事件解明に向けて
前回のあらすじ
長い時を生きた『黄昏の魔導士』は、何度も繰り返された現象にうんざりしていた。立場を変えて広げられる演目と、目の前の議論を比較し、かつての仲間であろうと断罪すべきと、吸血種は主張する。静止をかける重鎮に対し、若い衆から見れば忖度だと切り返す。停滞した議論の場に、再び途中から乱入する子供の姿があった。
もう一つの空席の主は、一斉に視線が集中するのも構わず戸を開けた。
ちょうど会話が途切れた所だったのか、彼を拒む様子は見られない。反応は様々だが、長老エルフは表面上の苦言を呈した。
「ムンクス君……またかね?」
いつもの事とはいえ、今回ばかりは甘い顔を見せない。彼の配下が大いに関わった事件に、出席を遅らせるとはどういう了見か。微かな威圧感を滲ませた言葉に対し――子供の彼の顔はニコリともしない。真っすぐ真摯にムンクスは答えた。
「生き残った人たちを宥めて来た。それと現場の様子も」
二回足元を踏み鳴らし、城の地下を指し示す。驚愕と共に深く息を吸い、老人から全ての反感は溶けて消えた。
「身体の方は……時間はかかるけど完治すると思う」
「そうかい……不幸中の幸いだな」
「どうだろう。何人かは外に出た後も『殺してくれ』って……自殺に走った人結構いたよ。無理やり抑えて、今は眠ってもらってる」
「……治療費は政府が持たねぇとな」
知らなかったでは済まされない。レリーの名誉云々ではなく、これは人として、政治家として、果たさなければならない責務だ。唇を結ぶ役員たちを尻目に『黄昏の魔導士』は小さく唸る。
「もちろんそうだけど、復帰の補助も必要だ。保護し過ぎて、伝統生活区みたいにしたくない」
「そうか? 被害者の多くは貧困の連中だ。元々社会から外れるような奴らだぞ。適当な対応で構わんだろ」
「エルフの若い跳ねっかえりも、同じ扱いをする気?」
ムンクスの返す言葉が、ラーク議員に突き刺さった。硬直する老議員と対面するヒッポス議員も顔色を変える。
「レリー様……あ、いや、レリーはエルフをも襲っていたと……?」
「襲った……とは少し違うかも。たまたま裏路地へ出向いた時に、うろついてた人を口封じしてたんだ。その時、若いエルフの子は連れ去られて……」
強い怒りをにじませた舌打ちが、若いエルフ議員の口から飛び出す。素行の悪さに気を払う余裕もないのか、彼は前回の議会の事柄を持ちだした。
「若い衆に噂を流してみると、前回の終わり際に言いましたね? あの後実行したのですが、部下から反応が妙だと報告を受けていました」
「内容は?」
「『既に知っている』あるいは『噂を浸透中、身辺に気を付けるよう注意された』と。推察ですがレリー議員は、吸血種私兵を使って隠蔽工作をしていたのでしょう。彼らの中……若い跳ねっ返りの間では、そこそこ有名な話だったようです。証拠がなくとも、実際に被害があれば察せますからね」
「お前の部下、よく無事だったな」
「流石に私の配下へは手を出せなかったのでしょう。あの時は議会が『失踪は異界の悪魔が原因かもしれない』と揺れている時期でした。当時は半信半疑でしたが、実際に人が消されれば警戒される。ただ、正体までは割れてないと判断したレリーは、ほとぼりが冷めるまで放置する腹だった……ん?」
口に出して整理するうち、ヒッポス議員の視線が泳いだ。
確か以前の会議では、レリーが『欲深き者ども』の復活について、隣国の『悪魔の遺産』騒動を持ちだした。その途中でムンクスが乱入し、裏路地の失踪事件との関連を仄めかした気がする。
そして今回の暗殺劇――実行犯はともかく、後続で飛び入りしたのは『ムンクスの配下のゴーレム部隊』だ。うっすらと見えた因果の線に戸惑う議員。口ごもる彼を周囲が気にかけた。
「どうしたヒッポス?」
「え、あー……以前の議題なのですが、もしやレリーの報告に虚偽があったのでは?」
やんわりと話題を逸らしつつ、気になる点を指摘する。黒い裏側が明かされた後では、全てが疑わしく見えるものだ。無言で同調するエルフたちに対し、『黄昏の魔導士』は明言する。
「いや、そちらは事実だよ。僕の方でも裏が取れた」
「本当に?」
「疑うのも当然だね。対立中の国だし、情報を取れないのも無理はない。が、グラドーの森に結界が残ってる。奴らが滅びてない事は明白だよ」
「……なるほど」
いまいち納得しかねる若輩議員に、最長老のエルフは間を取り持つ。
「しかしヒッポス君。君の指摘は悪くない。レリー君が関わっていた案件について、残された我々は再検証の必要がある。どこまでが黒で、どこまでが白なのか……全てが黒だとも思えないし、また逆も然りだろう」
「そうだね。引き継ぐべき件もあれば、ここで断つべき案件もあるだろう。ムンクス君、君が一番手元に情報があるはずだ」
少しだけ微笑んで、少年はコクリと頷いた。
「被害者の種類は『裏路地のストチル』『裏路地にたむろしてたエルフの若い衆』『レリー経営の養護施設・老後施設の行方不明者』の三つに別れてる。被害者、犠牲者リスト今作成中だよ」
「犠牲者……」
「文字通り『骨の髄までしゃぶりつくされた』状態で発見された。ゴーレムでさえ不調を訴えてて……フリックス、今日来てないでしょ?」
ムンクスのお目付け役、頭部を立体映像で表現するゴーレムの姿がない。彼は比較的情緒豊かな人だ。事件の発覚に精神衰弱を引き起こす様は、用意に想像がつく。
「後で見舞いが必要そうだね……普段から胃を痛めてそうだし。今は休暇を?」
「ううん。休み休みだけど……他のゴーレムの子とローテーションで動いて資料を纏めて貰ってる。ひとまず『若いエルフの生き残り』のリストは作成できた。ヒッポス君、近年の行方不明者と照合してほしい。親御さんの所に帰せるかも」
「承諾しますが……ムンクス様、人手を借りれますか? この手の照合はゴーレムの方が向いてます」
「ゴメン、こっちも全然足りてない」
「ですよね……分かりました、内々で手を回します。先に失礼しても?」
途中離席は失礼に当たるが、誰も指摘はしない。皆分かっているのだ。これから我々は、事態の収拾に奔走する羽目になると。
ヒッポス議員の離席を皮切りに、今後の応対への具体化へ移る。老いも若いもなく、この国の未来のために……役員たちは言葉を重ねた。




