冒涜の見世物市
前回のあらすじ
ゴーレム達が城の地下で戦闘中、テグラットが仕留めた吸血種、レリーの館でも動きがあった。
使用人たちを一纏めにし、証拠を押さえるユニゾン・ゴーレム達。やがて発見された地図は、このゴーレム固有の能力によって、一瞬のうちに仲間たちに、精確に伝達された。
現場で刃を握る晴嵐の隣で、ゴーレムは「尋問の必要なし」と判断。同時に、晴嵐にここで引くべきではないかと警告する。
「発狂」の強い言葉を受けても、晴嵐は心は動かない。
侮っているのでも、想像力不足でナメているのでもない。この世界は地球と違うが――やはり人は人だと感じる事も多々ある。
例えば、貧困街の暮らし
例えば、政治家の綱引き
例えば、この国の世代断層
例えば、食事場の気安い交流
知性を持ち、言葉と意志を持てば、生命は大よそ近いモノへなるのかもしれない。異世界での生活を経て、晴嵐は改めて実感を持った。
――だから、彼には分かってしまう。
暴力を用いても咎められない、何をしても裁かれない。そんな場所に立った人間が何をやらかすか。ヒエラルキーの高みに至ったか、世界の崩壊かの違いはあるが……晴嵐は終末世界に体験している。
「冒涜の見世物市か? 安心しろ、何度も見て来たよ」
「……理解を拒否します」
理解不能と言わず、拒否と来たか。
ああそうだろう。晴嵐だって、出来れば知らずに生きていたかった。人が他人の事を、平気で物扱いする光景なんざ見たくなかった。人が他者に対し配慮し、配慮されるのが当然だと思いたかった。
男は険しい顔のまま、ゴーレムと共に歩きだす。
「この先に何があるか想像ついておる。何にせよ人手がいるじゃろ? 遠慮するな。これも仕事の内じゃ」
「……生物には不向きな仕事です」
「誰だって見たくないだろ。主らゴーレムは幾分かマシなだけで」
「ですが、誰かがやらねばなりません」
「ならやるしかなかろう。誰かがやってくれる、なんて都合のいいことは起こらん。ここでわしらが投げ出したら、奥にいる連中は永遠に闇の中だ」
「……肯定。失礼しました。行きましょう」
強い語調の返答は、虚勢か覚悟の表れか。会話もほどほどに闇の先へと足を運ぶと、徐々に通路が細まり、最終的に行き止まりへブチ当たった。
半眼で睨む晴嵐に対し、ゴーレムはそっと壁の奥に手をかざす。目に見えない波動が壁に浸透すると、ガコリと壁が剥がれ道が開く。秘密の裏路地と同様の方式だ。
道が開いた瞬間、強烈な汚臭が空間を満たした。
血だ。澱んで溜まった血だまりの臭い。濁り腐った汚臭の臭い。糞尿やヒトの体臭も微かに混じった悪臭溜まりに、思わず晴嵐は顔をしかめた。
あまりに濃く沈殿した空気は、鼻を塞いでも口内から嗅覚を刺激し、男の背筋に鳥肌を立てる。生物として、あらん限りの拒否反応を起こす肉体を叱咤し、晴嵐は意志を動員して足を前に運ばせた。
一層深くなった闇に、男の目は徐々に慣れていく。人狩の結果生じた暗部は、確かに並みなら正気を削られたかもしれない。
べったりと飛散し、壁面に癒着する血と体液の跡
気力なく横たわり、拘束され囚われた人々の瞳は虚ろ。
散在する器具は棘と針、透明なガラスと目盛りなど、血を搾り取る拷問具を連想させ
今も器具に繋がれた人が、青白吐息で喘いでいた。
人を屠殺……いや、生かしている分『血の搾取』と呼ぶべきだろうか。生きた人間を加工する施設はもはや、採血などと誤魔化せない。思わず「クソが」と男は吐き捨てた。
静かに憤怒する晴嵐と裏腹に、隣に立つゴーレムは一切の反応を示さない。あまりに長い沈黙に耐えかね、肩に触れても無反応のままだ。
「――――――――」
「おい? おい、しっかりしろ」
軽く揺すると眼光も揺らぎ、鈍く金属は動き出す。しばらく不安定な動作を経て、辛うじてゴーレムは男に答えた。
「――――失礼、処理容量を越えました」
「コレに動揺せん方が狂っとるよ」
いざ眼前に冒涜が顕現すれば、事前に知ってても耐えれない。非生物な分ゴーレムの復帰は早いが、晴嵐に釘を刺した言動が、わが身に返った反省だろう。囚われの者達を見渡して、高らかに宣言した。
「皆様、現在『人狩』の殲滅を進行中です。これより救出部隊が皆様を解放します。もうしばらくお待ちください」
……反応がない。
誰もが無気力なまま、胡乱な瞳が二人を見つめる。何人かは目を合わせたものの、ふて腐れて転がったままだ。
予想した状況と異なるのか、シンと静まった空気をゴーレムが受け止める。生き物の晴嵐は悪寒に耐えながら、憎悪に満ちた舌打ちを放った。疎い非生物は、トンチンカンな言葉を発する。
「聴覚に異常でしょうか? 聞こえる方は――」
「聞こえておるよ。恐らく響いておらんだけじゃ」
「何故?」
激昂するのを抑え、男は無言の彼らを代弁した。
「上げ落としで遊ばれたんじゃろ。救いの手が来ると見せかけて、手を取った輩を嬲るようなやり方で。じゃから何に対しても無関心になっておる。疑心暗鬼も通り越して、心が死んでるんだよ」
「――――――」
またしても処理容量を超えたのか、内部でガリガリと異音を立て凍りつくゴーレム。晴嵐としても彼らの扱いは悩ましい。どうしたものかと迷う男を見て、ひとりの少年がぼんやりと声を上げた。
「アンタ……テグラットと一緒に来た……?」
聞き覚えのある声。反響の中から晴嵐は聞き分け、見覚えのある顔を発見した。この都市について早々に出会った、スリの悪ガキだ。腐れ縁に低い声を上げて、一歩ずつ晴嵐は歩み寄る。
「生きておったか。悪運が強いのぅ……クソガキ」
「けっ……こんなとこで転がってて、運が良い訳ねーだろ。脳みそ腐ってんのか?」
「おーおーおー……なんじゃ、まだまだ元気じゃないか」
「温存しただけだっつーの」
衰弱し態度も悪いが、反応できるだけマシだ。疑われるのを承知で、晴嵐は伝える。
「黒幕はテグラットが殺った。他の吸血種……人狩もほぼ制圧しておる」
「……おめぇ、流石に信じられねーよ」
「だろうな。ならこう考えろ。どちらでもいい様に、わしらの指示に従っておけ」
希望を持つことに疲れ、手を伸ばさなくなったのならば
絶望の中でも繰り返された、命令に従えと言えばいい。
何も誰も信じられない者には、根気よく態度で示すしかないのだから。この悪童に関しては、そこまで壊れていないだろうが……
けっと唾を吐き捨て、だるそうに周りの者に目線で促し、悪ガキは捻くれた態度で呟いた。
「おめぇさん。もし本当なら……エルフ様方も助けてやんな」
「何?」
ここには裏路地住人しかいないはず。誰もがそう思い込んだ暗部には――想像以上の犠牲者が眠っていた。




