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終末から来た男  作者: 北田 龍一
第三章 緑の国編

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千年の悪夢

前回のあらすじ


 体調を悪化させる魔法武器、スポア・サーべルを受けたテグラットは妙に思う。貧困にあえぐ彼女たちにとって、肉体の不調は常にある。貧富の断絶が広すぎて、少女はレリーの主張が全く分からなかった。追い込んでいる気の吸血種へ殺意を込め、全力で勝負手を彼女は放つ。

「吸血種は、殺す」


 不遜な殺意を抱き続ける少女は、深紅の髪をなびかせそう言った。

 どうせこれから殺す相手だ。常識外の事を伝えても問題あるまい。ヒューマンを同族に変える吸血種は、心からの賛辞を込めてこう言った。


「いいですねぇ……心意気は好きですよ。しかし惜しい。あなたがヒューマンであれば、血族に招くのもやぶさかではないのですが」


 もしこの少女がヒューマンであったならば、吸血種兵団の配下にするのも悪くない。勿論懐柔に時間はかかるだろうが……寿命のない吸血種にとって、時間はただ手間がかかるだけ。じっくりと手間をかければ、そこそこ使える駒になると感じていた。

 彼女の素性は知らないが、少なくとも資質はある。欲深き者どもと戦う際、最も必要なものは「力量差に物怖じせぬ精神」だ。

 かつて千年前の戦争において、ユニゾティアは蹂躙された。

 数的有利はあったが、異界の悪魔の力は想像をはるかに超えていた。


 頭を焼き潰そうが、心臓を破壊しようが蘇る不死者。

 瞳を合わせただけで、異性を虜にして支配下に置く魔眼持ち。

 接触した物質を自在に組み替え、未知の構造物や「悪魔の遺産」の生産施設を形成する創造者。

 生命の改竄、新造や変異を生み出し世界を犯す、禁忌を恐れぬ者。

 対決した相手の鍛錬を無に帰し、己の物として奪う簒奪者。

 ……軽く想起しただけで目眩がする。ミノルの対抗能力で封じたものの、絶望的な差に心が折れた者も少なくない。

 だから「奴ら」と対決するには

 折れない精神が必須条件だった。


(その点この娘は合格です。あんな貧困街の生まれでありながら、私に牙を剝いているのですから)


 ふと、妙な想像が働いた。ならば今の自分は、彼女にとっての悪魔なのか?

 馬鹿馬鹿しいと振りほどいて、レリーは愉快な事を口にした。


「まぁ、まだ生きているお仲間もいますが……あなたは下手に生かしておけません。一足先に向こう側に……あぁ、いいことを思いつきました。あなたの事をお仲間に知らせてあげましょう。肉体を嬲るのはたやすいのですが、いかんせん精神を責める事が困難でしてね。死体でも投げてやれば、きっと面白い見世物が出来るでしょうよ」


 静かに少女が目を伏せる。レリーもサーベルを握り直す。

 恐怖からか、小刻みに緊張し痙攣を繰り返す獣人は、懐から折りたたまれた何かを取り出した。

 折りたたまれた紙切れ一枚を握りしめ、すっと顔を上げる少女と視線が交差する。刃物を突き付けるような所作をレリーに向け、灰色の瞳は……憎悪と決意に濡れていた。

 背筋を這いあがる痛烈な悪寒。どこか懐かしいと感じる表情は、かつての戦争で肩を並べた仲間たちに似ている。

 気のせいだ。と、思考を裂いたのと同時に

 彼女が凄まじい殺意と共に紙を振り下ろす。

 刹那、千年前の当事者……レリー・バキスタギスは過去に囚われた。


 パァン!!


 一発乾いた破裂音が響き、殺気と共に駆け抜ける。

 瞬間、レリーの頭が真っ白に吹き飛んだ。

 どくどくと心臓が激しく脈打ち、呼吸は荒く足が震える。

 左の頬と腹と肺の内側から、じくじくと痛覚が広がっていく……


(あ、悪魔の……遺産……!?)


 千年前の奴らが用いた兵器、その使用音を忘れるはずがない。当然戦争に出向いたレリーも、あの武器の恐ろしさは良く知っている。いや知っているどころか、彼はこの兵器によって絶命しかけた。

 肺に二発、脇腹に三発。頬に一発。

 かつて被弾した箇所が、古傷の如く痛み出す。心的外傷フラッシュバックが眼前を明滅させ、ぐらりと世界が揺れる中……さらなる痛苦が飛翔した。

 道具を持ち替えた少女が、次々とナイフを投げつける。反応が遅れたレリーは、盾の腕甲で防ぎきれない。足に三本被弾した瞬間、稲妻の如く凶悪な痛みが脳髄に奔った。


「がっ……! があああぁあぁっ!?」


 傷口から銀が接触し、吸血種は絶叫を上げた。

 何故我々の弱点まで知っている? と思考を巡らせる余裕はない。ただでさえ過去のトラウマに精神を八つ裂きにされ、肉体まで銀に焼かれれば……貴族の仮面を脱ぎ捨てて、恐怖に支配されるまま逃げ惑うしかない。

