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終末から来た男  作者: 北田 龍一
第三章 緑の国編

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我欲の代償は孤独

前回のあらすじ


 戦闘に介入したゴーレムを煙に巻き、再び吸血種を狙って晴嵐は襲い掛かる。助けに入ったテグラットにも容赦せず、果ては爆発まで引き起こして命を狙う。

 追い込まれる吸血種のムンクス。彼を救ったのは、介入したゴーレムと同型の機体だ。複数のゴーレムに殴り倒される晴嵐。意識が途絶える最後まで、晴嵐の殺意は緩むことはなかった……

 寒空の下、自分以外が死に絶えた世界で……その老人は孤独に喘いでいた。

 良き者も、悪しき者も、賢き者も、愚かしい者も。

 それぞれに理想なり願望なりを掲げて、騒がしく生きていた人類たち。地球を覆っていた喧騒は、今はたた文明の遺骸を朽ちながら残すばかり。

 もう一年ほど経つだろうか? 文明復興組が自滅してから。

 あの集団が死に絶えて以降、晴嵐はもう誰一人とも遭遇していない。拠点で無線機に電源を入れても、乾いたノイズ音が虚しいだけ……

 ここに至って、またしても晴嵐は思い知った。

 地球環境が歪に変化し、人を襲う化け物が闊歩し、少ない資源と相容れない理念をぶつけて殺し合う。それでも生き残った晴嵐だが……全く持って晴嵐は、己を誇る事が出来なかった。 


 彼は、徹底した利己主義者であった。生き残るためになんでもやった。だから晴嵐は、最後孤独に死ぬしかなくなった。今にして思えばだが――世界が壊れる前から、この傾向は存在していたかもしれない。

 自分を中心に据え他人を軽んじる発想は、人間誰もが発症し得る症状だ。しかし文明崩壊前の祖国は、行き過ぎている節があったと思う。自分の愉悦のためなら、他者を傷つけて恥じない人間が増えていた。

 大人も子供も関係ない。自分の生命、自分の生活を最優先する傾向。それもまた致し方なしかもしれないが、万人がこの思考に染まると何が起きたか?

 全ての人が孤独になった。

 自己中心的な人間からは、自然と人は距離を取る。寄越せ寄越せと他者に求めるばかりで、与えたとしても事務的な反応以外返さない。自己の権利を、それらしい正論や常識に混ぜて主張し押し付ける。そんな輩は疎まれ、孤立して当然だ。

 だから最後は、孤独に死ぬしかなくなった。


 人は自分視点からしか物を語れないが、他人を他人と割り切り、理解を諦め、誰にも理解も共感も示さない。まるで世界に人間は自分一人だと、周囲を軽んじた人に待つ最後は『誰にも死に際を看取られない』という残酷な最期。

 そこまで追い込まれて、自己中心に生きた人間は悟るのだ。己の死が世界の終焉だと。

 自分ひとりが死んだとしても、地球が終わるわけではない。残された誰か、関わった誰かの人生が続いていく。自らの行為か意思がこの世に残るなら……死は終局ではない。

 けれど……我欲のみを優先して生きた人の意志は、引き継がれはしない。

 誰も労わらず、誰の言葉も聞かず、誰も知らずに……己の欲望に忠実な生き方は他者から見れば醜い。自分が害を被る前にそっと距離を取るだろう。

 だから死の淵に立たされた時、自己中心的な人間は泣き喚く。自分の死後に、この世に残るものは何もない。この世に自分の死を心から悼んでくれる誰かが、一人もいない事に絶望するのだ。


 ――今まさに絶望の淵にいる晴嵐は、天を見上げて嗤った。

 もはや個人どころか、人類という種が悼まれる事もあるまい。仮に地球に意思があるなら『世界中に核をばら撒いた、クソ生物が全滅して清々した』と嘲笑うだろう。

 もはや……ホモ・サピエンスは地球の悪役。栄華を誇っておきながら、我欲に塗れて自爆した見るに堪えない愚かな種族として、地球の歴史に刻まれるだろう。不幸な事に……現状を論理的に認知できる晴嵐は、何度も死への誘惑に駆られた。いっそ首を括って楽になるのも選択肢かも知れない。が、時折見える亡霊の影が――それは彼と関わりを持った人を象った幻覚に他ならないが――彼に安易な死を許さなかった。

 生きたいと、死にたくないと、泣き喚き叫びながら死んでいく人々を見殺しにしておいて、自分だけ生き残った挙句……身勝手に絶望して自殺では筋が通らない。

 生きねばならない。最後まで己の在り方を、貫かねばならぬ。この世が生き地獄だとしても……晴嵐に逃げ出すことは許されないのだ。

 それは拙い贖罪。僅かな自罰意識で行う、身勝手な反省行為だ。誰にも糾弾されない世界で、誰にも許されぬまま生き続ける。もはや環境だけではない。生きている限り晴嵐の心も、地獄の窯でぐつぐつと煮込まれるような苦痛を味わう事になった。

 壊れた世界で軋む心。己に自死を許さぬ晴嵐の逃避先は――殺意だ。


吸血鬼サッカーは殺す」


 世界を破綻させた一要因にして、今もなお自らの命を脅かす敵に、晴嵐は徹底的な殺意を向ける。その気配を機敏に探し、積極的に狩りに出るようになった。

 八つ当たり、逆恨みの側面もあるが……敵意に身を焦がしている内は、心を虚無に蝕まれずに済む。あわよくば死ねるかもしれないと、どこかで期待して死地に赴く。狂気に飲まれないために――晴嵐は一人、吸血鬼への殺意に酔い続けた。

 何が正気で、何が狂気なのか。その境界すらあやふやになりながら、滅びて灰色に染まった世界を生き続ける。

 随分前に片腕を無くした。

 少し前に片目も失った。

 それはまるで……壊れかけの不格好な人形が、耳障りに軋む音を立てて、歪んだダンスを踊るかのようだ。しかし挙動のキレだけは健在で、彼は吸血鬼サッカーを次々と屠り、晴嵐は寿命まで生き続けた。

 ――彼が孤独から解放されるのは、もう一、二年後の話である。 

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