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終末から来た男  作者: 北田 龍一
第一章 異世界編

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警戒

前回のあらすじ


 兵士長のシエラに、軽くホラーソン村内部を案内されつつ、兵舎へと足を運ぶ。出迎えたのは彼女の上司、アレックス軍団長だった。晴嵐とシエラを兵舎内部に招き、ここに至るまでの経緯を聞き出そうとした。

「ふーむ……なるほど。おおよそは理解した」


 兵舎の事務室で腕を組み、二人の話を聞き終えた軍団長は、一通り話を緑の石……『ライフストーン』書き込んでいく。思念を文字化して保存し、保存した文章を空間投影して引き出し可能なコレは、念じるだけで使える便利なメモ帳にもなる。この世界で暮らしているなら、知らない人物はいないだろう。

 なのに猟師の彼は、興味深く眺めている。庶民の間でも流通している品だが……見るからに世捨て人の気配を漂わせる彼には、あまり使う機会がないのだろう。

 そう、彼は明らかな異邦人だった。セイランと名乗った猟師は、軍団長のアレックスにも覚えがない。見た目は若い青年で、顔つきを観察しても自分たちと変わらない。だけれども、この村の安全を守る立場である軍団長には、彼が己の存在感が薄すぎると感じた。

 真っ先に思いつくのは、彼が暗部に属する人間の可能性。気配を殺し、追跡術に長け、殺傷行為への躊躇の無さは、暗殺者と置き換えることも出来る。罠猟の猟師としては明らかに過剰な技術だが、逆にここまで露骨だと一級の人間ではないだろう。

 使い捨て前提の、数を用意した偵察隊か? この村は辺境な上、グラドーの森を挟んでいるが『緑の国』と『聖歌公国』の国境になっている。友好的と呼べない関係だし、事前偵察ならあり得る話だった。

 そうなると、彼をここで拘束するのも選択肢だが……アレックスは迷っていた。何せ、猟師としての知識に偽りがない。倒した獣からは特徴的な部位だけを回収するが、彼は五匹分の毛皮を剥ぎ取ってこの場まで運んできていたのだ。これは逆に、間者としては全く不要な技術と言えよう。過剰な技術の部分も、狩りに役に立つ範疇の技能ではある。

 彼はスパイか、それとも猟師か? 村の安全を守る仕事の軍団長が下したのは、この場では猟師として応対することだった。


「ではセイラン殿。毛皮の話に移りたいのだが」

「む? ……あの取り分では不満か?」

 

 眉を顰め、酷く不愉快な調子で答える男。アレックスが見たいのは彼のしぐさや反応なので、別に毛皮の配分に不満はない。軽い牽制のつもりだ。


「いいや。十分すぎると感じているよ。シエラ兵士長が無事で、ささやかだが資金源も手に入った。これ以上を望んだら罰が当たる」

「……シエラにそれほどの価値があるのか?」

「聞きたいかね?」

「別に。成り行きで会った女に興味はないわい。興味はないが……主らが執着することが、わからんと言っとる」

「ははははは……確かに、余所者には分からない魅力だろうな」


 傍らで会話を聞いているシエラは、目玉を白黒させている。彼女なりにきな臭さを感じ取ったのかもしれない。アレックスも、セイランも、互いが互いに腹を探り合っている空気があった。


「話が逸れた。毛皮の配分は本当にこれで良いのだな? 後で因縁をつけられても、聞く耳持たないぞ」


 主導権を離さぬように、鋭く威圧するような声色で確認する。彼に後ろめたい所があるならば、語気を強めたこの言葉に異論は発せないだろう。しかしセイランの返しは違った。


「そこまで念押しされると、惜しくなってくるのじゃが……しかし毛皮そのものを分割する訳にはいくまい?」

「そうだな。わざわざ価値を下げることはない。五枚まとめて売り払った金額を山分けすれば……」

「わしの取り分の内、一つは手元に残すつもりじゃよ」


 思わぬ反撃に軍団長はひるんだ。事を成り行きに任せない姿勢は、トラブルを避けようとする間者らしくはない。演技の可能性を考慮し、アレックスは問うてみた。


「どうするつもりだ?」

「外套に加工する。今は平気じゃが、防寒具はないと不便じゃからな。取り分でもめるのが不安なら……釣り銭の代わりに、ボロの道具や装備を回してくれても構わんぞ」

「先の戦闘での残骸がある。廃棄予定の物品を、いくつか君に譲渡してもいい。毛皮を外套に加工すると言ったな? なら……一番大きな毛皮が、最も優れているのでは?」

「身体とサイズが合わん。別の用途に回す方が有用じゃろう。その加工の当てがないから、売っぱらってカネにする。その銭は主らにやると言っとるんじゃよ」


 剥ぎとり作業の際、大まかな採寸まで済ませていたのか? 本来なら仕立て屋か、衣類周りに従事する人間の技のはずだが……疑念を自分で振り払い、納得のいく結論を軍団長は見出した。

 根無し草の生活を送りつづけ、何もかもを自前で済ませる必要に駆られたのなら……生き残るための技として、採寸技術を会得した可能性はある。

 孤独を染みつかせた人間特有の気配が、彼にはある。恐らく兵士長が気を使い、調書にはないやり取りを交わしているはずだ。後でシエラに問いただすとして、最後に彼へもう一度質問した。


「なるほど、ありがたい話だが……君は、金をより多く懐に入れておきたいと思わないのか? それこそ何かと役に立つ道具だろう」


 猟師を名乗った孤独な男は、肩を竦めて低く囁くように謳った。


「持てば持つほど重りじゃよ。あんなもの。それに持ち過ぎれば、魔が差したどこかの誰かに、いつ刺されるかもわからんからな――」

追加情報 ライフストーン


 シエラが道しるべ代わりに使った石は、考えた事をそのまま文字にして、保存するメモ帳としても使える。利便性の高い道具なので、この世界の住人では……知らない方が珍しいほど、普及している。

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