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終末から来た男  作者: 北田 龍一
第三章 緑の国編

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失った者の一手

前回のあらすじ


ムンクスの計画を知る晴嵐とテグラット。しかし少女がいつごろかと尋ねると、ムンクスは一か月かかるという。遅すぎると咆えて飛び出す少女に、ムンクスとフリックスは何も言えない。両者の立場を読み解く晴嵐は、彼ら二人に提案した。

「テグラットを満足させる案があるぞ。お前さんには、また辛い選択を迫る事になるがな」


 ぱっと顔を上げ少年がまっすぐに見る。男が失った瞳の光に、思わず身震いする。

 気分が悪い。穢れ果てた晴嵐は、日の光を浴びる吸血鬼の気分を味わう。腐って死んだ心に、無垢な感情は灰になりそうだ。これでは、どちらがアンデットなのかわからない。

 突拍子もない連想を隅に追いやるのと、少年が中身を訊ねるのは同時だった。


「どんな方法?」

「テグラットに……レリー個人に仕掛けさせる」

「え……は? ……はぁ!?」


 無策無謀の一手に、ムンクスは目をまん丸に見開いた。ゴーレム従者も映像が途切れ、復旧した頭部の映像に巨大な「?」が生えている。


「それは……それは自殺ではありませんか?」

「はぁーっ……これだから、持ってるモンはわからんのだ」


 かつて世界を失った男が、ぎょろりと濁った眼球を動かす。飛び出す前のテグラットに似た眼差し……いや、あれよりもずっと腐った感情を宿した目に、館に住む二人は足が動かない。


「生き死になんざ些細だよ。自分の世界が壊れた輩にとっては。いっそ生きている方が辛い」

「そ、そんなこと――」

「お主たちには分からんと言った。聞け。

 いいかムンクス。まずお主は一つ勘違いしておる。お主はテグラットと同じ立場だと思い込んでおる。じゃがまるで違う。だがらテグラットは我慢ならずに出ていった。

 お主はあの裏路地の住人を失っても、まだ手元に残るモンがある。豪奢な館、胃を痛める従者、国に影響できるほどの力……些細なもんじゃろ」

「些細なもんか! みんなは代わりなんて利かない、大事な友達だよ!」


 ムンクスの憤慨は晴嵐の無礼にではなく、攫われた人々を軽視する言い分へ向けられた。深く息を吐く男。軽く空気を胸に取り込んで、ヘドロのような言葉を謳う。


「お主は友達しか失ってないと言っておる。テグラットは違う。ボロ小屋の住居も。悪態を吐き、憎まれ口を叩きあう隣人も。生きるための気力も……あの娘は、ただでさえ狭苦しく生きていたあの娘は……一瞬で何もかもを失った」

「それは……で、ですが坊ちゃまが最大限力になりますし、金額自体はごく少量――」

「黙れ」


 フリックスが割り込んだ瞬間、粘着質な殺意が男の四肢にみなぎった。たった三文字の一言は、男の地雷を踏みぬき爆ぜた音だ。


「貧富の事は関係ない。日常を壊され奪われる苦痛、そして自分の手元には何も残らない苦痛……持ち過ぎているお前らには絶対わからん。よっぽどやらかさん限り、財が尽きることもなかろう。お主らは無自覚だろうが……その差を見せつけられていたのだぞ、テグラットは」

「悪意はないのです。ただ――」

「嫌味がない分むしろ傷つくわい。ムンクスが本気で対応しておらねば……わしなら今夜、お主ら二人の寝首を掻きに行くぞ。あるいは脱走するかか」

「「……」」


 憶測ではない。同族の確信で叩きつけた言葉に、富める二人は声を出せない。そのまま彼はテグラットの心理を代弁する。


「確かにお前さんらに保護されておれば、生きていく事は出来るじゃろう。だがそれは命を繋いでいるだけ。魂はどこか遠くに置き去りの……抜け殻みたいなもんじゃ。その空っぽの中に唯一、残っているのは何だと思う?」

「怨み、だよね」

「……なんでそこだけ理解できる」

「ボク達も日常を壊されたから……『異界の悪魔』達に」

「……そうか」


 千年生きたムンクスは、侵略者によって世界が壊れる経験を持っていた。本気で彼女を案じる姿勢は、友情以外の理由も含んでいたのか。尤も犯人側も経験済みだが……だからこそ自力で手を引く希望が、少年の目にちらついたのかもしれない。


「なら知っているだろう。全てを奪われた人間はどんな行動に出る? 首括るか、生きた屍になるか――全部投げ打って特攻するか」


 持たざる者の最後の一手、捨て身前提の復讐は恐ろしい。すっとろい大人や上流階級の価値観をぶち壊して、平然と最短で刺し違えようとしてくる。

 力の差も立場の差も超えるべき障害にしかならない。心を占める何かを失えば、人間は容易に狂えてしまう。終末を生きて死んだ、とある忠義者の顔とテグラットの顔を重ねて、男は静かに目を閉じた。

 けれどムンクスはまだ認めない。自分を指差して声を上げた。


「ボクやおじさん、フリックスが残っていても?」

「所詮は来訪者だ。引き留めるにはちと遠い。テグラットの日常に食い込んではおらんよ」


 晴嵐は言わずもがな、ムンクスもたまに顔を出す友人の扱いだろう。少年が極度に入れ込んでいるだけで、多分少女はそこまで情を感じていない。初めて見えた溝に足がすくむ坊やの代わりに、フリックスはかすれた声で問いかけた。


「…………だから思いとどまらせずに、行かせてやれと? テグラット嬢が死ぬのを黙って見ていろと?」

「違う。なんで返り討ちに合う前提で話しとる?」

「え、いえ、勝てる訳が……」


 これだけ言ってもまだ分からないのか。本当は察して欲しかったが、直接言うしかないようだ。


り方はわしが教える。狩り方はよく知っておるからな」

「…………本気ですか?」

「このままでもテグラットは犬死するぞ。なら少しでも良い結果に誘導すべきじゃろ。お主らは影で支えて、この案件を解決に導けばいい」

「簡単に言わないでよ……それに、それだと」


 レリーとテグラットが、殺し合う事になる――少年は苦痛を隠さず、今にも泣き出しそうだ。が、晴嵐は容赦なくもう一度突きつける。


「だから最初に言ったじゃろ? もう一度辛い選択を迫る事になるぞ、とな」


 テグラット暴走のリスクを抱えたまま、今までのシナリオ通りに事を進めるか。

 それとも彼女の手綱を握る代わりに、確実に友人二人に殺し合わせるか。

 悪魔を睨むような顔つきのムンクスへ、怯みもせずに晴嵐は続けた。


「もう丸く収める方法なぞない。事態が悪化した以上、どこかで代償を払わねばならん。分かっておるじゃろ」

「……すぐには選べないよ」

「だが時間はない。一応テグラットの心情を聞いてくる。答えは分かり切っているが、その間に決断を済ませろ」


 彼は迷う要素があるが、彼女は迷うはずがない。回りくどく『時間を稼いでやる』と告げて、少女の籠る部屋に晴嵐は足を運んだ。

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