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終末から来た男  作者: 北田 龍一
第三章 緑の国編

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時視の窓

前回のあらすじ


 議論は終わり、熱気の引いた城内で二人の吸血種は言葉を交わす。彼らだけの内々の話を交えつつも、幾分か疑いの目を向ける『黄昏の魔導士』。現場の一つは城の地下な事もあり、彼ら二人は検証に入る。古い魔法で組み上げた、千年昔の異能を用いて。

『時視の窓』の異能は、かなり謙虚な性能をしている。

 空間を指定し、そこから覗いた光景は、術者の望むままに時間を巻き戻せる。戻せる時間に制限は無く、さらには拡大、縮小、明暗の調整、停止まで思うがままだ。探偵も真っ青な反則能力を、軽い魔力コストのみで『黄昏の魔導士』は行使して見せた。

 赤いレイピアで描いた円の中。その気になれば千年前まで戻せる『時視の窓』の時間を、ゆっくりと巻き戻す。

 地下通路もあって、朝と夜の違いは分からない。僅かに明度を上げて補正し、過去に起きた現象を検証する。数時間前は身なりの良いエルフが出入りし、ゴーレム達がせわしなく動いていく。恐らく事件発覚後に、物見遊山に来た議員の一人だろう。入口で門番役のゴーレムが逆戻しになり、一人のエルフの肩を支えている。


「あー……なるほど?」


 映っていないが、一悶着あったのだろう。強めの警告は『余計な仕事を増やすな』という意味も含んでいたか? 過去に巻き戻る映像を見れば、せわしなく動くゴーレム達の姿が見て取れた。

 場面は変わり、武器を持たないゴーレムが、弱り切った人々に救いの手を差し伸べる場面へ。厳密には最奥から救出後、外へと連れ出される盤面だ。数回頷き、裏のない素直な感想を魔導士は漏らす。


「真実だったか」


 隣で窓を眺めていた、吸血種の少年がくるりと首を動かす。子供らしく拗ねた声で抗議した。


「疑ってたの?」

「てっきりレリーを排除して、自分の権限を強める狙いにも見えたからね」

「ちょっとちょっと! ボクがそういうヤツに見える?」

「……レリーだって、千年前はこんな事する奴じゃなかった」


 変わってしまった仲間を見た後では、今隣にいる仲間も疑ってしまう。おどけて声をかけたムンクスも、しゅんと肩を落とし一言だけ漏らした。


「……ゴメン」

「……悪いのはレリーと、盲信した僕の落ち度だ」


 しばらく何も声を出せない。悲しみが空気におりを積もらせ、吸う空気もどこか重苦しい。盤面も救出中から、作戦行動中へ移り変わった。

 無数の吸血種が死体から、慌てふためき、足並みのそろわない隊列で、ゴーレムの奇襲攻撃に仰天する。時間逆行の窓の中で、ゴーレムの群れの中に違和感が混じった。


「? 誰だい? このヒューマン」


 約二十の金属兵士に紛れ、血の通う肉体を持つ男がいる。

 鋭く細められた双眼に、無駄のない筋肉を備えた荒んだ気配。

 画面越しに伝わる、痛々しいほどの殺意に自然と頬が引きつり、気がつけば魔導士は脇下に嫌な汗をかいていた。逆回しになる時間の中で、男は吸血種相手に一歩も引かない。

 奇妙な紙きれを振りかざし

 食らいつく牙にも恐れもせず

 ひたすら敵を殺して回る、闇に紛れる殺意の塊――


「この人は……少し前に起きた人狩の生存者だよ」

「生存者……」

「運よく捕まらなかった人がいたんだ。その人たちに手伝って貰った」

「表向き偶然を装うためか。リスキーな事をする」

「本当はボクだって巻き込みたくなかったよ。でも彼女が引かなかったし」

「彼女?」

「あっ……なんでもない」


 中身が子供だからか、ムンクスはボロが出やすい。画面に映る彼の他にも、共犯の人物は少なくとも一人いると見える。

『黄昏の魔導士』は迷った。

 日頃なら旧友のよしみで見逃すが、此度こたびの不祥事は身内の甘い目が招いたと言える。迷いを抱きながらも、ひとまずは男について感想を漏らした。


「まるで吸血鬼狩人ヴァンパイアハンターだね……」

「ヴァ、ヴァン?」

「僕の故郷では、吸血種は人目を忍んで生きていたからね。実在を知るのは極一部だけど、噂や因習として信じている地域もあった。だから……人に紛れて生き血を啜る、そんなこわーい怪物を狩る人がいたのさ」

