童に混じる
前回のあらすじ
オークの英雄と過去を聞き終えた晴嵐。席を立とうとする彼に、フリックスが待ったをかけた。彼が言うには、現在政界に不穏な動きがあり、騒乱の気配があると言う。早めに去るべきと忠告を受け取るも、別れる前に『テグラットとムンクスに会わせてくれ』と晴嵐は告げた。
手渡しの情報を便りに、晴嵐は一つの養護施設に足を運んだ。
ムンクスの館から徒歩十分、裏路地にも表通りにも距離のある半端な立地は、絶妙に視界が通らず目立たない。隠すようなその施設は、過去レリーが金を出して建築したそうだ。
建物の背は低く、古めかしい城壁都市には珍しい、白や緑など鮮やかな色使いの建物は、いかにも子供受けが良さそうだ。穏やかな笑みを浮かべる施設の人間と子供に混じり、動く金属の塊がうろついている。時折ガキにじゃれつかれ動きを止めるが、意外にも慣れた手つきで対応していた。
入口前に立った男は、温度の違う空間に目眩を覚えた。日の当たるマトモな世界は、世界の隅でコソコソ生きる晴嵐には眩しすぎる。フリックスの話によれば、ここにテグラットがいるそうだが……
(とてもそうは見えん。間違えたか?)
男と性根の似通うテグラットが、こんな場所で暮らすと思えない。来た道を戻ろうとした刹那、施設の方から上がる快活な声が、晴嵐を呼び止めた。
「おじさーん! こっちこっち!」
「……なーんで混ざっとるんじゃ、お前」
か弱き者を守り育てる施設の中に、レジスの重鎮が紛れ込んでいては失笑を禁じ得ない。見た目違和感がない所が、逆に恐ろしいとさえ感じた。
笑みを飛び越え引きつる共犯者に対し、全く悪びれずムンクス少年は拗ねた。
「いいじゃん別にー査察だよ査察ー!」
「誰がどう見ても、遊んでるようにしか見えん」
「そこはホラ、潜入のためで……必要な事だから!」
「物は言いようじゃの」
もしここにテグラットがいるのなら、信用に値するかを確かめに、紛れる事はまぁ分かる。真実を知ったら仰天するのだろうな……と、他人事ながら施設スタッフに同情を寄せた。
「ささ、入って入って!」
「大丈夫なのか? わしは部外者で……」
勝手に門を開いて、ムンクスは晴嵐を施設内へと招く。不審者扱いでしょっ引かれないか? 男の不安をよそに、少年は大きな声を張り上げた。
「せんせーい! お客さんだよー!」
「待て。わしは言い訳を考えておらんぞ」
「ゴーレムの人達と、同じとこから来たんだって!」
「おいコラ話を進めるな」
相変わらずの強引さで、ぐいぐいと人を引っ張る少年に渋面を浮かべる。「大丈夫大丈夫!」と押し切られ、しぶしぶ晴嵐は施設の人間と顔を合わせた。
エルフの女性、まだ若く見える。見た目は二十代から三十代だ。実際年齢は晴嵐の合計より上なのだろうが、いちいち野暮なことは突っ込まない。軽く一礼を交わした後は、固い笑顔で何も話すことはなかった。
曖昧な態度に惑いつつも、ムンクスの発言通りに動かなければ。近場のゴーレムの肩を叩くと、目を合わせた機体は淡々と喋り出す。
「ミスター・セイランを視認。到着予測を上回る時刻」
「お前は……ユニゾン・ゴーレムか?」
「肯定」
「なんでこんなとこに……主のお守りか?」
最後の言葉は声量を抑え、周囲を気にした上で尋ねた。施設側ももちろんの事、ムンクス本人にも聞かれたくない。同様に声を潜めて、ゴーレム側も答える。
「部分的肯定。本チームの任務は『地下救出対象の護衛と保護、経過観察および、施設内の環境調査』。現在ムンクス様は対象と交流中。よって対象に含まれます」
「あー……あの場所に居た連中か」
城の地下から救出された子供たち。彼らは今、この施設で保護されていると言う。護衛と観察の名目だが、実際は監視の役割も担っていそうだ。
「しかしそれだと、この養護施設とはムンクスが交渉したのか?」
「否定。交渉はフリックスが担当。ムンクス様は抜き打ち調査員」
「目立たず潜り込む良い手じゃな。じゃがあれは、本人も多少遊んでないか?」
「……解答を黙秘します」
晴嵐を招き入れた後、施設内に馴染む少年。知人か、よほど詳しくなければ、まず身元がバレる事はあるまい。役員としてゴーレムを派遣すれば、いざ荒事が起きても安心だ。
が、この忙しい時期に優先すべきだろうか? 必要な行為に違いないが、配下の彼らは苦労を重ねていそうだ。
されど、晴嵐が言えた義理でもない。
確かに協力関係にあった。荒事を担当し、救出の際にも手を貸したが、契約はそこで打ち切りだ。その後の想像を怠った己を自覚し、居心地の悪さを誤魔化すためか……一つ吐息を吐いて、金属質の肩を叩いた。
「すまんな。後の事は丸投げで」
「我々の領分。ミスターの責任ではありません。ですが、心使いに感謝を」
「……」
決められた契約をこなしただけで、ここから先のすったもんだは、ムンクス一派の仕事になる。晴嵐が力になれることはもう存在せず、むしろ早めに離れなければ、男に身に危険が及ぶかもしれない。
だから、最も安全な選択肢を取るならば
契約を終え、報酬を受け取った時点で……とっととこの国を去るのが最善解である。
……そのはず、なのに。
(余計なとこに顔を出し、ゴーレム相手に労っておる。甘くなったものじゃな)
冷徹な思考を常にしても、感情を表面上殺しても、
それでも……完全に消えることのない心に、晴嵐の胸中は複雑だ。
情に足を引っ張られ、死んだ人間は山ほどいる。
情を利用して、生き延びてきた経験だってある。
いっそ無くしてしまえば楽なのに、どうして消える事がないのか。
「ミスター、不調ですか?」
「考え事じゃよ。気にせんでいい。それよりテグラットに会いたい。どこに?」
「ムンクス様に尋ねて下さい」
「あいよ」
遊ぶ子供たちの中に、獣人少女の姿はない。
苦く結んだ彼の表情は、テグラットの今を想像していた。




