対抗の一手
前回のあらすじ
明かされる吸血種の秘密に、晴嵐は多大な衝撃を受けていた。ネズミ算式に増殖する特性を持った吸血種の存在に……
最初は終末と化した世界の『吸血鬼』に酷似すると勘違いしたが、晴嵐はこの特性の生命を知っている。生まれ変わりの少女、テティ・アルキエラが語った種族『ヴァンプ』とほぼ同一だ。
彼女の生きた世界と、この世界『ユニゾティア』との関連は? そしてテティの世界と晴嵐の世界に、何らかの接点があるのだろうか? 密かな悩みをしまい込み、今後どう動くべきかに話題を移す。
何か秘密の気配を匂わせるも、二人は大人しく引き下がった。特に少女は詮索を避ける習慣もあり、何よりテグラットはより切迫していたと言えよう。
「私はもう……戻らない方がいいよね?」
共に暮らした仲間を失い、日常を失った少女は肩を小さくして囁く。まだ戻りたい気持ちもある少女は、同時に如何に危険かも察知していた。
『人狩』が残党狩りに来る可能性……現在はムンクス配下のゴーレムが、内部の捜査や監視を続けているが、いつかガードが緩む瞬間は考えられる。
現時点では、あの裏路地の生き残りはいない事にして、別の所に身を潜めるのが正解だ。
ムンクスは安心させようと、肩に二回触れて申し出る。
「うん……テグラットには悪いけど、しばらくはあの場所に行っちゃダメだ。守り切れる自信ないし、しばらくはボクの館で引きこもって欲しい」
「外に出るのもダメ?」
「ちょっとならいいけど、控えた方がいいと思う。大丈夫、不自由はさせないから」
使い慣れた道具を手放し、住み慣れた空間から離れるストレスはある。不自由させないとのたまう友人に対して、少女の表情は微妙に曇っていた。何かを感じ、ゴーレムが質問する。
「ご友人方が……攫われた方々が不安ですか?」
「……はい」
「あんな場所の関係でも?」
「え、えぇと……はい」
悩み迷いながらも、精一杯に気持ちを纏めて少女は心象を言葉に変える。
「嫌いな人も、怖い人も、傷つけあった人も……騙したり騙されたりした人もいます。でも……でも、それでも、あの嫌な臭いの日影が、私の、私達の帰る場所だった。ムンクス君や……あの、フリックスさんは、いい人なのは分かるんです。けど、ごめんなさい。ここは、この屋敷は、綺麗過ぎて落ち着かないです」
気を使いつつも、正直な気持ちを吐きだした少女に、館で暮らす二人は、両名共朗らかに笑い声を上げた。
「はっはっは……懐かしい言い分ですな、坊ちゃま」
「うん……うん。ホントだよね」
「え? え?」
「昔の友達……二百年前くらいの友達に、同じこと言う男の友達がいたんだよ。いやぁ懐かしい」
「そ、そうなんだ……なんか変な感じ」
談笑する三人の輪を壊さぬように、晴嵐も空気を読んで同調を示す。
「似たような環境で生きておれば、似たような感覚を得るのかもしれんな」
「おや……もしやミスターも?」
「あぁ。上等な暮らしは合わん。治療代だけ置いてトンズラしたいが……」
「ダメだよ。おじさんも奴らのリストに入ってるかもしれない。この館で息を潜めて欲しいかな」
予測の範疇なので驚かない。要は『晴嵐もテグラットも、マークされている危険があるから出歩くな』とムンクスは言っている。同意しつつも男は言葉を途切れさせない。
「わしやテグラットに保護されておれと……なら今回の件をどう解決する?」
「レリーを緊急逮捕する。その時に証言者になって欲しい」
「……できるの?」
長い事散々放置された後で、今更信用するのも不可能だろう。テグラットの目に暗い光がちらりと映り、一瞬だがムンクスは怯んだようにも見える。一度呼吸を整えてから、彼はレリー打倒の計画を示し始めた。
「今実は治安維持と警戒の名目で、レリー管轄の孤児院や養護施設に、『ユニゾン・ゴーレム』のガンマ隊を派遣してる。彼らの得意な分野は『偵察』だ。普通に警備の役目をこなしながら、少しずつ証拠を集めて貰ってる」
「先んじて手は打っていたのか」
「暴発は予想外だけどね……ここまで腐ってるなら、もうボクも甘い顔は出来ない」
強い口調は決意か虚勢か。憂鬱な顔色はどちらとも取れる。横槍は入れずに、ムンクスの話を一通り聞くことにした。
「既に一部の名簿は手に入れてる。その中の行方不明者、失踪者と実際を調べているけど……かなり難航しているんだ」
「そんなモン役に立つのか?」
「大切な証拠の一つです」
従者のゴーレムが、腰のライフストーンを取り出して見せる。どうやらフリックスが名簿を管理しているようだ。
「生き血の確保先は『人狩』のみではないのですよ。孤児院や養護施設の子供の一部を、供給先にしているのです」
「とことん外道じゃな……だが誤魔化せるのか? 一緒にいる子供にバレるのではないか?」
「先程テグラット嬢が申したような感覚の子もいるのです。『こんな綺麗な空間だと住みづらいし生きづらい』と。だから逃げ出して、路地に戻る子供もいるのですよ。その失踪者のリストの中に……本当は脱走していない子供が何名も」
孤児院経営の裏で、人を調達していた訳か。本当の脱走者に混ぜてしまえば、偽装はそこまで難しくはあるまい。彼らは逆に、リストの矛盾点を突こうとしている。
「証拠はまだ収集中ですが、既に不審な点は浮かび上がっています。私兵吸血種の駐屯地も候補地も狭めており、後は救出部隊の準備も十分です」
「……勝てるんですか?」
「問題ありません。彼らの身体能力は吸血種な分高めです。ですが練度がよろしくない。常に自分達は狩る側で、狩られる恐怖を忘れた慢心がある」
「現に、わしに蹂躙されておったな」
「あ……そうだったね」
思い出すまでもない。テグラットと晴嵐が出会ったあの日、晴嵐は『人狩』の実行部隊……五人の吸血種を殲滅している。逆にゴーレムと戦った際、一対一ならともかく、数で押されて勝てなかった。比較になるかは微妙だが……晴嵐の感触では、ゴーレム側が負けると思えない。
勝算は十分、正当性と証拠集めも良し、男が黙々と話の流れを受け入れる中、裏路地少女の顔はみるみる曇っていった。