 崩れた均衡の中で、彼女の声が木霊する。


「吸血種は、殺す……!」

「ひぃっ!?」


 刃の側面が銀色に閃き、吸血種を屠るナイフが宙を舞う。おっかなびっくり盾の腕甲で防ぎながら、レリーは館の外側、割れた窓の方面へと走り出す。

 もう何だって構わない。ここから逃げなければ殺される。原始的な危機に煽られ、背後から追う少女を注視し駆け抜け続けた。あと少し、あと少しで、コイツが侵入した窓から逃げられる。安堵した刹那、まるで蜘蛛の巣のように張られた罠が、憐れな獲物を絡め取った。


「っぅ!?!? ぁあぁぁっぁ!?」


 窓の周辺に、鋼鉄の紐が張られている。針を含む人口のいばらが身体に食い込んだ。だが触れた瞬間、吸血種の本能が激しく拒絶反応を引き起こす。当然のように、この罠にも銀が用いられている……!


「吸血種は、殺す!」


 何たる殺意。何たる決意か。

 言葉を聞くまでもない。数多の仕掛け、闇夜でも浮かび上がる敵意の熱量、少女の全身とその行為すべてが、吸血種の抹消を願っている。逃げ道なく立ち竦むレリーに、またしても何かが投げつけられた。

 両手で覆うように盾の腕甲を広げ、必死に震える吸血種。が、飛来物は刃物ではなく、粉末の詰まった布袋。盾に弾かれ、粉末が周辺を包み込んだ途端……レリーの全身が蒸気を上げる。


「あががっ! ぐげぇっ! ごぶぅっ! ヴぇっぁあっ!!」


 銀粉の煙幕が全身を覆い、肌という肌を焼き焦がす。悶える最中粉塵を吸い込み、口内が、鼻が、喉が、肺が、銀に犯され焼けただれた。ガランとサーベルを地面に落として、まな板の上のコイのように、身体から体液を噴出し、もんどりを打つ。

 全身を炙る音の最中に、こつり、こつりと忍び寄る足音。瞳を開くと同時に眼球が焼かれても、その死神の姿ははっきりと見て取れた。


「吸血種は……あなたは、殺す! 私の……私の世界を、返して!!」


 暴れるレリーに跨り、小さな両手が喉仏を圧迫する。その手に握られた銀の鎖が絡み付き、全てを乗せた両腕が、吸血種の首を絞めた。

 ばた、ばた

 最後の断末魔を上げるが如く、千年生きた英雄の命は、灰色の少女に今まさに刈り取られようとしていた。

 蒸発した眼窩はへばりつき何も映さない。鼓膜も焼き切られ、三半規管がグチャグチャにかき混ぜられ、脳髄に届くのは痛苦のノイズのみ。

 現実を見失ったレリーの脳裏に、走馬灯が駆け巡る。

 千年前の戦争と、それによって得た栄華。

 だがむしろソレは、死に際のレリーには毒だった。


 かつて奴らは、異界の悪魔どもは

 自分たちが正しいと信じて疑わず、ユニゾティア住人の話など、全く聞き入れなかった。

 その圧倒的な力量差をもって、ユニゾティアの日常を踏みつぶし、絶滅させようとした。潰される側の、ユニゾティア住人の意志や意見を無視して……

 ああはなるまいと誓ったのに

 今もなお、この世界は奴らを嫌悪し続けているのに

 いつしかレリーは忘れていた。

 誰かの日常を奪えば、途方もない恨みを買うと言うことを。

 自分もかつて被害者だったのに……それを忘れた結果がこれか。

 ……私は、過去わたしに殺される。

 とりとめもない、遅すぎる反省は

 頸椎の折れる音と共に、途切れた。

用語解説


レリー・バキスタギス


 緑の国の役員の一人にして、千年前の戦争で功績を上げた吸血種。しかし必要から築き上げた私兵隊は、いつしか悪行の言い訳にすり替わっていた。

 死に際、千年前に対峙した「欲深き者ども」の所業と自らの業が重なり、ようやく反省するも時すでに遅し。テグラットが銀の鎖で首を絞め、頸椎を折られた事により死亡。

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― 新着の感想 ―
[一言] >……私は、|過去《わたし》に殺される。 まぁ自分がどうして今の自分に為ったか。初心忘れるべからずというのと同時に、何が超えてはならない一線なのかって話ですね;
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