表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
終末から来た男  作者: 北田 龍一
第三章 緑の国編

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

171/738

窮鼠の意地

前回のあらすじ


 闇夜の中、その吸血種の男は一人でボトルを堪能する。血液で製造された、ワインのような酒を肴に、過去の回想にレリー・バキスタギスは浸った。ガラスの割れる音と共に、秘密裏の憩いを打ち破られた男は、武器を手に侵入者を討伐に向かう……

 固く閉ざされた塀を上り、二匹のドブネズミが窓に取りつく。ガラス窓へヒートナイフを添え、熱で強度を下げて破壊した。

 足音を完全に殺して、砕けたガラス片を避けて着地する二人。照明のない闇を見通し、敵の気配を慎重に探る。

 突入直前、リビングの一角が明かりを灯したのを見た。ゴーレム達も観測し、人影からターゲットと断定できたと言う。方角を見定める獣人少女の目は暗く、懐の刃物を静かに握りしめて睨む。一方の男は周囲警戒を続けるが……


「静かすぎる……警備員もいないのか?」

「誰も来てないよね」

「まぁいい。好都合だ」


 月明かりを頼りに外套をまさぐり、男はトゲ付きの鋼糸を握り込む。下準備を整える彼は、行動を起こしつつ少女に促した。


「となると、私兵団の本命は別か。わしの仕事は増えたな」

「……そうだね」

「ま、お主には良い条件よな。こっちに罠を張り巡らせておく。上手く使えよ」

「うん」


 あちこちに線を引く様に、廊下の一部に視認困難な糸を配置していく男。彼を背にテグラットは、明かりの方を目指し歩みを進めた。

 外の刺すような空気と異なり、ここの館の空気は生暖かい。鉄錆の香りと高級品特有の臭気に、小汚い恰好の彼女は顔をしかめた。

 不慣れな臭いだ。この空間が、この館が、打ち倒すべき敵の居城と自覚させる。近い構造の建造物、ムンクスの屋敷と比べても……どこか高圧的な気配を感じるのは、気のせいだろうか?


「もう暫し待つが……奴等の私兵が来ないなら、倒すべきはレリー一人じゃろう」

「予定と違うけど、どうするの?」

「ムンクスの話だと、ユーロレック城の地下が怪しいそうじゃ。ま、そちらならユニゾン・ゴーレムを暴れさせても問題ないらしい。移動はちと手間だがの」

「……そっか」


 胸に沸くのは寂しさと――仄暗い独占欲。

 背中を守る人はいなくなるけど

 代わりに敵を横取りされる心配はなくなる。

 顔に出していないのに

 セイランは見逃しはしなかった。


「あまり力み過ぎるなよ。積極的に死に急ぐな」

「……復讐はダメって言うつもり?」


 逆光で見えない角度でも、同族の彼なら悟れるはずだ。ムンクスにも向けた仄暗い眼差しを。

 ――男は動じず、されど引き下がらない。


「んな残酷な事は言わんよ。ただ……自死を前提に動くなとだけ言っておく」

「死ぬ覚悟はしてるよ」

「覚悟と諦めは違う。そりゃムンクスやわし、この館の主と比べりゃ貧しいのかもしれんが……お前さんが死んじまったら、取り戻しても裏路地に帰れなくなるぞ」


 日常を奪い返しても、戻れないなら意味がない。生きることは諦めるな。暗に差し込まれた言葉に少女は硬直した。

 セイランは――獣人少女の捨て鉢な気持ちを見抜いたのだろう。けれど何故? 闇の中瞳を泳がせる彼女に、初めて彼はバックボーンを明かした。


「お主の日常は確かに壊れた。全部綺麗に復元することはできんじゃろう。それでも……それでも、取り戻す余地があるだけマシじゃ。全部零れ落ちたわしとは違って……」

「……お兄さんは」

「何も出来んかったよ。日常せかいが壊れていくのを、指を咥えて見てる事しか出来んかった。信じられるか? 元々わしはムンクス側……表の世界で生きていた人間なんじゃよ」

「嘘でしょ?」

「本当だとも。奪われて、失って、でも生きる事はやめれんかった。お主のように覚悟を決めて、反逆する勇気は持てんかった。結果見事に腐り果てたドブネズミに落ちぶれた。全くざまぁないな」


 嘘ではない。徹底した自虐口調は、反面教師に使えと少女には聞こえる。もう敵の本拠地にも関わらず、テグラットは男の言葉に耳を傾けていた。

 セイランは手を止めず、彼にしては優しい声色で語り続ける。


「知った顔が復讐で死んで、残された側は惨めなモンじゃよ。じゃから……死に急ぐな。頼むぞ」


 初めて。

 初めて彼の、人らしい言葉を聞いたかもしれない。不自然なほど顔を背けて、すぐいつもの悪態を吐いた。


「けっ! 柄でない事言うもんでないな。調子が狂うわい」


 即席の罠を仕掛け終えると、そそくさと彼は館から撤収を試みる。闇夜に影か消える前に、獣人少女も意思を伝える。


「セイランも、死なないで」


 ――大事な局面の直前に、何を甘い事を言っているのだろう。

 現実に慈悲がないことくらい、私達は良く知っているのに。

 それでも願わずにはいられない。それでも祈らずにはいられない。

 世界を大きく変えられなくとも

 祈る事さえ忘れて、生きることは出来なかった。

 初めて名前で呼ばれた彼は振り向き


「死なない努力はする」


 それだけを言い残し、割り砕いた窓から彼は外に出た。

 あんな冷たい人間でも……少しだけ、人らしい所もあるんだって、私は思った。

 表情は見えなかったけど、彼はきっと、微笑んでいたと思う。

 ……私が勝手に、そう感じただけかもしれないけど。

 窓から吹き込む、シンと冷えた空気に背を向けて

 生暖かい絨毯の先、私の日常セカイを奪った敵を睨む。

 本当はちょっと怖くて、手が震えているけど

 私しかいないなら、私がやるしかない。

 臆病者のドブネズミだって追い込まれたなら

 化け物にだって噛みついてやる。

 私が生きていくために、奪われたまま、心が抜け殻になったまま生きないために。

 私はこれから「吸血種を、殺す」

 呟いた決意を嘲るように

 大げさな拍手と共に、私の敵は姿を現した。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