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終末から来た男  作者: 北田 龍一
第三章 緑の国編

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獣人少女に残す言葉

前回のあらすじ


 緑の国を立つ前に、ムンクスとテグラットへ顔見せを求める晴嵐。どう見ても遊んでいるムンクスや、お守りのゴーレムと現状を話し合った。肝心のテグラットの場所は、ムンクスが知っているという。

 騒がしく駆け回るムンクスを発見した男は、しばらく彼が落ち着くまで待機した。

 一応抜き打ち調査の名目もあるし、大っぴらに関わるのを躊躇うものの……どう見ても少年は羽を伸ばしている。さすがにしびれを切らし、軽く咳払いしてようやく晴嵐に目線をやった。こちらの配慮なぞ知らんと言わんばかりに、「ごめんねー!」と途中で抜けてこっちに駆け寄る。


「お前、それで査察のつもりか?」

「ササツダヨー」

「……頭が痛くなってくるな」

「まぁまぁ……そんなことより、テグラットに会うんでしょ? インドア組のはず、ついてきてー!」


 子供=快活のイメージは、ただの印象である。

 確かに傾向はあるが、全員が全員わんぱく少年や少女ではないのだ。ましてやテグラットの性格を、晴嵐はよく知っている。室内でひっそりと影に紛れ、慣れない暮らしに神経を尖らせていても、おかしくない。

 室内の一室、子供向けの本が並ぶ中に、ネズミの耳の少女が本棚に手をかけていた。騒がしいムンクス少年も、さすがにここでは自重する。


「テグラット。おじさんが来たよ」

「ん……」


 手にした本を無造作に戻し、共犯者の少女と向かい合う。

 あの夜――レリー・バキスタギスを滅ぼしたあの夜以降、二人は面と向き合って話す機会がなかった。

 テグラットはあの外道を殺害後、ムンクス一派に匿われ、外部との接触を断っていた。事件に揺れるレジス政界でも、興味かあだ討ちかの動機で「レリー殺害の実行犯探し」が始まる事は想像がつく。身柄を守るために必要なことで、晴嵐も晴嵐で救出の手伝いや、共犯者として、ある程度潜伏する必要があった。

 事件後、ほぼほぼ真実を公表する形に議論が収束したタイミングで、テグラットの名前を「地下で搾取された子供たち」の名簿に紛れ込ませた。生き残った面々は他者を気遣う余裕さえ失せており、元々裏路地暮らしの少女の振る舞いは、いかにも脛に傷を負った人間の気配を身に着けている。何より「こんな小さな少女にレリーが殺された」なぞ、誰だって想像外だ。今のところ、隠蔽は順調である

 最も――晴嵐なら見逃さないかもしれない。

 以前の少女と比べて、今のテグラットには背筋を泡立たせる何かがある。人を殺した経験が影となり、暗い赤い髪が血の色のようにも見えた。


「……久しぶり」

「……そうじゃな」


 本当はそうでもない。一週間と経っておらず、二人とも承知の上で発言している。開いたのは心情の距離だろうか? 妙な空気を察して、ムンクスは「ごゆっくりー!」と外に飛び出していった。

 奔放な彼に振り回され、同時にため息を漏らす二人。暫しの間をおいて、晴嵐は彼女へ問いかけた。


「ここでの暮らしは慣れたか?」

「全然。肌に合わない」

「……」

「みんな凄いよね。多分だけど――私のこと、わかるんだと思う」


 浮かべた笑みは、見た者に悪寒を走らせる。晴嵐でさえ息をのみ、彼女の言葉を待つしかなかった。

 よく見れば……テグラットから子供たちは距離を置いている。なんとなしに、人殺しの気配を、感知しているのかもしれない。


「ここの本、レジスのことも書いてあるよ。千年前のこともたくさん。もちろん……英雄レリーについての事も」

「……そのうち本棚から消えるかもな」

「なら、私たちが消したのかな」

「……テグラット。お前、危ういぞ」


 過激な言動に、かつての臆病さは見受けられない。何か変な自信をつけている節さえある。指摘する晴嵐に向けられるのは、銀色の冷たい眼球。男は少女の目に、強い憎悪と、怒りと、深い悲しみを見出した。


「私ね……慈善家って大っ嫌いなの」

「急にどうした。ここの連中が気に食わんのか?」

「ううん。ムンクス君のおかげなのかな……ここの人たちは、平気な方。でも、街中で募金活動する人とか、本当に嫌い」


 唐突な語りは、晴嵐だからこそ吐き出せる事なのだろう。今まで隠してきた少女の闇を、男の前にさらけ出した。


「あの人たちね、遠くの誰かは可哀そうだって言って、路地裏で生きてる私たちの事はゴミみたいな目で見るの。近くで見たら、そんなに違わないのに。ここもそうやって集めたお金で動いてるって思うと……気持ち悪い」


 正真正銘の、本物のドブネズミ特有の意見だった。

 目の前で貧困に喘ぐ人間を罵りながら

 いかにも可哀そうな、遠くにいる誰かを憐れみ施していい気になる人間。

 近場で嘆く少年少女にとっては、これほど理不尽な事もあるまい。

 その理不尽の中にいることに、少女は不服だと言う。男はニヤリと笑って見せた。


「いいじゃないか。だったら存分に利用してやればいい。浅はかな連中は絶対にいなくならん。それをダシにする狡い輩もな。それに、理不尽なんざいくらでも溢れているじゃないか。お前さんもよく知っている筈だろう?」

「……」


 否定できるものか。あの路地で過ごした経験を持つ二人に、いちいち了解を取るまでもない。世界は時に理不尽で、正義や秩序も突然当てにならなくなる。最後に頼れるのは自分だけ……二人はそのことを、身をもって知っていた。

 だからこそ、晴嵐は彼女に言い残さねばならない。


「じゃが……世界はそれだけじゃない。わしのようなドブネズミでも……最後、お前さんの顔を見ずに、この国を出る選択肢は取れなかった」

「え……」


 晴嵐が珍しく見せた情か、それとも国を出る宣言に反応したのかは分からない。が、余計な湿り気が生じる前に、男は膝を折り、少女と目線を合わせた。


「テグラット……生きる事は、ひどく苦しい。暗い感情が沸き上がって、何にも見えなくなる事もあろう。全部叫んでぶち壊したくなることも、いっそ首をくくって楽になりたい……そんな誘惑がちらつくことだって、珍しくはない。

 じゃがそんな輩にも、完全に情を捨てきれなかったらしい。だからな……わしはお前さんに、少しだけ表を見てもいいんじゃないかと思う」

「……お兄さん。でも」

「素直に更生しろなんて言わんさ。じゃが、違う世界の切符を手に入れたんだ。毛嫌いして使わず、破り捨てるのももったいないと思わないか?」


 裏路地を恋しく思う少女の心理に、晴嵐が待ったをかける。せっかくだから、表の世界を楽しんでみろと彼は伝えた。


「それで合わんなら、裏に戻ればいい。ただわしはお前さんに……ヤケを起こして欲しくはないんだ。ドブネズミ仲間の最後の頼みじゃ。聞いてくれるな?」

「……その言い方は、ズルい」


 少し膨れる少女の頭を、晴嵐の手が優しく撫でる。これが今生の別れかもしれない。予感を感じつつも、裏の流儀か相手を止めることはなかった。


「じゃあな、テグラット。せいぜい生き足掻いてくれ」

「お兄さんこそ、野垂れ死なないでよ」


 最後は、いつもの憎まれ口で言葉を締める。

 後ろ髪を引かれながらも、晴嵐は一度も振り返ることはなかった。


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