種明かし
前回のあらすじ
突入に惑う吸血種私兵団は、激しい混乱に包まれた。
けたたましく響く戦闘と鋼鉄の音、そして「悪魔の遺産」に似た炸裂音に委縮する吸血種たち。だが出入り口は一か所。活路を開かんと勇んだ吸血種五名は、晴嵐の急襲を受け全滅した。
使い捨ての玩具を投げ捨て、噛み後の残る左手を晴嵐は眺めた。
やはり噛まれただけなら、吸血種と化す危険はない。外套に忍ばせた道具で処置を済ませつつ、五つの死体を行儀悪く足でどかした。
口も使って包帯を巻いた後、左手で死体から刃物を拾い上げる。鈍く痛みこそあれ、戦闘に支障はなさそうだ。判断を下しつつ、突き刺さった投げナイフを補充した。
意外と広い地下空間の中は、全体が石で組まれた頑丈な作り。遠く聞こえる喧騒は、まだ敵を殲滅し終えていない証拠と言える。次の敵を探す晴嵐の耳に、騒がしい足音が反響する。金属質な足音と共に、一機のゴーレムが晴嵐の側に駆け寄った。
「破裂音を検知、ミスター。無事ですか」
「……律義なもんじゃな」
包帯を巻いた手を振り、協力者に見せびらかす。平然と立つ晴嵐に、ゴーレムは現状を報告した。
「現在、制圧を進行中。行軍は順調」
「損耗は?」
「ほぼなし。標的の脅威指数、予測より遥かに低」
「……同感じゃ」
秘密の私兵と聞いて身構えたものの、はっきり言って拍子抜けだ。晴嵐が慣れているのを差し引いても弱すぎる。事前に慢心があると聞いたが……この吸血種共は、自分たちが攻撃される心構えがない。普通の兵士と比較しても雑魚ではないか? 辛辣な感想を隠して晴嵐は問いかける。
「捕まっている連中は?」
「現状不明。事前予測より、当空間は広大かつ複雑。隠し通路も散在」
「入口も隠されていたが……ずいぶん用心深いな」
「推測。城壁都市内、路地裏の隠し領域の上位互換」
テグラット達が暮らしていた空間、路地裏の隠し領域は……本来、この地域が再び戦地になった際の予備空間だ。都市内に設計しているなら、城の内部に設備があっても不思議はない。疲弊と皮肉を交えて晴嵐は言った。
「敵に備えるための空間で、悪魔のような所業を重ねて……本末転倒よな」
「全面的に同意。このまま奥地へ進行を。未探索空域で――」
突然晴嵐は言葉を遮り、ゴーレムを押し倒し床に伏せる。動転する間もなく火の玉が頭上を通過し、二人の姿を赤く照らした。男が反射的に刃物を投げつけ、その隙に二人は体勢を立て直した。
「まだおったか……やるぞ」
「了解」
改めて構える晴嵐。対してゴーレムは素手で前面に躍り出る。
迫る敵は一人。奥で縮こまっていたのか、それとも増援でやって来たのか。とっとと黙らせるべく、晴嵐は折り紙を取り出し使用する。
振り下ろすと同時に炸裂する音。「悪魔の遺産」に酷似する音が反響した。怯え竦む吸血種と裏腹に、手品の種を知るゴーレムは止まらない。鉄の拳をみぞおちに叩き込み、ガッと目を剝き吸血種はせき込んだ。間髪入れず膝を折り、手際よく四肢に腕輪を装着させる。程なくして淡い光が灯り、吸血種を拘束した。
「……殲滅はせんのか」
「尋問用です」
いっそ皆殺しにと思うのだが、元が黙認された組織だけに、そう単純な話でもなさそうだ。渋く顔を歪め、晴嵐は不快感を顕わにする。一方の吸血種は呻きながら、晴嵐の方を睨みつけていた。
「な、なん……だ……?」
「あん?」
「さっきから……お前、何をした? あの音は……悪魔の遺産の音じゃない」
意識を飛ばさず敵意を緩めず、気骨のある輩もいるらしい。敬意を表して――ではなく、精神的に痛めつけてやるために、実に下らないトリックを晴嵐は明かした。
「ご名答。お前らがビビったのはこれだよ」
ひしゃけて歪んだ紙屑を、吸血種の前に投げ捨てる。まだ理解できないソイツに真実を教えてやった。
「こいつはな……軽く振ると破裂音がするだけの、紙を折って作るおもちゃだよ」
「は? な、ふざけてるのか?」
目の前で晴嵐がその紙きれを――自前で作った「紙鉄砲」を見せつけ振りかぶる。直後、銃声そっくりな音が反響した。ぴくりと震える吸血種の眼前で、意地悪く晴嵐は嗤って見せる。
“お前さんらは、こんな下らないトリックに騙され負けたのだ”
暗に示してやると、みるみる吸血種の顔が歪む。秘密組織に属し、特権にあやかるようなプライドの高い輩には、屈辱的な事実であろう。
テグラットにも授けた折り紙「紙鉄砲」は、作り方とコツを知っていれば、誰でも使えるオモチャだ。一枚につき使用回数は一回。軽く振ると高い破裂音……銃器の発砲音に似た高音を鳴らす。
終末でも猫騙しとして使ったコレは、ユニゾティアでは抜群の効果を発揮した。それもそのはず、この世界では「銃」を「悪魔の遺産」と呼び、徹底的に忌避する心象が根付いている。
晴嵐は、そこにつけ込んだ。
殺し合いの場面において、「一瞬相手を恐怖で硬直させる」効力は大きい。種さえ割れていればなんてことない、英雄さえも騙し殺す初見殺し――悪意たっぷりに見下ろす晴嵐を、冷やかな声が引き留めた。
「ミスター。悪趣味かと」
淡々と喋るゴーレムから感情はうかがえない。本気で非難しているのか、それとも道草を食うなと咎めているのか。どうでもいいと男は皮肉を返した。
「これぐらいは許せ。それに悪趣味言うたら、吸血種様方には負けるわい」
「訂正を施行……ミスター、性格が悪いです」
「けっ、何を今更」
「……全機体に共有しますよ」
「あ? 既にアルファから共有しておらんかったか?」
「……不毛と判断。作戦行動を再開します」
「あぁそうじゃな。まだ捕まった連中を見つけておらん。……コイツに吐かせるか?」
ナチュラルにナイフを首に添え、凄みを添えた笑みが吸血種を睨む。恐怖する輩の前で、ゴーレムは静かに「仲間たち」と合議を始めた。
用語解説
「紙鉄砲」
実在する折り紙の一つ。軽く振る事で、ピストルの破裂音に似た快音を起こす。ただそれだけのオモチャ。テグラットが使用した道具もコレ。
この世界「ユニゾティア」においては、「銃」が「悪魔の遺産」と呼ばれ、忌避と嫌悪の対象になっている。故にその使用音に対し、反射的に強い恐怖を抱いてしまう。……たとえそれが、紙製のガラクタが発した音でも。




