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終末から来た男  作者: 北田 龍一
第三章 緑の国編

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戻らない日常

前回のあらすじ


 レリー・バキスタギスの事件は民間にも下り、ポート周辺に人だかりが出来ていた。事件の当事者の一人、解放されたエルフの一人、シリアはかつて関わりのあった若者エルフ、カーチスと共に街中を歩く。まだ実感の湧かない彼女がなじみの店「とこしえの緑」に足を踏み入れると、懐かしさが急激にこみ上げ、一筋涙を流した。

 店内はやや空いていて、盛況の時刻は過ぎていた。やや傾いた太陽は店内から見えず、カーチスとシリアの二人は、店内で食事を楽しんだ。紫色のシチューを頬張り、またしても涙するシリア。久々の現世に戻った実感を、ようやく得られたようである。


「こんなに美味しかったっけ……? 店長、腕上げた?」

「そう……かもな」


 実際のところわからないが、無粋な言葉も言えず曖昧に濁した。空席の多い店内もあって、ちらちらと向くルル店長の目線が気になる。あの人になら、シリアの詳細を語っても問題はないが、彼女の心構えは出来てない。

 それよりも、だ。今のシリアから話を聞く必要がある。ただでさえ辛い目にあった彼女の苦難は、終わっていないのだから。


「それで……どうだった? 両親は」

「……ぎくしゃくしてる」


 失踪したわが子が、家に帰ってめでたしめでたし……とはならなかった。

 エルフ感覚でも、彼女が消えてから戻るまでの時間は短くない。だが、元々非行気味の素行を考えれば、突然ふらりと家出しても不思議はないのだ。若者エルフの身内の中でもよく耳にする話で、親世代も「そんな子供は知らない」と、ライフストーンに適当な言葉を並べて、子供側が根負けするまで待つ流れはよくある事。

 けれど実際は……シリアは本人の意思に関わらず攫われ、家畜の如くの扱いを受けていた。想像外の出来事と言えば確かにそうだが、我が子の一大事に無関心でいた……それも事実だ。


「どう言葉をかければいいのか、全然わかんないって感じ。そもそも……レリー周りの事が公開されるまで、『反抗する子供が悪い』『私たちは子供のために頑張ってました』って、井戸端で文句言ってたみたい」

「……うちの両親もそうだよ。今はこんな事件が起きたから、あんま出歩くなって今日もうるさかった。俺たちの方がよっぽど詳しいのにな」

「なのに説明しても、話を聞く気ないもんね」


 世代断層だからか、それとも頭が固いせいなのか……おそらくは両方だろう。自分たちは大人だから、これが自分たち世代の同意見だからと、己の正しさを信じて疑わなかった親世代。しかし誰が正しいと決めたのだろうか? 多数派や理解共感を集める意見が、常に正解とは限らない。

 今回の事件は、それをシリアの親に突きつける結果となった。自分たちの主張、自分たちの理想、自分たちの理念。肥大化した親の理想と主張が、子供のシリアを歪ませた。巨大な闇の犠牲者となったのは偶然でも、失踪をただの反抗と片付け、無関心でいた事実は覆りはしないだろう。

 なのにまだ、彼女の親は過ちを繰り返す。皮肉と少なからず恨みを込めて、シリアはぼそりと漏らした。


「……腫物を見る目だよ、あれは。いっそ死んでた方が、あの二人には都合よかったかもね」

「俺は嫌だ」


 彼女は、いっそ死んだ方が楽な暗闇にいた。

 そこからようやく抜け出せたのに、戻った現実も苦しいという。

 安易に無責任に応援する気はない。どうすれば彼女に切り込めるのか……暗いシリアの目を見据えつつ、必死に頭を動かして言葉を探す。ふと、ある男の姿が脳裏に浮かび、彼ならどう答えるだろうと余計な思考が挟んだ瞬間……男が、店に来た。


「いらっしゃい……あぁ、アンタかい。カーチスも来てるよ」

「別にどうでもいい。とりあえずしっかり食わせてくれ。もう最後じゃからな」

「最後?」

「どうもこの国、今騒がしいじゃろ? 何か嫌な予感がする。とっとと異種族はお隣へ逃げるとするさ」

「そうなのかい? ならせっかくだし、最後にあの子たち話してきなよ。色々あるみたいだし」

「義理なぞ持ち合わせておらんのだが……」


 口悪くぶつくさ言いつつも、憮然とした顔つきの男と目が合う。カーチスが手招きすると、派手な溜息を吐き出し近くの席に座った。


「……お前さんとも腐れ縁じゃな」

「いやほんとに……助かる。この人は、ええと……あー……俺に変わるきっかけをくれた人……かな」

「はぁ……そうなんだ。ふーん」


 シリアの反応は薄い。他者との間合いの取り方も、うまく思い出せないのだろう。一方男は、まじまじと少女を見つめ、一瞬視線が細く光った。


「お前さん……そうか、あの場にいた奴か……ちっ、本当に変な縁があるもんじゃな」

「おっさん? 何言ってんの?」

「どうでもいいじゃろ。それよりわしは時間に押されておる。話すことがあるなら、手短にな」

「え、マジ? いいのか?」

「……気が変わる前に頼むぞ」


 カーチスは耳を疑った。あれほど不愛想なおっさんが……なんの対価も要求せず話を聞くとは珍しい。降って湧いた好機を逃さず、今までの話の要点を絞って聞かせた。


「要は『客観的に見ても親がやらかしてるのに、ちっとも反省する気配がない』……そういう話か?」

「大体あってるよな? シリア」

「……うん」


 彼女の事情を考慮して『例の事件』は別の表現に変えて伝えた。多少不満が表情に出ているものの、おおむねシリアも納得している。男は困ったように頭をかいて、彼らしい鋭い言葉を投げかけた。

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