断絶に向ける殺意
前回のあらすじ
ただの強盗と考えていたレリーだが、侵入者の殺意を見て、裏路地住人が復讐に来たと断定した。わざとらしく称賛を口にして、試作品の武器を振り回す。持たざる者の涙ぐましい努力と戯れ、黄緑色のサーベルを振りかざし、逃げる少女を追う。
暗い闇の中、獣人少女は身を翻す。
最初からこんなので倒せる訳がない。本命の道具を隠し持ったまま、少女は出鱈目に残った矢じりを地面に撒いた。廊下の分かれ道で散らばるソレは、拙い罠に見せかけた誘い。本命を通すための、涙ぐましい努力だ。
好きなだけ侮ればいいと思う。
私は弱いことなんて、誰が見たって分かる。
みすぼらしくて、力もなくて、きっと頭だって良くない。
だから……私が逃げ回れば、確実に貴族気取りの獣は追ってくる。
「おやおや、今更逃げるつもりですか? まぁいいでしょう。どうせ逃げ切れません」
黄緑色のサーベルを軽く振って、吸血種は私に歩み寄った。反対の手で扇を振りかざし、私の方に風が巻き起こった。
――あの扇は風の刃も作れるはず。舐めて使ってないのと、別の理由があると思う。
私達みたいな「虐げられた人間」は、他の人の悪意を全く読めないか、異常なほど過敏かのどっちか。臆病者の私は、もちろんとても敏感。あの嫌味に満ちた笑みを見れば、誰だって気分を悪くするけど。
二回せき込み、口元の鼻水を拭く。妙なだるさが身体を重くする。自慢げな説明を聞いても良く分からないけど、これがあの輝金属武器の効果らしい。
訳が分からなかった。どうしてこんなものが武器になるんだろう?
風邪気味なんて珍しい事じゃない。私たちはどこか調子が悪い事の方が多い。ご飯がたりないのか、日を浴びてないからなのか、理由はよくわかんないけど、身体が悪くて当たり前。
それでも動かなきゃいけない。誰も頼ったりできないし、助けてくれないのだから。
だから――病気にかかったぐらいで、私たちは鈍ったりしない。でもきっと、いい暮らしの人達にとっては辛い事なのかな。よくわかんないけど。
「……来ないで」
「ははは、誘っておられるのですか?」
弱ったフリに引っかかり、有利を微塵も疑わない敵。余裕で優雅なふるまいは、自分が負けることなどあり得ない。そう信じて疑わない傲慢な笑みだ。なんで人って、嫌がる人の事を、増々楽しそうに相手を嬲るんだろうね。
きっ、と私はにらみつけて、懐の刃物を投げつける。お兄さんの加工品は使わず、普通の投げナイフを顔面に投げつけた。
軽く目を開くも、盾の腕甲が容易に弾き飛ばす。パチンコで貫けないんじゃ、守りをかいくぐれるはずもなかった。
「そろそろ楽になってはどうです? 苦しいでしょう? ちょうど軽い運動も終えましたし、あなたを夜食にするのも悪くなさそうですねぇ……」
ニヤリと牙を見せつけ、ぞわりと背筋を泡立たせる笑みを浮かべる。捕食者の顔で眺める男に、気持ち悪いとしか感じなかった。
こんな人間の、何が上等だと言うのだろう。
こんな人間の、どこが高貴だと言うのだろう。
私達を下賤と嗤うけど。
あなた達だって下品でしょう?
ぐっと睨む私のことを、さも可笑しそうに吸血種は嘲った。
「栄誉な事でしょう? あなたの血は吸血種の糧となるのです。裏でこそこそと生きるしか能のない無価値なあなた方に、我々の腹を満たすという意味を与えて差し上げましょう。意味なく老いていくのに比べれば、ここでさっぱりと死んだほうが幸福かもしれませんよ」
何故他人なのに、勝手に意味や価値を決めつけるのだろう?
さっぱり死んだほうが幸せだと言うのなら、
なんであなたは、人を殺して生きている?
本当に話が通じない。ムンクス君と違って、あの裏路地をまともに見たこともないくせに――!
「吸血種は、殺す」
「いいですねぇ……心意気は好きですよ。しかし惜しい。あなたがヒューマンであれば、血族に招くのもやぶさかではないのですが」
まだコイツは、自分が勝てるつもりらしい。
ううん。本当に負けることを、死ぬことを想像していないんだ。だから――ここまで私たちが立てた予定通りに、動かされているなんて考えてない。
信じられないぐらい私の、私達の筋書き通りに動いているのに。
後ろには割れた窓と、お兄さんが仕掛けた鉄紐の罠。
通った道には捨てた矢じり。見えてる罠は通らない。
「まぁ、まだ生きているお仲間もいますが……あなたは下手に生かしておけません。一足先に向こう側に……あぁ、いいことを思いつきました。あなたの事をお仲間に知らせてあげましょう。肉体を嬲るのはたやすいのですが、いかんせん精神を責める事が困難でしてね。死体でも投げてやれば、きっと濃い見世物が出来るでしょうよ」
邪悪な囀りに耳を貸さず、静かに目を伏せ覚悟を決める。
ここから先は一発勝負。
本命の、銀でコーティングした投げナイフと、
作り方を学び、自分で作った銀の煙幕。
そして――最初「人狩」を追い払って、お兄さんと会うきっかけを作った銀の鎖を確かめた。
全ての引き金は、お兄さんに教えてもらった紙細工。
怯えはある。
恐いとも思う。
でもそれを見せちゃいけない。
全部、憎しみで塗りつぶしているように見せなくちゃ。
やり方もお兄さんに教わった。
左手で心臓近くを握りしめ
右手でオリガミの紙片を掲げて持つ。
自分の心を握りつぶすように、
日常を、感情を、怨みを、自分自身を抉って、心の痛みを取り出して私は吼えた。
ありったけの殺意を込めたハッタリを、
紙切れと共に、滅ぼすべき敵へ叩きつける。
その瞬間――大気は破裂した。




