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終末から来た男  作者: 北田 龍一
第三章 緑の国編

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ほだされた男

前回のあらすじ


 ようやく日常に戻れたエルフ、シリアは店で一息つく。戻ってもこじれたままの親関係に、相談に乗るカーチスは言葉が見つからない。沈黙する店内に来訪する一人の男は、かつてカーチスを変えたヒューマンだった。何の気まぐれかは知らないが、彼は相談に乗るという……

「わしは安っぽい言葉が嫌いじゃが……シリアといったか? お前さん、相当ついてないな」


 しばらく唸り、考え込んだ男の発言に皮肉がない。カーチスも彼に相談した際、厳しく冷笑を交えた言動で、グサグサと容赦なく切り捨てられた覚えがある。それと比較すると……口調はキツいが同情の色がある。最も、初対面のシリアにわかる筈もなく、そっけなく彼女は返した。


「……知ってる」

「だが理解してはおらん。ボロクソに言わせてもらうぞ。お前の親は論外だ」


 すっと、シリアの目が据わった。男の反応を確かめる目線に、彼は少なからず怒りをたたえて感想を述べる。


「人間ってのは厄介なもんでな。自分自身を悪者と定義することが中々出来ん。思い出やら思い込みやらで、絶対に何割かは己を美化する生き物だ。この割合が酷いと……『何をしても自分だけは悪くない』なんて、とんでもないモンスターが生まれる。話の節々から察するに……シリアの親は今でも『自分はちっとも悪くない』って態度に見えるな」


 容赦のない切れ味の言葉に、シリアの喉から黒い笑いが小さく零れた。一瞬カーチスは逃げ出したくなったものの、怯え竦む足の震えを抑え込む。


「どんなやらかしか……までは知らんが、ここを細かく聞くのは避ける。それでもデカい失態は察したが、反省の色なしではもうダメだ。

多分このタイプは『ガケに落ちるような人生のレールを子供に敷いて、滑落したら子供の自己責任。生き延びるためにレールから外れて生きれば親不孝者』と罵る、まぎれもないクソ野郎に見える。あぁ、ついでに子供が成功者となった場合『自分たちの教育がよかった』とか抜かすタイプだ。賭けてもいい」

「……そんな人間、いるのか?」

「いる。腫物扱いの時点で明らかだ。正常な親なら、帰還を喜ぶ……は出来過ぎにしても、家族でメシを食いに行く程度はするぞ。今のカーチスの立ち位置に、親が座ってない時点で異常だ」


 本当にこの男は容赦がない。容赦ないが、今のシリアに効く言葉ではある。「酷な話だが」と前置きして、彼はシリアに告げた。


「早いとこ親元から離れろ。この国に思い入れがないなら、いっそ本当に飛び出すことを薦める」

「い、いや、それは……」


 カーチスは戸惑った。彼女は……シリアはようやく日の目を見たのだ。少しぐらい休ませてもいい。そんな気持ちもある。

 けれど男は止まらない。深く事情を知らないからか、それとも男なりに見える未来があるのか……


「そこまでしてやっと親御から反省を引き出せれば、戻ってもいいかもしれん。が、正直望み薄と言わざるを得んな。幸い隣国のホラーソン村に、若いエルフに理解のある宿屋を知っている。あらかじめ亭主に、わしがメールを送ってもいい」

「ま、待ってくれよ。話を進めるなって……」

「カーチス。止めないで」


 少女の凛とした声が……いっそ氷点下と呼べるほどの冷たい声が、カーチスの耳をついた。

 もう、彼女の心は決まっている――追いついた理解が指先を固め、もう一度彼女の言動を顧みて、絶句する。

 家に帰っても日常に帰った自覚はなく、なじみのあるこの店「とこしえの緑」に入って涙を流し、家族よりもカーチスと会い、外の店で食事を楽しんでいる。今後どうするかの話し合いをこんなところで行っている時点で――もはやシリアにとって家は、帰るべきところでは無い……?

