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終末から来た男  作者: 北田 龍一
第一章 異世界編
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代理人

前回のあらすじ


 ライフストーンに、晴嵐とシエラの経緯を記し、同時に晴嵐を疑う軍団長、アレックス。腹黒いやり取りを交わし、多少の疑いを残しつつも、一応は晴嵐を猟師として認める。その際、毛皮の取り分を話し合い、晴嵐は廃棄予定の残骸を、持って行く権利を得た。

 兵舎で待ち受けていたのは、理知的かつ鍛え上げられた男。アレックスという名前の軍団長は、晴嵐をかなり警戒しているようだった。

 順当で、正常な人間の反応だ。久々に交わした腹を探り合う対話だったが、ボロや不利益を被らずに済んだ。

 考えてみれば、他人と腰を据えた会話をしたのは、十年以上前かもしれない。彼が生きていた世界では、人類の衰退が決定的となり、徐々に正常な人間も吸血鬼サッカーも数を減らしていった。拠点で命の危険に怯えながら、同時に自分の人生がいかに無意味かを噛み締めながら、人々が滅びていくだけの世界。暗澹は二度と晴れることはなく、中には過去の栄光を幻視するあまり、現実を見失って発狂する人種もいただろう。

 一発逆転の目も潰え、隣人が狂気に侵されているのが当然となれば、人と人との間に交渉どころか対話すら成立しない。こうして晴嵐は、人との会話も交渉もない……いや必要ない時間を長く過ごしてきていた。

 だから、ここまで滑らかに言葉を通せることは、彼自身驚くべきことであった。使われない技術は記憶の底にしまわれ、引き出すには多大な労力が必要となる。彼が思ったほど会話に難儀しない理由は、終末末期に人ではない同居人たちと、共に生活していた日々か生きたのかもしれない。

 言語を交わすことが出来ずとも、些細なしぐさや声音の違いから、相手の要求や意思を汲み取ることは不可能ではない。会話でこそなかったが、彼らとのやりとりはコミュニケーションの一種であったのだろう。

 心の中で、彼らに対して礼を述べる。もはや帰る事は出来ないが、しかし彼らの行く末は気になった。せめて、人類のような無様な死に様をしないで欲しい。他の世界に移った身で言えた義理ではないが、彼らに対してだけは、晴嵐は人らしい感情を保てていた。

 もう会えない彼らとの郷愁を断ち切り、晴嵐を案内する女兵士へ意識を向ける。視線を気にしたのか彼女は顔を動かして、相変わらずのお人よしな表情で言葉を発した。


「長い事連れ回してすまない、セイラン」

「ふん。この程度でバテるほど軟弱ではないわい」

「はは……凄まじいタフネスだな……」


 老いた肉体と比べれば、今の身体は羽が生えたように軽い。過酷な環境で鍛え上げられた精神と、失った片手と片目の再生も手伝って、今こそ最上の状態と言えよう。


「粘り強さは、経験を重ねる他ないからの」

「そうだな……軍団長の指導は厳しいが、真剣に受けてみるか。面倒とは感じてしまうけれども」

「面倒と投げれば投げるほど、スタミナは心身から削げ落ちるぞ」

「うぅ……耳が痛い……あぁここだ。廃品保管室」


 指をさし、招き入れた部屋は、ボロボロになった鎧や武器が散乱するガレキの山だ。先ほど軍団長とのやりとりで、釣銭の代わりに廃品を寄越せと要求してみたところ、どうせ捨てる物ならと許可が下りたのである。


「軍団長はああは言ったが、好きなだけ使って大丈夫だ。私達もいらない物品はここに捨てるし、気に入ったり使えそうなものなら、持ち帰ることもあるからな……」

「ほぅ? それはそれは」


 ニヤリ、と晴嵐は口元を綻ばせた。見事なジャンク品だらけだが、彼にしてみれば宝の山。これだけの資源が使い放題とは……晴嵐にとったは嬉しい誤算だ。

 計算を巡らせ、ここの物資を上手に使えば、毛皮を買い叩かれても痛くない。そう判断した晴嵐は売るつもりの毛皮を、シエラに突き出して告げた。


「これも主が売るといい」

「えっ!? なら軍団長に……」

「わしはお主を信じると言っとるんじゃよ」


 嘘である。シエラの性格を考えると、酷く安く買われてしまう危険もあるが、晴嵐は商人と直接対話することに、大きなリスクを伴うからだ。

 晴嵐はこちらの世界の常識を知らない。だからビシネスの場における基本のマナーも知らなければ、毛皮の価値の相場もまるでわからない。提示した売値が相場より極度に高かったり低い場合、顰蹙ひんしゅくを買うかもしれない。シエラとの雑談で聞いた印象しかないが、大手の商業組織と想像した晴嵐は、今後も取引する相手に、悪い第一印象を与えたくなかった。

 シエラなら無礼を働く危険は無い。本人の性格と、村組織の一員として責任を負っている立場なら、極度に窮屈だったり、傲慢な態度を取る心配をしなくていい。彼女の性格を考慮すると、この場では多少損するかもしれないが……残骸での利益と、後々に悪影響が生じる危険を避ける方が良い。

 純粋な打算から紡がれた言葉に、シエラは感極まっているのか、瞳を潤ませていた。

 ……この女の生き方は、晴嵐には理解に苦しむ。


「あぁ……あぁ! ちゃんと売ってくるとも!」

「領収書も持参で頼む。これは出来ればで構わんが、主らの分も含めてくれるとなお良い」

「え? どうしてまた?」

「……仕留めた獲物の価値は、気になるじゃろう?」


 今回は……嘘はついていない。ただ本当の目的を伏せているだけだ。

 四枚分の毛皮がどれほどの価値を持つのか。また個別の価値はどうなのか。売買記録を見れば、おおよその当たりをつけれる。目安を覚えれば晴嵐でも、常識的な基準で商人と交渉が可能となるだろう。

 腹黒い晴嵐の思惑を露にも知らないまま、気のいい兵士長が彼から毛皮を預かる。丁重に過ぎる彼女の所作に苛立ちを覚えながらも、決して表情には出さなかった。


「そうだ、何か道具は必要か? 解体する気なら、何かと入用だろう?」

「手もちでどうにでもなるわい。気にせんと売りに行け」


 そっけない態度で彼女を追い払う。ここから先の作業は、あまりまじまじと見られたくない。むすっと表情を曇らせるシエラを無視し、男はジャンクの山をがさごそ漁り始めた。


「……商談が終わったら、また来るからな」

「うむ。良い結果を待っておるぞ」

「ぜ、善処する」


 やはりと言うべきか。商人とのやりとりに苦手意識はあるらしい。本音では全く期待していないので、あまり緊張しなくとも良いのだが。

 ――彼女の去り際に生じた思考は、シエラを遠まわしに気遣うモノ。少しだけ彼女に気を許しているらしい……さんざ他人に毒吐いてきた甘い考えと、同じ発想をしている自己を自覚し、晴嵐は一つため息を吐いた。

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