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終末から来た男  作者: 北田 龍一
第三章 緑の国編

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不気味に映る対価

前回のあらすじ


 計画を変更し、どうにか和解したテグラットとムンクス。改めて差を痛感するムンクスに対し、吹っ切れたテグラットは改装した武器を使いこなす。彼女に様々な指南を与えるセイランに対し、彼がムンクスへ要求した報酬にムンクスは眉を潜めていた。

 ムンクス・ホールの館の小屋、そのうちの一つは金属加工設備が満載だ。

 ゴーレムの治療しゅうりや新型ゴーレムの開発、新パーツの試作製造を手掛ける工房だ。主不在の手狭な部屋に、デュラハン型ゴーレムと一人の男の姿がある。

 二人の間に会話はない。もっと言うなら現在、声を発しても無駄だろう。何故なら甲高い金属音が連続で響いており、大声を張り合わねば言葉が届かない。

 ノイズの原因は金属製のヤスリにある。高速回転する平たい円柱盤は、接触させるだけでゴリゴリと対象を削り取る装置だ。以前の手作業と段違いの効率に、晴嵐も上機嫌で銀の粉末を生産した。

 十分に集まったところで銀製品を離し、晴嵐は足元のペダルを踏むのをやめた。動力を失ったヤスリが速やかに停止する。ちらりと監督役に瞳を向けると、釈然としない表情でフリックスは粉末の採取を手伝った。

 粉末を吸い込まぬよう、黙々と晴嵐が作業する中、呼吸器のないゴーレムは興味から問いかける。


「ミスター……ずいぶんと手慣れてませんか?」


 まだ微粒子が舞う最中に、話しかけるとは何事か。露骨に嫌な顔でくるくると周囲の空気を指すと、無配慮を悟った非生物は咳ばらいを挟んだ。


「申し訳ありません。肺をやられる感覚がないので……では、そうですね。少し独り言を。

 何故この手の器具の扱えるのです? 普通使わないでしょう? このような大がかりな機材は」


 失笑を禁じ得ない質問だ。最初からはぐらかす気でいたが、この質疑には素直に答えられない。この手の大型機材を用いた経験がある……ただしユニゾティアではなく、地球文明においてだが。

 崩壊前と終末初期に、工業機械を触れた記憶がある。動力源こそ異なるが、形状を見れば大体使い方は分かるものだ。粒子の量が落ち着いた所で、静かに晴嵐は適当に流す。


「こんなもんカンで何とかなるじゃろ」

「いやいやいや……あぁ、答える気はないのですね」

「少しはわしを分かってきたようじゃな」

「いえ全く」

「あ?」


 珍しく気を回した男は、冷たくあしらわれて棘を吐く。物腰は丁寧なまま、フリックスは目を背けずに晴嵐に食ってかかった。


「妙な技能を身に着けていらしたり、やたらと吸血種が嫌いでしたり……かと思えば、坊ちゃまの政治的立場をくみ取ったりと、ミスターは理解が及びません。あげく要求した報酬があんなものでは……あなたは得体が知れません。としか」


 至極真っ当な評価である。くっくっくと意地悪に笑って、男は銀粉の詰まった袋を弄んだ。


「協力者に随分な言いようよな。しかしわし以外に、この役目をこなせる人間はおらんじゃろ」


 最初巻き添えを喰らったとはいえ、晴嵐はこれから自らの意志で危険を冒す。テグラットがレリーに仕掛ける際、彼女の補助として吸血種私兵団を排除する役割だ。早い話が抹殺である。

 この私兵団は表に出せない秘密組織だ。この吸血種は常識とは異なる法則で、ヒューマンを次々吸血種へと変貌させる性質を持つ。秘匿すべき性質からどの立場の役人も、最終的には隠蔽する形をとるだろう。

 加えてこの『元ヒューマンの吸血種私兵団』は『死兵』だと晴嵐は聞いている。テグラットに話しても機嫌を損ねると、この小屋に入る直前フリックスが教えてくれた。


“表向きは行方不明、あるいは事故死と偽り消えた人間です。文字通りかの私兵団は『存在しない人間』の集まりと言えます”


 つまりレリーの私兵吸血種は、いくら抹殺しても構わない――穢れ仕事と暗に伝えられても、晴嵐の顔に動揺はなかった。ユニゾティア基準でも、彼らの行いは極悪非道そのもの。裏路地の人間を家畜の如く扱った輩に配慮は不要だ。元々吸血種へ敵意を抱く晴嵐には、うってつけの仕事と言える。その報酬として男が要求したのは――


「あなたの協力は必要不可欠です。ですが……『千年前の事柄をいくつか明かす』では、対価として安すぎるのでは? 価値を吊り上げる事も可能でしょう?」

「もっと価値のある秘密なんざ知ったら、口封じされかねん」

「坊ちゃまはそのような方ではありません」

「どうだか。いざとなったら人は変わる。それにムンクスが良くても、周りが野放しにする確証もあるまい? だがら『程々に真実を寄越せ』……そう言っておる」

「ミスターのイメージと合わないのですが」

「あぁ。だろうな」


 襲撃を受けたであろう、スリのガキも似たような事を言っていた。あれが今生の別れにならなければいいが……こればかりは運だろう。役目を果たしつつ祈るほかない。

 誰もが「柄じゃない」と疑うが、晴嵐最大の目標は『千年前の真実を知る事』だ。戦争の当事者たるムンクスや、他の吸血種から吐かせれば確定的な情報を得られる。真相を求める男にとっては、またとない好機だ。

 が、強引につめ寄る択は晴嵐にもリスキー。世界を危険に晒すような秘密を知れば、今度は晴嵐を黙らせに来るかもしれない。金を要求する択も無難に思えたが、金を盲信しない男は、もう一つのリスクを語る。


「金銭をやり取りして、後々証拠になるのも危険じゃろ。ま、目立たない程度に渡してくれても構わんが」

「証拠になる金より、証拠にならない情報の方が安全と? しかし本当によろしいので……?」

「ムンクスや吸血種には思い出。わしらにとっては貴重な千年前の真相じゃ。人によって情報の価値は違う。わしはこの取引で納得している。不気味に思うなら好きにすれば良い」


 あえて突き放して、足元を見る晴嵐。苦々しく口をすぼめ、頭部映像が怨めしく男を睨んだ。

 変更した計画では、表向きムンクスは深く関わっていない筋書きに決まった。

 主犯はテグラットで、他に何名かの協力者を仄めかせる。動機は『人狩』に対する報復行為と、極めて単純な物だ。

 彼女がレリーと対峙する騒ぎを聞きつけ、たまたま周辺を警備中のユニゾン・ゴーレムは異常を検知。やむを得ず私有地に突入し、二人の対決の結果がどうあれ、生き残りを拘束する。そのまま館内を調査し『人狩』にまつわる決定的な証拠を押さえる……これが一連の流れだ。

 私兵吸血種の抵抗が予想されるので、彼女一人で挑むのは無謀。ユニゾン・ゴーレムを最初から、現場に突入させる事も都合上不可能。となれば必然、ヒューマンの晴嵐以外にテグラットの補助は果たせない。

 だから――最終的には晴嵐の要求を呑むしかない。

 手の内で転がされている。不快さと不可解さが渦巻いたまま、フリックスは嫌味を吐いた。


「せめてもう少し、愛想を良くして頂けませんか?」

「気にするな。関係はこれっきりで終わりだ」


 最後までドライな晴嵐の態度に、フリックスはそっと脇腹に手を添えていた。

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