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終末から来た男  作者: 北田 龍一
第三章 緑の国編

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不老の歪み

前回のあらすじ


部屋を訪れるムンクスに、悪意がないと知っても恐れてしまう。現状をあっけらかんと話すムンクスに、本当に千年生きたのか? と晴嵐は問う。ムンクスはどこか寂し気に『吸血種は年齢が歪な種族』と語り出す。

 ユニゾティアにおいて、長寿の種族は四種いる。

 緑の国に多数が住まい、成長も老化も遅い『エルフ』

 世界の女神の元配下にして、六名が存命の『真龍種』

 非生物的特性を持ち、ロボットのような存在の『ゴーレム』

 そして他者の血を吸って生きる、英雄の血統――『吸血種』だ。

 隣に立つゴーレムと吸血種を、晴嵐は交互に眺めた。寿命の長さは聞き及んでいるが、年齢が歪とはどういう意味か? 戸惑う彼に対し、ムンクスは拗ねたように頬の筋肉を歪めた。


「吸血種の感覚だからね……あぁでも、真龍種の人達もそうだけど、普通の人にはわかんないと思う」

「だろうな」


 晴嵐もまた頬の筋肉を張り、喧嘩腰で本音を吐露した。


「はっきり言うぞ? わしはお前さんの感覚がさっぱりわからん。あんなボロ小屋だらけの裏路地に出向くのも、そこでガキと一緒になって遊ぶのもわからん。黒幕のレリー一派とやらの方が……外道だが動機を理解できるぞ」

「ミスター・セイラン……そ、その、もう少しオブラートに包んでですね……」

「いいよフリックス、ボクは畏まられるの嫌いだし~?」

「こういう所なのですよね……はぁ」


 小さく腹部を抑えて、まるで胃を痛めるように背を丸める。煽りを入れたつもりなのに、ムンクスは全く堪えていない。口喧嘩に応じるガキのように、吸血種の坊やはニッと牙を剝き言い返した。


「ボクの心は見た目通りなんだよ、おじさん。ボクは本当の意味で……永遠の十歳なんだ。『自分が歳を取った』って自覚することが難しい」

「何?」

「エルフは緩やかに歳をとる。ゴーレムも身体が経年劣化していく。でも真龍種と吸血種は年を取らない。何年生きようと身体は同じまま」

「……それで?」


 関係性が読めず、適当に流す晴嵐。ムンクスも悩みながら老化を語った。


「おじさんは経験ないかな? 『若いころと比べて体力が落ちた』とか『記憶力が落ちた』とか……どことなく気力がなくなったとか」

「中年ぐらいの人間がぼやく内容じゃな」

「あー……ゴメン、おじさんそんな年寄りじゃなかったや。でもなんでだろ? あんまり若い気がしないんだよねー……フリックスと並んでも違和感ないし」

「ジジ臭いと言いたいのか? ほっとけ」

「あ、もしかして傷ついた?」


 さりげなく素通ししたが、晴嵐は冷や汗を流していた。時間に揉まれた彼の本性を、どことなく察している様子。やはりこの吸血種は侮れない。ただのガキと同列に見れない晴嵐だが、次の言葉で感覚が揺らいだ。


「ボクが伝えたいのはさ、人が歳をとるのは身体の方が先だよって言いたいの。

 物を忘れる、新しい事を覚えにくくなる、スタミナが落ちる、病気や怪我の治りが遅くなる。どれだけ健康に注意していても、時間と共に肉体は劣化していくんだ。

 それを自覚することで……自分の身体の老いを感じることで、心の方も老いていく。けれどボクたちは身体が老いないせいで、心も全く老いた気がしない」


 表向きは難しい顔で、腕を組んで分からないフリをする。肉体年齢の若い男は、そうするしかなかった。

 内面で黙々と、晴嵐は吸血種の言葉に理解を示す。

 指先の感覚がしびれを覚えるようになったり、夜中トイレに起きる回数が増えたり、注意していても体力や注意力、観察力の低下を自覚するたび『あぁ、年を喰ったな』とぼやいた経験は、身に覚えがあり過ぎる。

 身体の不具合を自覚することで、心の方も年を取る……ムンクスが言いたいのは、そういう事なのだろう。

 しかし、真龍種と吸血種にはソレがない。

 時間による肉体の磨耗が存在しない、不老の肉体を持つがために――精神も老いることがないと言う。


「だから……たまにがむしゃらに遊びたくなる。千年も生きたのに幼稚だって言われるかもしれないけど……本当にボクは子供のままなんだよ。永遠に遊び盛りってヤツ」

「にしても……裏路地に行く事なかろうよ」

「あそこじゃないとダメなの。表だとみんな、恐れ多いとか言って畏まっちゃうし。裏路地なら相手の素性は詮索しないのがマナーだったし……ボク相手でも容赦ないしさ~」


 難儀なものだ。初めて晴嵐は吸血種に同情した。

 最初はエリート故の孤独かと思った。勿論その要素も含むが、吸血種特有の精神気質が、ムンクス少年を本気にさせたのだろう。テグラットの心情は知る由もないが、少なくともこのガキは嘘をついていない。


「同じ年代の友達は、あの裏路地でしか手に入らなかった……か。じゃから本気で守ろうとしたし、本気で案じた」

「うん。そうだよ」

「一から十までガキの理屈よな」


 相変わらずの率直な物言いだが、声色に嘲笑の色はない。事情と特性を知った上で見れば、ムンクスの態度は一貫している。ようやく解いた警戒心を見て、ムンクスも大きく二回頷いた。


「それがボク……いいや、ボクたち吸血種の宿命さだめだよ。永遠の命の代わりに、吸血種になった歳に囚われる。ボクもレリーも……五英傑の『無限姫』や『魔導士』さえもね」

「とても理解できん。できんが……お主の本気は理解した」

「やった! じゃあこれでおじさんも友達に――」

「それとこれとは話は別じゃド阿呆」


 友を持たず信じない晴嵐は、手を伸ばして来る子供の言葉を遮った。酷く驚いた様子で、大げさな動作で子供がゴネる。


「ガーン! そりゃないよー!」

「そもそもなムンクス、こんな男と友情を求める神経が分からんぞ……」

「いやーおじさんは全然媚びないし、ボクが求めたらスパスパッ! と悪いところを切ってくれそうだしさー」

「ぬ、まぁ……うむ……」


 思わぬ言葉に詰まってしまう。確かに自分ならやりそうだと、ムンクスの指摘を否定しきれなかった。子供特有の無邪気さに押される彼に、かたわらのゴーレムが肩を上下する。


「はっはっは……坊ちゃまは人を見る目はありますからな」

「……チッ」


 舌打ちを精一杯の反論にして、晴嵐は行儀悪く顎に手を添える。

 かくして晴嵐とムンクスは、どうにか和解することに成功した。


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― 新着の感想 ―
しかし、経験の蓄積と言うか脳の皺がふえるのは? 定期的に記憶を廃棄しているのでもあるまいし …ホルモンの分泌だけでも若い感覚維持すんのかなあ
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