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終末から来た男  作者: 北田 龍一
第三章 緑の国編

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冒涜の見世物市

前回のあらすじ


 ゴーレム達が城の地下で戦闘中、テグラットが仕留めた吸血種、レリーの館でも動きがあった。

 使用人たちを一纏めにし、証拠を押さえるユニゾン・ゴーレム達。やがて発見された地図は、このゴーレム固有の能力によって、一瞬のうちに仲間たちに、精確に伝達された。

 現場で刃を握る晴嵐の隣で、ゴーレムは「尋問の必要なし」と判断。同時に、晴嵐にここで引くべきではないかと警告する。

「発狂」の強い言葉を受けても、晴嵐は心は動かない。

 侮っているのでも、想像力不足でナメているのでもない。この世界は地球と違うが――やはり人は人だと感じる事も多々ある。

 例えば、貧困街の暮らし

 例えば、政治家の綱引き

 例えば、この国の世代断層おとなとこども

 例えば、食事場の気安い交流

 知性を持ち、言葉と意志を持てば、生命は大よそ近いモノへなるのかもしれない。異世界での生活を経て、晴嵐は改めて実感を持った。

 ――だから、彼には分かってしまう。

 暴力を用いても咎められない、何をしても裁かれない。そんな場所に立った人間が何をやらかすか。ヒエラルキーの高みに至ったか、世界の崩壊かの違いはあるが……晴嵐は終末世界とうのむかしに体験している。


「冒涜の見世物市か? 安心しろ、何度も見て来たよ」

「……理解を拒否します」


 理解不能と言わず、拒否と来たか。

 ああそうだろう。晴嵐だって、出来れば知らずに生きていたかった。人が他人の事を、平気で物扱いする光景なんざ見たくなかった。人が他者に対し配慮し、配慮されるのが当然だと思いたかった。

 男は険しい顔のまま、ゴーレムと共に歩きだす。


「この先に何があるか想像ついておる。何にせよ人手がいるじゃろ? 遠慮するな。これも仕事の内じゃ」

「……生物には不向きな仕事です」

「誰だって見たくないだろ。主らゴーレムは幾分かマシなだけで」

「ですが、誰かがやらねばなりません」

「ならやるしかなかろう。誰かがやってくれる、なんて都合のいいことは起こらん。ここでわしらが投げ出したら、奥にいる連中は永遠に闇の中だ」

「……肯定。失礼しました。行きましょう」


 強い語調の返答は、虚勢か覚悟の表れか。会話もほどほどに闇の先へと足を運ぶと、徐々に通路が細まり、最終的に行き止まりへブチ当たった。

 半眼で睨む晴嵐に対し、ゴーレムはそっと壁の奥に手をかざす。目に見えない波動が壁に浸透すると、ガコリと壁が剥がれ道が開く。秘密の裏路地と同様の方式だ。

 道が開いた瞬間、強烈な汚臭が空間を満たした。

 血だ。澱んで溜まった血だまりの臭い。濁り腐った汚臭の臭い。糞尿やヒトの体臭も微かに混じった悪臭溜まりに、思わず晴嵐は顔をしかめた。

 あまりに濃く沈殿した空気は、鼻を塞いでも口内から嗅覚を刺激し、男の背筋に鳥肌を立てる。生物として、あらん限りの拒否反応を起こす肉体を叱咤し、晴嵐は意志を動員して足を前に運ばせた。

