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終末から来た男  作者: 北田 龍一
第三章 緑の国編

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悪魔の如く

前回のあらすじ


 ついに館に侵入する晴嵐とテグラット。しかし警備や私兵団の歓迎がない。どうやら本命はユーロレック城内部の様で、晴嵐は罠だけを残して場所を移す。去り際、少しだけ会話を挟み、獣人少女は殺意に身をやつすと、大げさな拍手と共に敵は姿を現した。

 レリー・バキスタギスは心から侵入者を歓迎した。なんと愚かしく、なんと勇敢な娘だろうと。

 手口からして、下賤な生まれな事は想像がついた。大方「金持ちの屋敷に飛び込んで、適当に金目の物を盗んでやろう」と、短絡的な馬鹿の仕業だと踏んでいた。

 が、音の方向へ歩む内に、レリーは「殺気」を肌で感じ取る。しばらく実地で戦争に出ていない吸血種の男だが、昔取った杵柄は千年生きても有効らしい。

 並々ならぬ殺気――異界の悪魔との戦争で、各地で飛び交う荒れた気迫が、日ごろ使う廊下に満ちている。長く生きれば怨まれる事もあるが……遠目で見えた人影を見てすぐに察しがついた。

 恐らく、この前の大規模狩猟の生き残りだろう。察するにとどまらず、黒幕まで見抜いた獣人の少女に敬意を示した。


「ようこそ、狩られる側のお嬢さん。どんな情報網をお持ちかは知りませんが……よくぞ私の下にたどり着いたものです」


 悠々と貴族の仮面をかぶり、あえて優雅に一礼を決める。灰色の眼光と深紅の髪は、ぴたりと据わったまま動かない。

 煽り文句に返事はない。暗闇の中、息がつまる沈黙が彼女の答えだ。


「くっくっく……つれないですねぇ。あなたのお仲間の場所も、私は知っているのですよ? 気にならないのですか?」

「吸血種は、殺す」

「おぉ、怖い怖い……まぁ良いでしょう。最近新しい相手がいなくて退屈していたのです。久々に踊っていただきますよ」


 腕甲に覆われた左手を構え、腰に差したサーベルを引き抜く。黄緑色の曲刀が暗闇の中、僅かな光を反射し妖しく閃く。込められた魔法が、剣の色と同じ粒子を放出し始めた。

 新作の輝金属武器……スポア・サーベルの効果を試すのにちょうどよい。ある症状を土台に組み立てた新型の魔法は、相手の肉体へ影響を与える性質があった。

 暗闇に漂う粒子を感じ、素早く身を引く少女。中々判断が早いが、既に効果圏内に入っている筈。ぺろりと舌なめずりを見せ、吸血種の男は余裕を持って歩み寄ろうとしたその時。

 侵入者は左手に金属の棒を握り、右手で何かを引き絞る。

 経験から飛び道具と判断。狭い廊下で身を捻り、殺気が込められた飛来物を避ける。直後弓矢が耳元で掠めたような、鋭い風切り音が五感を泡立たせた。

 視界の奥まで通過した攻撃は、調度品の壺か何かを破砕する。すっ、と表情を消したレリーが武器を注視すると、Y字型の金属の棒の奥で、弓に用いる矢じりが少女の手にあった。


「涙ぐましい努力ですねぇ……」


 螺旋状の回転を与え、軌道を安定させる魔法を仕込んだ矢じり。それをゴム紐か弓の弦かの違いはあるが、原理自体は似たようなものと予測がつく。下賤な暮らしでは弓を調達するのも一苦労、製造された矢を手に入れることもままなるまい。結果パチンコなどと、武器と呼ぶのも怪しい道具で挑んできたわけだ。口では嘲りつつも、むしろ警戒心はより強くなる。盾の腕甲をかざし、二射目の攻撃を受け流した。

 衝撃は想像より重く、魔導式の防壁が乱れに乱れる。直撃でも耐えれる威力だが、レリーは経験則で危険と悟った。もし鎧の腕甲であれば数発で貫通しただろう。盾の腕甲でも連続で受けたくはない。三射目を放つ前に道具を引き抜くのと、防壁の再展開と着弾は同時だった。


「本当に……涙ぐましい努力ですね……!」

 

 射撃の感覚がかなり早い。弓とは比べ物にならない連射性で、しかも近い箇所に着弾している。これ以上の着弾を避けるために、レリーは引き抜いた道具――輝金属を根元に仕込んだ扇を振るった。

 輝金属が起こす魔法の風が、狭い室内に吹き荒れる。

 放たれた五発目が風に煽られ、窓ガラスを穿ち飛んでいく。表情を変えない少女が淡々と次を構えるも、もう腕甲の防壁にかすりもしない。


「くくく……さぁ、どうします?」


 扇を左手に構えたまま、腕甲を起動し守りも万全。右手にサーベルを掲げ歩くような速さから、前傾姿勢で一息に間合いを詰める。振りかぶった刃は余裕で手首を落とせるだろう。が、少女は得物にこだわらなかった。あっさりと金属の棒を手放し、袖の裏に手を回す。

 逆手で返したサーベルを、袖に隠した細身のナイフで弾く少女。体格差もあれど大したもので、レリーの連撃を捌き切る。両手に小型の刃物を握り、踊るような足さばきで切っ先を避けていた。


「妙な踊り方ですねぇ……」


 正規兵には程遠く、暗殺者にしては無駄が多い。我流の喧嘩殺法と呼ぶには殺意が強過ぎる。一体誰がこの動きを仕込んだのか、密かにレリーは興味を持った。


(……ヒューマンでしたら、懐柔も考えたのですがね)


 もし彼女が獣人ではなくヒューマンならば、レリーは彼女の吸血種化を試みただろう。他者を吸血種どうぞくへ変える特性は危険も多いが、有益な人材なら仲間に変える事も出来る。今、男が保持するスポア・サーベルも、そうした経緯から生まれた試作武器の一つだ。

 その効力が、娘の瞳に瞬きを促す。


「……?」


 次いで鼻先を歪め、時折彼女はくしゃみを始める。意地悪くレリーは笑って、黄緑色の剣を見せびらかした。


「くっくっく……そろそろ効いて来たみたいですねぇ」

「……毒でも撒いたの?」

「撒いたのは疑似病原体ですよ。早い話があなたの体に『風邪を引いた』と誤認させる魔法……ですかねぇ」


 スポア・サーベルの効果は……実際には無害な魔法の粒子を散布し、対象の相手の免疫系を誤作動させる効力を持つ。熱風邪の時のような倦怠感、くしゃみ、眼球の痒みを引き起こし、相手の体調を悪化させ、対決を有利に運ぶ輝金属武器――

 にやにやと悪漢は嗤う中、少女は敵意を滲ませつつも背を向ける。

 どうやら鬼ごっこが好みらしい。敬愛すべきと称される種族の男は、邪悪な牙を覗かせて獲物を追った。

用語解説


スポア・サーベル


 レリーが所持する、試作品の輝金属武器。その効力はかなり特殊なもので、目に見えない疑似粒子を散布、効果範囲内にいる相手へ、体調不良を生じさせるもの。魔法を使って、花粉症を引き起こすような武器。相手は倦怠感や発熱で集中を削がれてしまう。

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