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終末から来た男  作者: 北田 龍一
第三章 緑の国編

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対抗の一手

前回のあらすじ


 明かされる吸血種の秘密に、晴嵐は多大な衝撃を受けていた。ネズミ算式に増殖する特性を持った吸血種の存在に……

 最初は終末と化した世界の『吸血鬼サッカー』に酷似すると勘違いしたが、晴嵐はこの特性の生命を知っている。生まれ変わりの少女、テティ・アルキエラが語った種族『ヴァンプ』とほぼ同一だ。

 彼女の生きた世界と、この世界『ユニゾティア』との関連は? そしてテティの世界と晴嵐の世界に、何らかの接点があるのだろうか? 密かな悩みをしまい込み、今後どう動くべきかに話題を移す。

 何か秘密の気配を匂わせるも、二人は大人しく引き下がった。特に少女は詮索を避ける習慣もあり、何よりテグラットはより切迫していたと言えよう。


「私はもう……戻らない方がいいよね?」


 共に暮らした仲間を失い、日常を失った少女は肩を小さくして囁く。まだ戻りたい気持ちもある少女は、同時に如何に危険かも察知していた。

『人狩』が残党狩りに来る可能性……現在はムンクス配下のゴーレムが、内部の捜査や監視を続けているが、いつかガードが緩む瞬間は考えられる。

 現時点では、あの裏路地の生き残りはいない事にして、別の所に身を潜めるのが正解だ。

ムンクスは安心させようと、肩に二回触れて申し出る。


「うん……テグラットには悪いけど、しばらくはあの場所に行っちゃダメだ。守り切れる自信ないし、しばらくはボクの館で引きこもって欲しい」

「外に出るのもダメ?」

「ちょっとならいいけど、控えた方がいいと思う。大丈夫、不自由はさせないから」


 使い慣れた道具を手放し、住み慣れた空間から離れるストレスはある。不自由させないとのたまう友人に対して、少女の表情は微妙に曇っていた。何かを感じ、ゴーレムが質問する。


「ご友人方が……攫われた方々が不安ですか?」

「……はい」

「あんな場所の関係でも?」

「え、えぇと……はい」


 悩み迷いながらも、精一杯に気持ちを纏めて少女は心象を言葉に変える。


「嫌いな人も、怖い人も、傷つけあった人も……騙したり騙されたりした人もいます。でも……でも、それでも、あの嫌な臭いの日影が、私の、私達の帰る場所だった。ムンクス君や……あの、フリックスさんは、いい人なのは分かるんです。けど、ごめんなさい。ここは、この屋敷は、綺麗過ぎて落ち着かないです」


 気を使いつつも、正直な気持ちを吐きだした少女に、館で暮らす二人は、両名共朗らかに笑い声を上げた。


「はっはっは……懐かしい言い分ですな、坊ちゃま」

「うん……うん。ホントだよね」

「え? え?」

「昔の友達……二百年前くらいの友達に、同じこと言う男の友達がいたんだよ。いやぁ懐かしい」

「そ、そうなんだ……なんか変な感じ」


 談笑する三人の輪を壊さぬように、晴嵐も空気を読んで同調を示す。


「似たような環境で生きておれば、似たような感覚を得るのかもしれんな」

「おや……もしやミスターも?」

「あぁ。上等な暮らしは合わん。治療代だけ置いてトンズラしたいが……」

「ダメだよ。おじさんも奴らのリストに入ってるかもしれない。この館で息を潜めて欲しいかな」


 予測の範疇なので驚かない。要は『晴嵐もテグラットも、マークされている危険があるから出歩くな』とムンクスは言っている。同意しつつも男は言葉を途切れさせない。


「わしやテグラットに保護されておれと……なら今回の件をどう解決する?」

「レリーを緊急逮捕する。その時に証言者になって欲しい」

「……できるの?」


 長い事散々放置された後で、今更信用するのも不可能だろう。テグラットの目に暗い光がちらりと映り、一瞬だがムンクスは怯んだようにも見える。一度呼吸を整えてから、彼はレリー打倒の計画を示し始めた。


「今実は治安維持と警戒の名目で、レリー管轄の孤児院や養護施設に、『ユニゾン・ゴーレム』のガンマ隊を派遣してる。彼らの得意な分野は『偵察』だ。普通に警備の役目をこなしながら、少しずつ証拠を集めて貰ってる」

「先んじて手は打っていたのか」

「暴発は予想外だけどね……ここまで腐ってるなら、もうボクも甘い顔は出来ない」


 強い口調は決意か虚勢か。憂鬱な顔色はどちらとも取れる。横槍は入れずに、ムンクスの話を一通り聞くことにした。


「既に一部の名簿は手に入れてる。その中の行方不明者、失踪者と実際を調べているけど……かなり難航しているんだ」

「そんなモン役に立つのか?」

「大切な証拠の一つです」


 従者のゴーレムが、腰のライフストーンを取り出して見せる。どうやらフリックスが名簿を管理しているようだ。


「生き血の確保先は『人狩』のみではないのですよ。孤児院や養護施設の子供の一部を、供給先にしているのです」

「とことん外道じゃな……だが誤魔化せるのか? 一緒にいる子供にバレるのではないか?」

「先程テグラット嬢が申したような感覚の子もいるのです。『こんな綺麗な空間だと住みづらいし生きづらい』と。だから逃げ出して、路地に戻る子供もいるのですよ。その失踪者のリストの中に……本当は脱走していない子供が何名も」


 孤児院経営の裏で、人を調達していた訳か。本当の脱走者に混ぜてしまえば、偽装はそこまで難しくはあるまい。彼らは逆に、リストの矛盾点を突こうとしている。


「証拠はまだ収集中ですが、既に不審な点は浮かび上がっています。私兵吸血種の駐屯地も候補地も狭めており、後は救出部隊の準備も十分です」

「……勝てるんですか?」

「問題ありません。彼らの身体能力は吸血種な分高めです。ですが練度がよろしくない。常に自分達は狩る側で、狩られる恐怖を忘れた慢心がある」

「現に、わしに蹂躙されておったな」

「あ……そうだったね」


 思い出すまでもない。テグラットと晴嵐が出会ったあの日、晴嵐は『人狩』の実行部隊……五人の吸血種を殲滅している。逆にゴーレムと戦った際、一対一ならともかく、数で押されて勝てなかった。比較になるかは微妙だが……晴嵐の感触では、ゴーレム側が負けると思えない。

 勝算は十分、正当性と証拠集めも良し、男が黙々と話の流れを受け入れる中、裏路地少女の顔はみるみる曇っていった。

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