第三章 ダイジェスト・10
レリーの館に突入する、晴嵐とテグラット。静かすぎると感じながらも、晴嵐は罠の仕込みを進める。
どうやら『吸血種私兵部隊』は、レリーの館ではないらしい。私兵部隊の根城は『ユーロレック城』の地下……議員連中が使っていた城の地下が怪しいと言う。
もうしばらく様子を見て、吸血種私兵隊が来ないなら……晴嵐は城の地下に向かう事になる。ここはテグラット一人に任せる事に。暗い感情を滲ませる少女に、晴嵐は胸の内を語った。
復讐心は否定しない。けれど積極的に死に急ぐな。死を覚悟しても生は諦めるな。日常を取り戻しても、自分が帰れないのでは意味が無い……
男らしくない声色は、晴嵐本人の経験と後悔が含まれていた。珍しく優しい声色は、復讐を見届け残された寂しさを浮かべている。ガラでもないと悪態をついたが、少女の『死なないで』に呼吸を取り戻す。
彼も彼で修羅場に向かい、テグラットも用意した道具を確かめる。感傷の時間はここで終わり。吸血種を殺すために、彼女は敵の気配に向けて呟いていた。
レリー・バキスタギスは、愚かしくも勇敢な獣人少女に、貴族の仮面で優雅に一礼した。彼女の憎悪とドブネズミっぷりから、この前の『人狩』の生き残りと判断する。手に持つレイピアは試作品の武器。余裕たっぷりに歩くレリーに対し、少女は手製のスリングショット、俗な言い方をするならパチンコで攻撃を仕掛ける。魔法の矢じりを弾丸にしたソレは、廃材製だが侮れない。風を起こす扇を使い、弾丸の軌道を逸らして対処した。
じりじりと距離を詰め、サーベルで手首を狙うレリー。武器に拘らず、すぐにナイフへ持ち替えて受け流す。我流の戦い方は殺意が強く、一朝一夕で身に着けたのもではない。興味を持ちつつも、レリーは手を抜かずサーベルの魔法を散布する。疑似病原体をばら撒き、相手のコンディションを下げる魔法だ。危険と判断したのか、少女は走って距離を取った。
テグラットの逃走は誘いの一手だった。体調不良を引き起こす輝金属武器を受けても、ドブネズミとして生きて来た彼女は、その実あまり効果が無い。劣悪な環境で生きて来た裏路地少女にとって、体のどこかに不調があって当たり前だった。弱ったフリを見せて、吸血種を奥まで誘い込む。
相手は完全にテグラットを舐め腐っている。明らかに悪意を見せつけて、攻撃をほどほどに少女を嬲ろうとしてきた。自分が負けるとは微塵も考えておらず、誰だって気分を悪くするような笑みを浮かべてくる。
テグラットは腹の底で憤慨した。
こんな人間の、どこが上等だと言うのだろう。
こんな人間の、どこが高貴と言うのだろう。
ドブネズミを下賤と嗤うが、その浮かべた笑みは下品でしょう? と。
反抗的な少女の目つきをせせら笑い、ますます悦を浮かべて近寄る吸血種。それはすべて、反逆者の狙い通りだった。
配置した罠と、自分の手札を確かめる。
邪悪なさえずりには耳を貸さず、教わった『吸血種の殺し方』を再認する。
ここから先が一発勝負。恐怖も怯えもあるけれど、それをすべて殺意で覆い隠し、変換し、ありったけの憎悪を込めて――晴嵐から教わった『ある折り紙』を、思いっきり振り下ろす。
その瞬間、大気に甲高い破裂音を響かせた。
最後の最後まで、反逆の意思を曲げない侵入者。どうせこれから殺す相手だからと、軽い口を回し、歩み寄る吸血種レリー。千年前は英雄だった彼は、彼女の折れぬ精神性を『かつてユニゾティアを襲った『欲深き者ども』と、戦うのに必須の物だった』と想起する。規格外の相手に対し、最後まて敵対し抵抗する事……その精神の在り方は、かつて戦地を共にした仲間たちの様子と重なった。
その時ふとレリーは思う。ならば、かつての仲間に近い精神を持つ、彼女と対峙する今の自分は……彼女にとっての悪魔なのだろうか? と。
気のせいと思い込もうにも、彼女からにじみ出る気配はあまりに似ている。幻影は振り切るどころか、彼女が『紙切れ』を振り下ろした瞬間、レリーの過去が蘇った。
その瞬間、空気が爆ぜるような炸裂音が響いた。強烈な殺意と共に放たれた『音』は、かつて人間だったレリーを瀕死に追いやった『悪魔の遺産』に類似している。フラッシュバックに襲われ、硬直するかつての英雄に、路地裏少女の銀色の殺意が飛翔した。
銀でコーティングされた投げナイフを食らい、悶絶するレリー。トラウマと現実に迫る死の恐怖に押され、窓の外を目指して逃げ出す。
が、それさえも少女の術中の中だった。張られた鉄線は当然のごとく銀で加工され、吸血種の逃走経路を封じる。盾の腕甲で投げナイフを防いでいたが、銀粉の混じった煙幕を直撃し吸い込んでしまう。どんもりを打ち悶える、千年前の英雄。瀕死となったレリーを見下ろすのは、彼に日常を奪われたドブネズミの少女、テグラットだった。
死の間際に、自らの行いを顧みるレリー。彼が、彼ら千年前の英傑が戦った『位階の悪魔』たちは、ユニゾティア側の言い分を無視して、彼らの世界の日常を奪って破壊して回った。未だに怨恨を引きずるユニゾティアの様を知っていたのに、いつしかレリーは同じ悪行を、路地裏の住人に働いていたと認知する。
過去の自分に殺されると反省したが、あまりに遅かった。