 もう十分なほど痛めつけられた彼女に、どうして運命は残酷なのか。若いエルフの胸に怒りの炎が灯り、現実への反骨が彼にある思いを宿らせる。カーチスの感情が醸造される間、シリアは彼の話に乗っていた。


「……店の名前は?」

「『黄昏亭』という、酒場兼宿屋だ。用意できるなら……『黄昏の魔導士』の話を集めておくといい」

「……吸血種の話を?」

「今はレリー周りで、反感を持つのもわかるさ。だがあの亭主は、自分の店の名前に流用するほどのマニアでな。無理にとは言わんが、安牌の話題に使えるだろう」

「そう。考えておく」


 腹を決めたシリアが、席を立つ寸前――気が付けばカーチスの手は伸びていた。引き留めるような手に戸惑う彼女に、自らの決意を乗せて告白する。


「俺も、一緒に行く」

「カーチス……?」

「一人で行かせられるか! こんな……こんな惨い話があってたまるか。せめて俺が……シリアを一人にしない。させてたまるか」


 半分勢いで言い切り、カーチスは彼女の手を強く握る。強い語調の言葉を受け、一瞬シリアの頬に朱が差し――焦ったように顔をそむけた。

 想像と異なる反応に一瞬、青年が戸惑い……やがて意味を察したのか、しどろもどろの言い訳が口をつく。

 しかしどう考えても、逆効果にしかならない。折を見て提供された店のスープに、男は口をつけて一言。


「……熱いな」


 あからさまな一言に、若いエルフの二人が一斉に男に抗議の眼を向ける。

 不愛想な顔の中に、面映ゆく事態を見守る、老人のような目線があった。


***


『とこしえの緑』を出た晴嵐は、さっそくポートへと向かう。

 若いエルフ二人の門出を補助すべく、『黄昏亭』の亭主にメールを送るためだ。

 晴嵐は彼の送り先を知らないが、テティに言伝を頼めばいい。しばらく連絡も取っていないが、彼女の身に危険が及ぶことはないだろう。

 柄にもなく世話を焼くのは、若者を応援したい一心から……ではない。

 店で遭遇した際『カーチスには義理を持ち合わせていない』と晴嵐は口にしている。しかし隣にいたエルフの少女……露骨に不健康な空気を漂わせるあの少女、シリアに対しては晴嵐にも責任の一端がある。


(あの娘が自由になった案件には、わしも関わっているからな)


 地下の救出作戦……晴嵐はそこに参加している。後始末はムンクス達に一任したが、多様負い目を感じていた。たまたま目についた相手ではあるものの、放置する事も躊躇われたのだ。


(……こんな律儀な奴じゃったか? わしは)


 人と関わるにつれて、徐々に甘くなっている自分を自覚する晴嵐。世界は決して優しくも甘くもない。身に染みている筈なのに、この体たらくはなんなのか……

 余分な思考だ。晴嵐は首を振り、ポートにライフストーンを触れさせる。新着メッセージはなし。こちらの文章が向こうに送信され、晴嵐は一息ついた。


「さて、これからどうするかな……」


 本当はホラーソン村に一度帰る予定だった。しかしそれだとまた、あのお若い二人に付きまとわれるかもしれない。新しい情報を得られるとも思えず、彼はライフストーンから地図を引き出した。

 これからの不穏な騒乱の予兆を考えれば、緑の国奥地に行くのは論外。今の行動でホラーソン村へ帰還するのもケチが付いた。となると、彼に思いつく選択肢は一つ。

 亜竜自治区――『聖歌公国』の領内にして、かつて共闘し分かれたオークたち、スーディアとラングレーが、一時身を寄せた地域である。村よりは距離があるから、交通機関の一つである、ゴーレム車を使うのが良いだろう。

 一通り確かめ終えた晴嵐は、ライフストーンの投影映像にノイズが走るのを見た。

 デュラハンゴーレムのフリックスの顔が浮かんだが、下らないと首を振り、ライフストーンを懐に入れ直した。


第三章 緑の国編 完

用語解説


シリア

 レリー一派に囚われた若い女エルフ。比較的正気を保っているが、日常に戻れても親子仲までは復元不能だった。むしろ腫物扱いと揶揄し、暗い感情を募らせる。

 晴嵐の助言を素直に聞き入れ、緑の国の外に飛び出すことを決意。カーチスも彼女と共に出ると宣言した。


お知らせ

次の二回は三章の情報、人物のまとめになります。

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