「一人だけ」「一人でも」
前回のあらすじ
亡霊を見た黄昏の魔導士は、赤い剣と古い魔法を用いて『上層転移陣』を起動させた。
彼が移動したのは、ユニゾティアの上層。神々が世界を管理するための空間。
対話のための術式を用い、神を待つ魔導士の下に降り立つのは「聖歌の歌姫」
かつて共に戦い、千年前に死亡したものの、今は神の側に回った五英傑の一人だ。過去の失敗から亡霊の存在を上告するも、歌姫は少しばつが悪そうだ。
彼女の後ろめたい表情を見て、魔導士は不要な心使いと悟った。
世界を管理する側からなら、ユニゾティア全土に目を向けることもたやすい。かつての配下『真龍種』に、古い繋がりで指示することも出来るだろう。
ましてや過去の失態は、世界の女神たる『ユニティ』が最も悔いている。彼女の下で働く『聖歌の歌姫』が察していても不思議はない。言われるまでもない事かと、勝手に納得しかけた『黄昏の魔導士』に歌姫は囁く。
「ごめん……原因は、私」
「え?」
ちょっとした悪戯が、仕掛ける前にバレたような……そんな表情だった。何を言われたのか思考が追いつかず、しばらく白い世界に視線を泳がせる。答えを見いだせない彼に対し、歌姫は訥々(とつとつ)と事情を伝えた。
「異世界移民計画……覚えてる?」
「忘れた事なんてない。でもあれは……終わった話だ」
「ううん……終わってなかったの。私が、終わらせなかった」
「君が?」
彼らがこの世界に移住した、本来の目的。
それは侵略でも、観光でも、そして英雄になる事でもない。
汚染された故郷の世界から……寿命が尽きかけている世界から、人々を異世界に脱出させるためのプロジェクト。『異世界移民計画』を実行するための、橋頭保のはずだった。それの再開なんて今更過ぎる。否定的な口調で魔導士はまくし立てた。
「ユニティもガイアも、許可するとは思えないけどな。それに千年経った後だろう? もう移民云々なんて状況じゃない」
「思い出して。世界を跨げば、時間は歪む。数か月が九年になったり、一か月が一瞬で過ぎ去ったり……世界一つ一つの時間は波のように揺らいで、決して安定しない」
「……ウラシマ理論のようなものか。それで?」
「こっちでの千年は……向こう換算だと約五十年だったの。だから私が女神になった後……千年務めた後に、向こう側の人を救済して。と」
魔導士は、深々と息を吐いた。
自爆して、転移先で迷惑をかけて、果ては『ガイア』にさえ見限られ……失点続きで、誰からも見捨てられて当然のことを、故郷の人々は重ねてきた。
それでも……もし劣悪な環境下でも、命を繋いでいるのなら救いたいと願う。彼女の慈悲は千年後でも変わりがない。敬意を示したいが、魔導士には神々の悪意にしか見えなかった。あの壊れた世界で文明が絶滅するには、五十年でおつりがくる。
「無理を言う。向こうは汚染と寒冷化、さらに変異吸血鬼を使って惑星上から人類を浄化。次の知性体に星を任せるとガイアは言っていた。星の意志が本気で滅ぼしにかかったら、たとえ人間でも五十年生存できるわけが……」
「一人。ぼろぼろのおじいさんが、一人」
「一人だけ、か」
「一人でも、助けれた」
長い時間をかけて、紆余曲折を経て、救済出来たのはたったの一人。虚しさの優る彼と異なり、一人でも救えたと彼女は明言した。
「でもユニティにとっても、生き残りは予想外。今にも死にそうなその人を面白がって、ユニティは少しだけサービス。若返りと、いくつか道具も持たせてくれた。けど、その中に『水底の船体』の写真も入ってた」
「『Crossroad Ghost』の写真か。物質に憑いてユニゾティアに……ってことは、アレがこっちに来たのは事故で、ガイアやベルフェの差し金ではないんだね?」
「うん。心配かけた。ゴメン」
「いや、取り越し苦労で良かったよ」
不安に駆られて上告した事柄は、神々側の戯れの余波に過ぎなかった。疑問がすっきり解け安堵する魔導士に対し、歌姫は少々気まずそうに見える。肩の力を抜く英傑の二人の下に、新たな人影が天から舞い降りた。
「あぁ、ユニティ様もおk」
止まった。
発言の最中に、魔導士は固まった。
真っ白な世界の中、指先一つ動かない。
衣服も、欠片ほども靡く様子がない。
彼だけではない。歌姫も固まった。
ユニゾティアそのものの時間が、止まっている。
歯車の止まった世界の中で、
ユニゾティアの女神『ユニティ』は
『 あ な た 』 を 認識 た
「そんなに驚く事? 私はこの世界、ユニゾティアを見守り統べる女神だもの。所有物の時間を止めれて、何か不思議があって? ……読者さん、だとややこしいのよね、ここの場合は。ともかく……世界を上から見ているのだもの、脇から世界を覗く誰かに気が付いても、何もおかしくないでしょう?」
女神の姿は固定されていない。『あなた』の思う通りの姿をしている。
「どうでもいいでしょう? 閲覧者さん。あなた達にとって『神』は、一人ひとり理想の姿が違う。その姿を思い浮かべれていればいいの。いちいち描写したって、それは創作者にとっての神でしかない。だからここは、あえてあなたの想像力に委ねるわ。ふふふ」
女神は『あなた』から目線を外さず、くすくすと笑っている。
「ここまで読み進めているのなら、それなりに興味を持って話を聞いているのでしょうね。色々と考えているのでしょうけど、生憎今回の『用語解説』はお休み。今までも新しい単語が無視されてきたけど、重要な単語のオンパレードだもの。まだまだ明かせない。
私たちにとっては千年前の事だけど、『あなた』に明かされるのは多分、二章以上先の出来事だ……なんてね」
おどけた言葉を最後に、女神から笑みが消える。
「『ユニゾティア』で起きたことは単純よ。『あなた』が好んでいるかどうかは知らないけど、『今』『ここに』『いる』以上絶対に知っている。
それの立ち位置を変えただけ。視点が少しだけ、ズレただけの話。
気を付けなさい? 少なからず『あなた』も……『欲深き者ども』になり得る素質が、あるのかもしれない」
女神の視線は、氷のように鋭く冷たい。
くるりと背を向け、去り際に一言残して消える。
「『あなた』の世界がどうなるのか、今の段階ではわからないけど……
これから大変でしょうけど、『あなた』のガイアに見限られないよう、頑張る事ね?」
そして消え去ると同時に、歯車は再び動き出す。
「あぁ、ユニティ様もお変わりなく……って、いない」
「ん。何だったんだろ」
首をかしげる英傑二人に
女神の意図は、分からずじまいだった。




