第三章 ダイジェスト・3
路地裏で晴嵐に絡んだ、エルフの若者たち。男が去った後、彼ら三人の関係は崩壊してしまった。
ヤナン、マスティー、そしてカーチスの名を持つ三人組のエルフ達。彼ら彼女らが裏路地で悪事を働いたのは、今回が初めてじゃない。この城壁都市に蔓延する自民族至上主義を逆手に取り、無知そうな異種族相手に小遣いを稼いでいた。
そうして悪事に慣れ、今回もただの獲物と思って手を出した結果、恐ろしい目に遭った。いつもなら大人に泣きつけるが、男は強烈な釘を刺している。三人組で話し合うがまとまりがない。ただ、もう一度同じ目に遭いたくないと、三人はバラバラになったようだ。
落ち込んだ一人、カーチスは馴染みの店に向かう。人柄の良い老エルフが経営する食事処に、すべての元凶となった男がいた。
声色に強烈な圧力を加えつつ、詰められたカーチスは素直に話す。害がないと判断した男はそっけなく応じた。晴嵐の態度は気に入らないが、恐ろしさから半端に反応する。がしかし晴嵐は遠慮のない、厳しい現実の言葉でエルフの若者を切った。最初は反論できなかったカーチスだが、もう悪事から足を洗ったと返し、自分の事を語り始めた。
だが晴嵐は取り合わない。『何をされたか忘れたか?』と切り返し、加害者だった若者は言葉に詰まるが、自分の話を真剣に聞いてくれるから……と男に告げた。
男は、カーチスが周囲と上手く行ってないと見抜き、そして晴嵐も父親や友人の代わりにはならないと遮る。苦しく呻く若者に、最後は『あまり弱みを他人に見せるな』と助言を残して立ち去った。
晴嵐は自分の行動を不思議に思っていた。かなり厳しい言葉をぶつけたが、それでもただ切り捨てるだけの言葉とは思えなかった。
かつて自分の住んでいた文明、日常や地球が壊れる経験をした晴嵐にとって、時間に余裕があると思う者は好きではない。いつ世界が終わるか分からないのだから、後回しにせず、出来る事はすぐにやれと後悔した。
同じ痛みを、若者に味わって欲しくなかったのかもしれない。身勝手な老害と自重しつつも、明日は我が身と身を引き締めた所でトラブルはやってきた。
裏路地に進み、宿屋に向かう最中だった。暗い赤色の髪と灰色の瞳を持つ、丸い耳の薄汚い少女が何かから逃げて来た。追う者はニヤリと牙を覗かせ――晴嵐が心底憎悪する存在、吸血鬼と同じ気配に殺意を爆発させる。
人を襲い、次々と同族へ変異させていく吸血鬼に容赦や躊躇はダメだ。たとえ誰であろうと、一度吸血種になった相手は殺すしかない。意識を対吸血種に変えた晴嵐は、最大級の殺意と戦闘力を発揮した。裏でよからぬ事を進めていたソイツらだが、殺意に溺れた晴嵐は気が回らない。敵を殲滅した直後、最初逃げて来た少女にも反射的に首根っこを押さえていた。
必死に首を振る少女に敵意はない。正気に戻った晴嵐は彼女を解放した。何が起こったかとは聞かず、ストリートチルドレンの少女に『自分を匿え』と要求。冷静になった頭で陰謀の気配を感じ、しばらくドブ溜めで身を隠すことに。巻き込んだ後ろめたさと救われた事の借りから、彼女は断らなかった。荷台に詰められたストレートチルドレンが自由になると、晴嵐が殺した吸血種に罵倒を浴びせる。こいつらは『人狩』と呼ばれ、時折出没しては裏路地の住人を攫って行くらしい。話もそこそこに彼らの隠れ家に向かった。
辿り着いたのは路地裏の行き止まり。しかし子供たちが手をかざすと、城壁の一部が開き隠し通路が開いた。この都市の一部には隠し通路と空間があり、そこにスラム街が存在していた。
残骸だらけのボロ小屋がテグラットの住処。そこで経緯や『人狩』について聞く。テグラットは残骸を拾い集め、持ち帰って色んな物と交換して生計を立てているらしい。その最中『人狩』と遭遇したが、たまたま持っていた『銀の鎖』を押し付けた事で助かったらしい。どうやら吸血鬼と同じ弱点のようだ。
オンボロ小屋でテグラットと話し合い、今後はしばらく、晴嵐は居座ると伝える。そしてもう一つ、彼女の家業を手伝うと申し出た。過去『交換屋』として生きた経験もあるので、問題無いと判断。ただ待っているだけは性分に合わないと告げた。
色々と話し合う中、テグラットは『名前』について話し始める。助けた中にいたスリの悪ガキや人々について『名前が無い』と言う。
この吹き溜まりに来る人間は、色々な事情が存在する。名前を持っていない人間もいれば、自分の名前についてコンプレックスを持つ人間もいる。ともかくデリケートな事柄なので気を付けた方が良いと、晴嵐に彼女は教えてくれた。
しかし彼女には『テグラット』と言う名前がある。女性しか生まれない種族『獣人』に属する彼女は、丸みのある耳を持つ『鼠型』の獣人らしい。他にも色々と話を聞く中、彼女の名は性格から与えられた物のようだ。
臆病な性格と物拾い好きな所から『テグー+ラット』で『テグラット』らしい。実はチンピラを潰した所も、彼女は裏で見ていたそうだ。奇妙な縁に二人は笑った後、彼らは一度眠りについた。




