて

 そして最後――この決断には少々迷いがあったが――ミリタリージャケットの廃棄を決めた。

 門番やシエラがやたらと質問し、ここに来るまでも人々の視線を感じた。軍団長にはあまりじろじろ見られなかったが、気にはしている様子だ。


 なら、この服は見慣れない衣服、あるいは目立つ衣服なのだろう。まだこちらの世界の情報は足りないし、いかにも世間知らずな恰好は避けたい。利便性があるのは確かだし、再度手にするのは極めて難しいとも考えられる。手放すのも惜しいと訴える理性を、晴嵐は惰弱と切り捨てた。

 だったら資源を集めて、こちらに溶け込める衣装に仕立てて、作り直すべきだ。先の見えない不安と恐怖はある。しかしあからさまに見えているリスクに、自分から飛び込むとは愚の骨頂だ。珍しい品と売り飛ばすのも同様で、人の口に戸は立てられぬ。晴嵐とこの服を関連されることは、後々重くのしかかる可能性があった。

 そうと決まれば話は早い。残骸から再生したナイフで、丹念にジャケットの解体を始めた。

 縫い目と縫い目へ刃を走らせ、衣服を布きれへ分解していく。おおよそすべての物質は、接合部が弱く脆い性質をしている。生き物だろうが洋服だろうが、弱い箇所へ適切に力を使えば解体は簡単だ。

 尤も、ただ破棄することが目的なら……力任せに壊してしまうのが一番だ。時間も手間も短く済む。

 出来ないのは、老人の習慣だった。仕組みのわからない品を、丁寧に解体していけば構造は自然に頭に入っていく。そうして増やした知識の引き出しが、道具の作成や修復技術へと還元されていった。

 だから……晴嵐は力任せの破壊を好まない。何度も見たことのある品でも、もはや学ぶことのない道具でも、彼は丹念に分解する。最適解を知った上で、無駄に過程を増やして。それがいつか、何かの役に立つと信じて……


「ふぅ……」


 着用した姿を見られているが、ゴミ山から掘り起こし、修復が出来るのならやってみればいい。荒い鼻息と共に、厚めの布になったジャケットをゴミ箱へ投げ捨てた。

 次に彼が手を付けたのは、シエラに注文した物品の一つ。茶色と暗めの緑の布きれだ。黒いジーンズの傷を繕う目的で、集めさせたソレ。ズボンを脱ぎ、これまた要求した丈夫な縫い針で繕っていく。

 不愛想な顔つきと裏腹に、厚い布生地へ泳ぐように針を這わせる晴嵐。時折距離を離し、全体の配色を気にしながら、いい具合に三色の迷彩柄なジーンズへと改造していく。

 そのまま細かな針仕事を進め、ついでに今の着衣もほつれを直し、ジャケットの収納スペースを補うため、脇腹あたりにポケットも増設。雑布なので見栄えは悪いが、遠目で見ればわかるまい。

 さらに……ジーンズの外側と着衣の一部に、投げナイフ用のホルスターも作った。咄嗟の時に備え、数回壁に向けて投擲してみる。最初は投げることも難儀したが、何度か練習をこなすうち、その動きは滑らかになっていった。

 身の回りの整理が終わると、生乾きの毛皮を裏側へ返し、修復したナイフの刃を当てた。

 時間が取れなかったのと、この皮だけは自前で使うと決めていたため、処理は雑に終わらせている。腐ってしまう前に、まずは脂肪分と肉をそぎ落とさなければ。


(まだ大丈夫そうじゃな。腐ってはおらん)


 血と油でナイフが汚れ、溜まったカスを雑布で拭きとる。ここを怠ると、処理をしても結局腐ってしまう。丁寧に除去を終わらせた。

 次に、塩水を大きめの容器に溜め、その中に処理済みの皮をつけ込む。とりあえずの雑な防腐処理だが、これで腐る心配はしなくていい。紙のメモを添えて、宛先をシエラにしておく。

 最後に、テーブル上で出番のなかったウエストポーチを開き、中に彼の私物をしまう。こちらの通貨に、依頼された共鳴石、その他ポーション含む、工面した雑貨品に加えて、後々使えそうなガラクタの金属と針金をいくつか収めた。

 さぁ、準備は出来た。一度目を閉じて、彼は深く息を吸う。これがこの村で……いや、この右も左もわからない異界で、仮の拠点を得られるかの、最初の試練だ。

 始めよう。迷うのは後で良い。すべての装備と息を整え、部屋の扉に手をかける。何人かの兵士たちとすれ違い、兵舎の外を目指して歩くと……軍団長がちらりと晴嵐を一瞥し、すぐに視線を逸らした。

 非公式の作戦な以上、アレックスは『知らない』体で話を進めている。不審者扱いは変わらずで、特に声をかけても来ない。軽く手だけ上げて、軍団長の隣を通り過ぎた。

 ただ……出口に居たシエラだけは、晴嵐に一言だけ呟く。


「……頼む」


 秘密裏の事だし、猟師の彼は返さない。任せろとも、必ず帰ってくるとも言わない。

 焦るでもなく、気負うでもなく、仕事のために最善を尽くす。

 それだけを己の胸に誓って……晴嵐は再び、村の外へと進み始めた。

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