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終末から来た男  作者: 北田 龍一
第三章 緑の国編

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人血に酔う

前回のあらすじ


 人目のつかぬ深夜、遂にレリー一派打倒の時を迎えた。晴嵐、テグラット、そして無数のユニゾン・ゴーレム各隊が目標地点を密かに包囲する。最終確認の最中、かつて腕を破壊したゴーレムと晴嵐はいくつか言葉を交わす。ゴーレムはいくつか不安を提示したが、男は堂々と笑って見せた。うすら寒い思いを抱きながらも……使えると納得したゴーレムは、晴嵐、テグラットの両名に突入を促した。

 使用人も全て寝静まった夜、その吸血種の男はワインボトルに手を付けていた。

 透き通るグラスをテーブルに置き、一人静かにコルク栓を抜く。

 本来なら給仕の誰かに任せるが、これは誰にも触れさせるわけにはいかない。静かに注ぐと赤黒い液体が、透明なガラスに満ちていった。

 赤ワインに見えるそれは、だとすれば不自然な点が多い。高すぎる粘度、奥を見通せない不透明さ、そして何より匂いが違い過ぎた。

 果実の香りがほとんどない。アルコールの臭気も少ない。ただ鼻を刺す独特のにおいを発する液体のボトルには「15 女 A型」とラベルが張られている。

 注ぎ終えた吸血種は、そっとグラスを持ちあげ臭いを嗅ぐ。鉄の錆に似た香りが広がると、ぶるりとその身に暗い興奮を宿していた。

 本物のワインのように、少量を口に含み舌で転がす。味覚と嗅覚を楽しませる液体は、熟成した血の味がした。上品な所作でじっくりと味わう男は、加工された人血を必要以上に取り込んでいく。


「ふぅ……我ながら素晴らしい出来ですねぇ……」


 ねっとりとした、暗鬱な呟き――罪の味を愉しむ吸血種、レリー・バキスタギスは空のグラスを小さく掲げた。ボトルから追加を注ぎ、二杯目は一息に飲み干し身を震わせる。


「本命から外れた試みでしたが……これはこれで良いものですねぇ」


 最初に無理やり血を啜り、他者を吸い殺したのは何時だったか。もう時期までは思い出せない。遠い昔の記憶の一幕は、感触だけ鮮明に焼き付いている。

 レリーがこの案件を隠し始めたのは、かなり昔の事だ。

『ヒューマンを連鎖的に同族化する吸血種』はレリー1人ではない。大元の『黄昏の魔導士』を含め、戦争を生き延びたのは31名。隠すべき彼らの存在を纏めるのが、レリーの仕事だった。

 ユニゾティアの復興期に加え『無限姫』『黄昏の魔導士』は、憑依型ゴーレムを捜索、破戒して回っていた。なので吸血種を締める立場が不在となり、代理人として統括したのがレリーだ。

 彼らの管理の一環として、吸血種への法整備が進んだ。後期は英傑二人も合流し、草案の微調整に従事。その際に密かな約定として、欲深き者どもへの対策も組み込まれた。

 吸血種による兵団の成立――あの恐るべき異界の悪魔と、悪魔の遺産に備えるための秘密部隊を備えると。現存のメンバーと死に際のヒューマンに契約を持ちかけ、未だ潜伏する奴らを駆除するために。

 だがこれには一つ問題があった。吸血種は他者の血を求める特殊な生命体だ。今でこそ保存のきく血液パックが開発されたが、当時は希望者から提供を待つしかない。しかし表だって動けるレリー達はともかく、吸血種兵団への供給は困難を極めた。

 生き血の入手として、最初は死刑囚が採用された。

 次に養護施設で、健康診断や輸血液を集って収集した。

 ――少なくとも、始まりは必要悪の範疇だった。

 不意に差し込まれた違和感から逃れるように、吸血種は次のボトルに手をかける。「30 男 AB型」のラベルのボトルは、先ほどよりずっと粘度が高く臭いも強い。ぐいぐいと飲み干し、濃厚な人血に酔いしれていく。巡り巡る景色の中で、レリーはある事故の事を想起した。

 秘密組織の維持に、当初はクリーンな手段を用いていたレリー一派。けれどある日、配下の一人が血液提供者を吸い殺してしまう事故が起きた。

 無理もない。日陰者として燻る時期に、耐えられる人間は少数だ。ストレス環境が吸血衝動を加速させ、その吸血種は人を殺めてしまった。

 内々に厳罰に処しつつ、表向きにも隠蔽を施す。英傑二人にも不手際を報告し、その上で組織の実態は隠し通す方針に決まる。

 その最中、レリーは気が付いた。今の自分の立場なら、人ひとり消しても十二分に火消が出来ることに。

『人狩』の発想が生まれたのはこの時だ。裏路地に巣食い始めたドブネズミどもなら、表社会の目に留まる危険は少ない。更に社会から外れた吸血種兵団、彼らのストレスと不満を和らげるには、禁忌を犯しても罰されない特権……即ち、暴力的な吸血行為を黙認する事で統制を計った。


「ま、どうせ無価値な輩です。我々が意味を与え、価値を与えてやっているのですから……感謝して欲しい物ですよ」


 人血製のワインを片手に、吸血種は虚空に牙を向ける。保存の難しい時期に試みた『人血酒』は、未だにレリーの趣味で続けていた。

 凡そ生命は、全身の三分の一の血液を失うと死亡する。

 つまり相手を吸い殺したとしても、まだその肉体には三分の二の血液が残っている。速やかに消化せねば腐敗する液体を、どうにか加工保存しようと試みたのが……彼が誰にも触れさせぬ、独特のラベルを張られた液体の正体だ。

 人を吸い殺して、吸いきれず余った血液で醸造された酒類。聞くに悍ましい品を味わい、二本目のボトルを飲み干したその時、窓ガラスの一枚が甲高い悲鳴を上げた。


「泥棒でも入りましたかね……」


 ここが吸血種、レリーの館と知った上での狼藉だろうか? 至福の時間を邪魔するとは許しがたい輩である。


(高くつきますよ? このドブネズミめ……)


 生きたままじっくりと、恐怖を与えながらその血を搾り取り吸い殺してやる。悪魔のような吸血種は、腰のサーベルと盾の腕甲を手に、闖入者の誅罰に向かった。

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