「えぇ? 酷い誤解だなぁ! 話し合いで解決は……」

「難しいかな。偏見は一度根付くと、覆すのが大変だからね……まぁ、中には君みたいな興味と好奇心で、関わってくる人もいたけど」

「ふぅん」


 この世界の吸血種しか、知らないムンクスには分かるまい。

 人の身でありながら、銀製の武器とボウガンを駆使して

 人外の化生を、死してなお動き回る理外の怪物を、もう一度殺す闇の狩人たちの事を。

 そして如何に彼らが――吸血鬼狩人ヴァンパイアハンターが頑迷で、屈強で、部分的上位者たる吸血種に対して、脅威となり得る人種だったことを。

 ……黄昏の魔導士は頬を掻き、苦笑した。

 天敵に似た所作の男を鑑賞するうちに、蘇ったのは恐怖ばかりではない。仲間も殺され、かつては魔導士も命の危機に晒されたが、今は亡き宿敵の姿に、不思議と懐かしさが沸き上がった。

 もう戻る事のない、かつての世界。今は遥か昔に語られる断罪者は、恐ろしい敵に違いない。肥え太り牙を磨くことも忘れ、腐り果てた吸血種にとっては、忘れていた死の恐怖を呼び覚ますに十分だ。かつての怨敵の姿は、この場においては愉快痛快。男へフォーカスを合わせ、詳しく観察の目を注ごうとした途端――ソレを見てしまった。


 焼け爛れた金属の皮膚

 胸に空いた空洞と、肌に張り付く貝類

 青白い――チェレンコフ光めいた哀しい眼光

 背景に溶ける、実体のない幽鬼――


「『ビキニの融合霊』……どうしてこっちに」

「え?」


 少年はくりくりとした目で魔導士を見つめ、虚を突かれた表情だ。流れる映像を止め、魔導士は幽霊の姿を加工し、見やすく補正を重ねていく。が、ムンクスに認知できないのか、表情が変わらない。何度か指差してみるも変化がなく、確信を持った魔導士は年甲斐もなく青ざめた。


「君には……見えていないのか……?」

「えっと、何が?」

「映っているだろう? このヒューマンの背後に……」

「いや、だから何が? それともドッキリ?」


 全く会話にならず、唇に手を添えて魔導士が唸る。『時視の窓』を消して、焦りを隠さない声を零した。


「確認しないと、だね。すまない、急ぎの用が出来た」

「そうなの? まぁいいや。ボクもボクでやる事あるし。信じてくれたの?」

「一応ね。それじゃ」


 身の入らない返答に、ムンクスは少し拗ねていたが……英傑の表情を見て追及を控えた。

 千年生きたはずの吸血種が、じわりと冷や汗を頬に流し、青ざめた顔が虚空を見ていた。

 ――まるで見てはならない、あってはならないものを目にしたかのように。

用語解説


時視の窓


 黄昏の魔導士が行使できる異能の一つ。

 指定した空間の時間を巻き戻し、好きなだけ鑑賞できるという異能。指定空間内なら拡大、縮小、色調補正まで自由自在。現場の検証にぴったりな能力。

 なおこの性能で「謙虚」である。残りの異能は推して知るべし


ビキニの融合霊


 ムンクスには見えておらず、魔導士も「霊」と称した存在。特徴は何度か本編中に登場した「亡霊」と酷似する。

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― 新着の感想 ―
[一言] 少なくとも「吸血種」というあり方に何か深い関わりがあるのは判るんですけど、とにかく存在が頑迷な印象しか今の所残ってないのです・・・ ←亡霊さん
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