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終末から来た男  作者: 北田 龍一
第一章 異世界編
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不愉快な合致

前回のあらすじ


 交渉を終えた晴嵐は、早速廃品保管室に招かれる。彼がガラクタいじりに集中する間に、シエラを代理に立てて、自分の取り分の毛皮を売り飛ばすことにした。

 残骸の山の中で、一人の青年が嬉々として道具を弄んでいる。

 ボロボロになった大剣を床に敷き、潰れかけの刃を使い物にならなくなるまで潰す代わりに、刃の無事なダガーを研いでいく。

 ――砥石がなければ刃物は研げない、なんて発想は晴嵐にはない。一定以上の硬度を持つ物質と、水か油があれば刃を磨くことはできる。

 しゅっ、しゅりっ、と金属が擦れる音と共に、大剣が削れ、ダガーに鋭さが戻る。本当は丸みのある陶器などで仕上げれば完璧なのだが、無い物ねだりをしてもしょうがない。最後に片目を瞑り、具合を確かめてから布きれで水気を拭き取った。

 その布は、端が血で汚れていた。誰かが血で汚れた下着を捨てたのだろう。簡単に破って成形し、拭き取る用の布として活用していた。

 けれど、彼が握っている柄は大きく破損している。刃先の修復は済んでも、握り手が不完全では扱えない。磨き終えたダガーを脇に置き、今度は先端が折れた短剣を手に取ると、残った僅かな刃を踏みつけ、無事な柄だけを引っこ抜いた。

 そして修復した刃と、刃の抜けた柄を嚙み合わせる。これが、彼が編み出した修復術の一つだ。多数の残骸から無事な箇所を抽出し、大量のゴミから継ぎ接ぎの完品を生成する――


「……よし」


 完全に潰した、どうあがいてもゴミにしかならないモノを投げ捨て、修復したいくつかのダガーを並べて置き、代わりに……素晴らしい出来栄えの大型ナイフを一本、手に取った。

 握り手が無事な物は多数あるが、まだ使える輝きを持つ刃先は少ない。ゴミ山から掘りだすのには苦労したが、ほとんど刃に傷の無いナイフを見つけた時は、望外の宝に溜息を吐いてしまったほどだった。

 発掘した価値ある物品を、完璧に整えた達成感に浸る。しばしの間、鋭くなった切っ先を見つめていた青年だが、背後から迫る騒がしい気配に鼻を鳴らした。


「セイラン調子は……ってうわぁ!?」

「なんじゃ騒がしい」

「いや! 全身ドロドロじゃないかっ! 何をしたんだ!?」


 金属の武器や皮鎧、捨てられたインナーなどが乱雑に置かれたジャンクの中に、何にも気にせず飛び込んだからだろう。彼は汚れに塗れ、あまりにみっともない恰好だった。

 指摘されれば、多少気にする。油と血の臭いが混じりあって、微かだが酷い悪臭がした。


「……まぁ、残骸をいじくりまわしていたからの。汚れるのも仕方あるまいて」

「度を越しているぞ! いくらなんでも!」

「いいじゃろ別に。穢れなんざ洗えば落ちる。成果も出しとるじゃろうが」


 握られた良品のナイフに目線をやると、女兵士が目を丸くする。が、すぐさま渋面に変わった。


「多少は人目も気にした方が良いぞ」

「ほっとけ」


 皺を深くするシエラだったが、何かを思い出したのか、はっと顔を上げて晴嵐に話しかけてきた。


「そうだセイラン。大まかにだが話をつけて来たぞ。領収書もここに置いておくからな」

「すぐに換金出来たのか?」

「いや、全額の支払いは少しかかる。だけれど、良い品と認めてくれたからかな? 何割か前払いしてくれたよ。詳細は君の目で確認してくれ」


 こちらの通貨がつまった袋と、紙に数字と記号が羅列された領収書が机に置かれる。文字が保存される石ころではなく、紙媒体に書かれた数字に、何故だか妙な安堵を覚えた。未知の技術に興味もあるが、それ以上に不安が大きく、まだ進んで使う気持ちにはなれない。この世界で暮らしていく以上、いつかは向き合わねばならないが……

 金の詰まった袋から目を逸らし、置かれた紙に目を通すと、描かれた単位に背筋が粟立った。数字の前に書かれた記号は――『¥』終末の前、平穏な時代に通貨を示す記号と同一ではないか。

 ありえない。言語に続いて、金銭単位まで同じだと? もはや偶然と呼ぶことは出来ず、領収書に手を伸ばしたまま固まった。


「どうした?」

「……少し手が痺れてな。思ったより疲れとるらしい」

 

 かなり怪しい言い訳で、辛うじて晴嵐は取り繕う。動揺を表に出さぬよう感情を殺した顔の裏で、猛烈に疑問が彼を襲う。

 この違いと、この合致はなんなのだ? 異なる生物、異なる技術、異なる文化までは――それにしたって、だいぶ違和感を覚えるが――まだ良い。なのに、言葉と通貨単位だけが一致する、なんて都合のいい冗談はない。全く別の、交流すらない世界ならば、言語も通貨単位も異なるのが道理だ。現に地球では、海の向こう、山の先、ともかく何らかの断絶があれば、通貨も言語もバラバラになってしまったではないか。

 極めて不愉快な合致だった。余計なことを考えない晴嵐でも、これはさすがに看過できない。今はシエラがいるから抑えているが、一人の時に気が付いたら衝撃でしばらく動けなかっただろう。

 揺れる晴嵐の感情を彼女は察したのだろう。軽く彼の上に手を置いて優しく囁いた。


「セイラン。倒れる前に、一度しっかり休んで欲しい。軍団長も私に、特訓の前に休憩するよう言われているんだ」


 不覚。誰かに触られることを許すとは。自身にも兵士長にも腹が立った。手を強く払おうと動かす直前で、彼の感性は微かなブレを兵士長から読み取り、彼女を咎める。


「……何が狙いだ?」


 彼女らしい言動の中に、僅かだが意図がある。感じ取った晴嵐は唐突に切り込んだ。もし隠すようなら――さっそく作ったナイフを、血で汚すことも覚悟せねばなるまい。物騒な構えも知らずに、兵士長は目を丸くしてから、白状した。


「……なんでわかるんだ?」

「さっさと話せ」

「ああ……私個人から依頼したいことがあって……ハードな仕事になるから、休憩を入れてからで構わない。どうか受けてくれないだろうか?」


 手を置いたまま、覗き込むようにシエラが見つめる。

 それ以上の裏を感じなかった晴嵐は「話だけは聞く」と答え、彼女に続きを促した。

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