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終末から来た男  作者: 北田 龍一
第三章 緑の国編

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動機不明の男

前回のあらすじ


 持つ者、持たざる者。またも出現した断層の中、晴嵐はテグラットにやらせろと提案した。ムンクスのやり方では確実に彼女も暴発すると見抜き、少女の心情も汲んだ上で、闇を暴く計画を進めろと晴嵐は伝える。

 またしても友人の選択に迫られ、待ってくれと迷うムンクス。彼をおいて晴嵐は、一人閉じこもるテグラットの様子を見に行った。

 明るい光を常に灯すランタン。

 埃一つない清潔な床と壁。

 無数の物が配置されても余裕のある室内。

 ふっくらとして温かい寝具。

 一つでもあればテグラットにとって……いいや、裏路地の住人にとって夢のような環境に、むしろ少女はストレスに苛まれた。信じられないほどの好待遇を受けて、彼女は気分を悪くする。

 これがムンクスの生きている世界。暮らしの差を見せつけられて、何度も狂おしい感情が暴れて、何もかも滅茶苦茶に壊したくなる。衝動を外に溢れる直前で、いつも友達の顔が過ぎり拳を解いた。

 ムンクスは、ムンクスは本当に自分と友人だと思う。

 育ちの良さと言えばいいのか、豪奢な暮らしに慣れている人間の、鼻につく感じがほとんどない。屋敷に案内されるまで、少しも「お上品な」臭気を嗅ぎ取れなかった。仮にこの部屋を汚して使ったとしても、彼はカラカラ笑って流すだろう。

 嫌味でも施しでもない、軽い気持ちの好意。裏の住人でも起こるやりとりに、素直に受け止める気分になれない。なぜ? なぜこんなにモヤモヤする? どうしてこんなに気に入らない――? 


「テグラット、おるよな?」


 扉越しに響く渋い声、館の部外者の声に少女は固まる。許可も取らずに扉を開け、浮いた格好の男は堂々と侵入した。小さく唸るような声で、獣人少女は気分を如実に示す。


「……何しに来たの」

「確認」


 なんの? と聞き返す前に、セイランは勝手に喋り出す。


「お主はレリーを殺す気だな?」

「……なんで? 勝てないでしょ?」

「勝てる勝てないは関係ない。確実に返り討ちじゃが、そんなことはどうでも良いのじゃろ? お前さんはもう……遅かれ早かれ『やる』。何よりお主が諦めているなら……『勝てない』と言わず『出来ない』と口にしておる」

「……揚げ足取りだよ」

「わしは誤魔化せんぞ?」


 鷹のような眼光、異論を認めない鋭い眼差し。なのになぜだろう、その奥にどこか親しみと、何かを懐かしんでいるような……郷愁が混じっている気がする。誰かの面影を見ていると、少女は直感した。


「ま、確認するまでもなかったがの……ムンクス坊やには時間が必要じゃろうて」

「なんでそこでムンクス君の名前が出てくるの? 止めるように言われた?」


 まるで隠すような煽りだが、今の少女は反応せずにいられない。丸い耳をピンと立て、赤黒い頭髪の一部が逆立った。含み笑いを忍ばせつつ、男は口の縛った茶色の袋を一つ投げてよこす。ムンクスを苦しめた、銀の粉を配合した煙幕だ。

 まじまじと袋を見つめる少女に、セイランは事実を言い放つ。


「いいや、逆の提案をしに来た。わしは『吸血種』の殺し方を知っている。そのための道具もいくつかな。ムンクスが調整する時間で、わしの技を使ってクソ吸血種をブチ転がせ」

「! で、でも……一か月は」

「そんなに待たせん。長くてもその半分……二週間で終わらせる。お主は要領良さげじゃし、努力次第で早めることも出来よう。犬死の危険も減らせる。この条件でどうだ?」


 立ち並ぶ好条件を見て、テグラットの目が色めき立つ。が、即座に少女は喰いつかない。

 上手い話には必ず裏がある物。ありがちな儲け話に食いついて、あの路地に堕ちた者も少なくない。確かめる返し文句はこれだ。


「それで? お兄さんはどう得するの?」


 ただ儲けさせてくれる話はあり得ない。誰かが利益を得るのなら、誰かは必ず損をする。

 だからそれを訊ねればいい。『こんな条件じゃ、あなたが損じゃないですか?』と。想定済みの質問なのか、男は返答に悩む様子がない。


「全部ムンクスに支払わせる。気にするな」

「……私じゃ払えない?」

「対価と言うても金ではない。千年生きた輩にしか用意できん物があってな……それをいただく」

「……そう」


 少々納得がいかない。彼なりに目的があるらしいが、首を突っ込み過ぎではなかろうか? 態度に出ていたのか、ばつが悪そうに付け加える。


「別に正義感や同情ではないぞ。ただわしはクソ吸血鬼……いや、吸血種が偉そうにするのが我慢ならん」

「つまり?」

「動機は個人的な八つ当たりじゃよ。この国の空気は所どころ、わしに嫌なものを思い起こさせる……これでいいか?」

「……」


 男はすべてを明かす気はない。が、彼の持つ吸血種への敵愾心は目にしている。詮索を控えて、テグラットは率直に尋ねた。


「私で……レリーをれると思う?」

「何とも言えんが、わしは無理ではないと踏んでおる。仮に失敗しても無駄死にせんよう、ムンクスが計画を立てるじゃろう」

「本当に?」


 希望を垂らした釣り針て、まんまと罠に嵌められてはたまらない。汚泥のような瞳孔で睨みつけると、男は愉快そうに唇を舐めた。


「信用するかどうかはお主が決めろ。一つはっきり言えるのは、今ここで短気を起こすのは最悪だと言っておる。少なくとも数日様子を見てから、伸るか反るかを決めればよい」


 男はなだめる言葉を含みつつも、テグラットに意見は押し付けない。最後は自分の意志で決めろと言った。改めて少女は、二人について考えを巡らせる。

 ムンクスは動きの遅さや、犯人との関係こそあれ本気で取り組んでいると思う。彼が悪党ならば、多分路地の二人は死んでいる。不満はあれど信頼はできた。

 一方、目の前の男は動機が不明瞭だ。吸血種に対する憎悪は確かだが、手を貸す理由は納得がいかない。幾ばくかの棘を込めて牽制を入れた。


「わかった。そうする。でも、ムンクス君の足元見ないでよ?」

「んな危険なマネはせんわ。金銭やブツに興味はない」


 一体何を要求するのか、テグラットはさっぱりだ。猜疑を込めた瞳に対し、男は最後まで答えは明かさなかった。


「わしの内情なぞどうでも良かろう。お主にとって重要なのは……黒幕をれるかどうか、そして仲間を救えるか。ムンクスも全体的に温いが目的は同じ。わしは巻き込まれた形だが、黒幕の行いは気に入らん。身の保証と報酬があるなら、手を貸すのもやぶさかではない」

「ふーん……」


 男が裏切る要素も見えない。何より対吸血種への立ち回りを知るのは、彼ぐらいだ。今テグラットが欲する能力を持っている。

 元より心は決まっている。その願いを叶えるには、他の選択肢を選ぶ余裕はない。


「……今日は寝るけど、しばらくしたらムンクス君にも聞くからね」

「是非そうしてくれ。わしからもケツを叩いておく」


 動きのトロさに苛立つのは、目の前の彼も同じらしい。退廃の気配を隠さない彼の背が、不思議と少女の目に大きく映った。

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