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終末から来た男  作者: 北田 龍一
第三章 緑の国編

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急襲に惑う

前回のあらすじ


テグラットがレリーと決着をつけた頃、晴嵐とゴーレム部隊は城の地下にいた。囚われた路地裏住人と、吸血種私兵団の根城へ、統率の取れた動きで彼らは突入した。

 衝撃音を受け、内部の吸血種は慌ただしく飛び起きた。

 何かが起こっている。察しの良い何名かが音の方を目指し、光のない城内地下を駆け抜けた。

 吸血種は種の特性上、太陽光をやや嫌う。代わりに暗闇への順応性が高く、この地下空間にでも不自由しない。ほどほどに警戒しつつ見回りに来た吸血種は、その集団を見てぎょっとした。

 藍色のゴーレムが、青い単眼を光らせこちらを睨む。手には氷で出来た刃を振りかざし、妙に本能に訴えかける鈍い光を発していた。


「「「「「敵性存在を補足。戦闘開始」」」」」


 五機のゴーレムが散開し、うち三機が真っすぐに正面の吸血種に飛び込む。反応する間もなく刃が突き刺さると、含まれた銀が吸血種の肉体を焼いた。


「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛っ!!」


 咆哮。それは開戦を告げる号砲が如く。閉鎖空間に響き渡る悲鳴が、一斉に吸血種たちの目を覚まさせた。食事中の者、休息中の者も含め泡立ち、備え付けの武具を大慌てで身に着ける。装備を整える間も怒号は止まらず、情報が錯綜した。


「何だ!? 何が起きた!?」

「知らねーよ! 戦闘訓練の日でもねぇ!」

「抜き打ちのヤツか? ここを知ってるやつなんて、レリーと俺ら以外にいる訳がない」

「ま、まさかと思うが、異界の悪魔どもが先に潰しに来たんじゃ……」

「そんな訳ない。あの噂は俺たちの狩りを誤認しただけ――」


 噂をすればなんとやら。地下施設内に一度、乾いた破裂音が響く。『悪魔の遺産』の使用音と思えるそれは、全員の神経を震え上がらせた。


「い、今の音……悪魔の遺産持ちがいる?」

「じょ、冗談じゃねぇ! こんなところにいられるか!」

「馬鹿! 逃げれないぞ俺達は。出入り口は一か所しか……」

「お、俺達は奴らと戦う組織だ。ビビるな! 奴らを……憑依型ゴーレム連中を倒すぞ!」

「や、や、やるしかないのか」


 振り絞った勇気は、二度目の破裂音で吹き飛ぶ。まだ接敵前にもかかわらず、不吉を告げる音の嵐に、吸血種たちは竦み上がっていた。鋼鉄の軍靴の音が地下を踏み鳴らし、時折聞こえる悲鳴が心を脅かすも、活路は戦って切り開くしかない。腹をくくった武装吸血種が、鉄製の扉を慎重に開いた瞬間。

 銀色のイナゴの群れが、先頭の吸血種の喉に噛みついた。

 ぐげ、と通常発声しえぬ音を遺言に、鮮血を噴き出して石の床を転がる。広がる血だまりに青ざめる間もなく、音もなく忍び寄る男が次の獲物へ狂刃を向けた。


「残り四匹」


 呟くそいつは生身だった。雪崩込む金属音に紛れ、完全に足音を消して潜んでいた。手から流れる血の臭いが、男がヒューマンである事を物語る。

 が、その事実は何の慰めにもならない。左手から次の刃物が投擲され、後続の吸血種の命を狙う。慌てて鎧の腕甲で弾いたものの、男の殺意は止まらない。両手を縮めて守りを固めた吸血種は、腰と膝に伸びる男の一手を見逃した。

 狡猾な蛇の如く足に絡み付くと、鎧越しに吸血種を石畳へすっ転ばせる。鎧は砕けはしないものの、術が揺らぎ衝撃が背筋を強打した。その隙に後続三名の吸血種がつめ寄るも、男は懐から袋を取り出し真下に投げる。

 瞬時に広がる煙。直撃を受けた吸血種が激しく痙攣を繰り返す。ちらりと粒子内に見える光は、銀色に鈍い輝きを放っている。鎧の腕甲で衝撃を防いでも、呼吸が必要な以上粒子からは身を守れない。魔法の防壁に包まれたまま、倒れた吸血種は絶命した。


「残り三匹」


 煙の中から囁く声が、生き残り三名の耳を撫でる。ぞくりと走る悪寒に怯えながら、煙幕内にいる敵の様子を注意深く窺う。侵入も許されない有毒の煙が、突如風に煽られ三名の吸血種に迫った。

 自然の風ではない。恐らくはレリーも保持している「旋風の扇」だろう。さして珍しくない輝金属の扇は、軽く振る事で突風を引き起こす。風を刃のように飛ばす事も出来るが、今回はそれ以上の脅威となった。閉鎖空間で銀を含むガスが、最前列の吸血種を飲み込む。上がる悲鳴、追い詰められる二名の片方が「待ってろ!」と叫び、同じ扇を用いて毒煙を押し返す。煙を吸った仲間が、焼け爛れた右の頬を向けた。痛々しいものの息はある。かばって後ろに下げようとした途端――


 パァン!


 煙幕奥から、乾いた炸裂音が響く。反射的に身を竦ませ、負傷者そっちのけで一人は釘付けに、一人は足を取られ転んでしまう。その隙を、終末から来た男が見逃すはずもなかった。安全圏の優位を捨て、右手に大振りのナイフを握り飛び込む。

 深々と腸を抉る衝撃に、吸血種は防壁を張る間もなく背を丸める。そのまま腹をめった刺しにし、最後は肋骨の守りを嘲笑い、男は心臓を貫いた。


「残り二匹――」

「ぐおおおおおおっ!」


 負傷した吸血種が遮るような咆哮を上げ、牙をむいて男に飛びかかる。生命の恐怖が捕食者の本能を呼び覚ましたのだろう。鬼の形相で吸血種の象徴、生き血を啜る牙を男に突き立てようとした。

 チャンスだ。転倒した吸血種は思った。生き血を吸えば一時的に滋養がつく。圧倒されつつあるこの状況も、負傷吸血種が気力を取り戻せば勝ち目がある。

 男はその瞬間「吸血鬼は殺す」と呟き、左腕を差し出した。吸血種が牙を立て食らいつくと同時に、男が噛まれた腕を手前に引き寄せる。同時に、右手から刃物を吸血種の首筋に走らせ、頸動脈を一瞬で掻き切った。

 この間僅か三秒。熟練の板前が瞬く間に魚を捌く様に……恐ろしく慣れた手つきで吸血種を屠殺する男。くっきりと残った噛みあとに目もくれず、左手が外套をまさぐり何かを取り出した。

 殺意むき出しの男が懐に手をやれば、誰だって嫌でも身構える。手首を使い動く左手から「乾いた破裂音」が発せられ、最後の一人は反射的に目を閉じた。

 ただ、それだけだった。

 傷を負わされたのでも、絶命もしていない。しかし殺し合いの最中では、その一瞬は致命的な隙となる。うっすらと開けた瞳には、変形した紙切れと冷酷な男の目線。

 何かの因果があると察したものの……心臓を貫かれた後では、遅すぎた。

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