 一層深くなった闇に、男の目は徐々に慣れていく。人狩の結果生じた暗部は、確かに並みなら正気を削られたかもしれない。

 べったりと飛散し、壁面に癒着する血と体液の跡

 気力なく横たわり、拘束され囚われた人々の瞳は虚ろ。

 散在する器具は棘と針、透明なガラスと目盛りなど、血を搾り取る拷問具を連想させ

 今も器具に繋がれた人が、青白吐息で喘いでいた。

 人を屠殺……いや、生かしている分『血の搾取』と呼ぶべきだろうか。生きた人間を加工する施設はもはや、採血などと誤魔化せない。思わず「クソが」と男は吐き捨てた。

 静かに憤怒する晴嵐と裏腹に、隣に立つゴーレムは一切の反応を示さない。あまりに長い沈黙に耐えかね、肩に触れても無反応のままだ。


「――――――――」

「おい? おい、しっかりしろ」


 軽く揺すると眼光も揺らぎ、鈍く金属は動き出す。しばらく不安定な動作を経て、辛うじてゴーレムは男に答えた。


「――――失礼、処理容量を越えました」

「コレに動揺せん方が狂っとるよ」


 いざ眼前に冒涜が顕現すれば、事前に知ってても耐えれない。非生物な分ゴーレムの復帰は早いが、晴嵐に釘を刺した言動が、わが身に返った反省だろう。囚われの者達を見渡して、高らかに宣言した。


「皆様、現在『人狩』の殲滅を進行中です。これより救出部隊が皆様を解放します。もうしばらくお待ちください」


 ……反応がない。

 誰もが無気力なまま、胡乱な瞳が二人を見つめる。何人かは目を合わせたものの、ふて腐れて転がったままだ。

 予想した状況と異なるのか、シンと静まった空気をゴーレムが受け止める。生き物の晴嵐は悪寒に耐えながら、憎悪に満ちた舌打ちを放った。疎い非生物は、トンチンカンな言葉を発する。


「聴覚に異常でしょうか? 聞こえる方は――」

「聞こえておるよ。恐らく響いておらんだけじゃ」

「何故?」


 激昂するのを抑え、男は無言の彼らを代弁した。


「上げ落としで遊ばれたんじゃろ。救いの手が来ると見せかけて、手を取った輩を嬲るようなやり方で。じゃから何に対しても無関心になっておる。疑心暗鬼も通り越して、心が死んでるんだよ」

「――――――」


 またしても処理容量を超えたのか、内部でガリガリと異音を立て凍りつくゴーレム。晴嵐としても彼らの扱いは悩ましい。どうしたものかと迷う男を見て、ひとりの少年がぼんやりと声を上げた。


「アンタ……テグラットと一緒に来た……?」


 聞き覚えのある声。反響の中から晴嵐は聞き分け、見覚えのある顔を発見した。この都市について早々に出会った、スリの悪ガキだ。腐れ縁に低い声を上げて、一歩ずつ晴嵐は歩み寄る。


「生きておったか。悪運が強いのぅ……クソガキ」

「けっ……こんなとこで転がってて、運が良い訳ねーだろ。脳みそ腐ってんのか?」

「おーおーおー……なんじゃ、まだまだ元気じゃないか」

「温存しただけだっつーの」


 衰弱し態度も悪いが、反応できるだけマシだ。疑われるのを承知で、晴嵐は伝える。


「黒幕はテグラットが殺った。他の吸血種……人狩もほぼ制圧しておる」

「……おめぇ、流石に信じられねーよ」

「だろうな。ならこう考えろ。どちらでもいい様に、わしらの指示に従っておけ」


 希望を持つことに疲れ、手を伸ばさなくなったのならば

 絶望の中でも繰り返された、命令に従えと言えばいい。

 何も誰も信じられない者には、根気よく態度で示すしかないのだから。この悪童に関しては、そこまで壊れていないだろうが……

 けっと唾を吐き捨て、だるそうに周りの者に目線で促し、悪ガキは捻くれた態度で呟いた。


「おめぇさん。もし本当なら……エルフ様方も助けてやんな」

「何?」


 ここには裏路地住人しかいないはず。誰もがそう思い込んだ暗部には――想像以上の犠牲者が眠っていた。

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― 新着の感想 ―
[一言] エルフまで入ってるとなると、これパワーバランスを勘案して闇に葬られそうな案件とかなんじゃ・・・
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