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終末から来た男  作者: 北田 龍一
第三章 緑の国編

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止まらない殺意

前回のあらすじ


吸血種の子供に襲い掛かる晴嵐。彼に対し赤銅色のゴーレムが割って入り、戦闘はもつれ込む。金属の肉体を用いた格闘戦は、ゴーレム側優位に進むと思いきや、熱を用いて強度を下げる技に強く動揺する。続けざまに放たれた煙幕に混乱し、自衛を優先するゴーレム。しかしそれは大きな失態であった。

「吸血鬼は、殺す」


 混乱するアルファを置き去りに、晴嵐は吸血種の少年に襲い掛かる。最初から彼の狙いはムンクスだ。暗い情念を四肢に宿し、全霊の殺意を子供に向けた。


「うわわわわっ!?」


 彼が咄嗟に屈んだ直後、風切り音が大気を引き裂く。頭上を通り過ぎた刃に恐怖し

、ムンクスは脱兎の如く逃げ回った。


「死ね! 吸血鬼サッカー!」

「わけがわかんないよ! ひーっ! 許しておじさん!」


 ギョロリと憎悪に濁った目で、激しくナイフを振るう晴嵐。相手を化け物と呼び、対話も和解もなく子供を襲う。雑な作りの裏路地住居を駆け抜け、時々ムンクスは言葉を投げかけた。


「ほ、本当にボクは違うんだ! 戦う事だってできないんだよ!?」

「吸血鬼は殺す!」

「ふ、服! ボクの服見て! ボクはあくまでゴーレム技術者ギークなんだってば!!」

「黙れ……黙れ! 人間のフリをするな……!」


 ムンクスには分からない。

 晴嵐の怒り、晴嵐の殺意、晴嵐の絶望が。

 いや、本当は晴嵐本人にも、もうよく分かっていない。彼の意識や精神は僅かだが、ムンクスの言い分に理解を示し、『何かがおかしい』とも感じている。

 けれど彼は止まらない。否、止まれない。

 数瞬の遅れが死に繋がる世界で、晴嵐は生きて来た。

 だから彼は『一度殺すと決めた相手に、完全に情を捨て去る』ようにしている。そうしなければ、自分が殺されてしまうから。

 終末を生き延びるために、身に着けた修羅。他者との相互理解を捨て、共感を捨て、心さえも押し殺して……目の前にいる『敵』を滅ぼすための業が、ムンクスの言い分を完全に遮断している。ちょこまかと子供が逃げ回るも、晴嵐の動きは猟犬の如く追いすがる。

 狭まる間合い。少年は強い恐れを感じ、死神のような男から必死に遠ざかる。オンボロ小屋を駆け抜ける少年に、細い少女の手が伸びた。


「こっち!」

「テグラット!?」


 晴嵐の目をかいくぐって、丸耳少女がムンクスの手を引っ張る。彼女は真っすぐ住居跡へ飛び込み、晴嵐の猛追から逃れんとした。

 残骸の上でバランスを取り、ネズミのように追跡者を翻弄する。小柄な肉体の子供二人に対し、身体つきは大人の晴嵐は、モノが散らかる地形で悉く足止めを喰らっていた。

 僅かだが余裕が生まれ、灰色の瞳が真っすぐに男に呼びかける。


「お兄さん! もうやめてよ! ムンクス君は敵じゃない! わからないの!?」

「……」


 晴嵐の真っ黒な瞳は、少女を映していない。一瞬固まるテグラットだが、幸か不幸か彼女は人の悪意に慣れている。本気を悟った獣人少女は、深赤色の髪を翻して仲間に促した。


「ムンクス君! 早くここから逃げて!」

「い、いや! ダメだ! おじさんもテグラットも、ここから一緒に――」

「説得できるわけないよ! お兄さんは本気だよ!?」


 テグラットが叫んだ途端、投げナイフが頬をかすった。もう少女まで敵と判定したのだろうか? 障害物に足を取られても、攻め手を緩める気配がない。


「敵は……敵は皆……滅ぼすしか……!」

「お兄さん……」


 何が彼を駆り立てるのか。投擲物や、ヒートナイフが生み出す炎をぶち込んでいく。バラック小屋に火の手が上がり、少年少女は有利な地形を手放す他ない。

 その動きを読み取った晴嵐は、進路を塞ぐように銀粉煙幕を使った。慌てて急停止する二人の子供。続けざまに晴嵐は小麦の煙幕を連打する。

 もうもうと立ち上る粉塵の中、ムンクスは銀が染みたのか目を閉じる。ネズミの少女もせき込んだが、男の奇妙な行動を見てぎょっとした。

 ヒートナイフを振り上げ、火の玉を上空に投げ放った後に――大きく引いて外套で頭部を覆い隠す。何かに備える挙動から、テグラットは男の狙いを察知して見せた。


「廃屋に潜って! 早く!!」

「あぁもう! どうにでもなれ!」


 やがて天高くから降り注ぐ火の玉が、煙幕に触れた瞬間――空気と攪拌された粉塵に、熱源が触れた瞬間、激しい反応を引き起こし破裂音を響かせた。

 大量の小麦粉と銀粉の粒子。そこに空気と炎が加わる事で『粉塵爆発』を引き起こしたのだ。

 比較的小規模とはいえ、爆発の衝撃はすさまじい。テグラットが咄嗟に機転を利かせなければ、バラバラに千切れ飛んでいたかもしれない。残骸を盾にして難を逃れたが、子供たちの足取りは危うかった。

 爆発の衝撃波に脳を揺らされ、激しい耳鳴りに視界が定まらない。男も煽りを受けているが、回復は間違いなく彼の方が早い。


「おじさんってこんなに……ヤバい人だったの?」


 少年の顔が恐怖に引きつる。誇るでもなく、皮肉もなく、淡々と悠然と、灰色の世界からやって来た男が歩いてくる。


「吸血鬼は殺す」


 ただ一言、敵への殺意を口にして……一本のナイフを振りかぶる。身を守るものは何もない。無垢な少年の瞳に晴嵐が迫って――


「脅威指数を先行者と共有。重篤な脅威と判断」

「命令を一部棄却。対象の無力化を実行」

「及び、民間人一名の保護を提案」


 彼の行き先を遮って、上空から新たに三機のゴーレムが降下し、ムンクスの命を狙う刃物を弾き飛ばした。

 赤銅色のゴーレムは爪を生やしており、先ほど戦ったアルファと同一のボディを持っている。伸ばしたスパイクをそのままに、晴嵐の脛に蹴りを見舞った。


「がっ……!」


 鋼鉄の棘が肉に食い込み、さすがの彼も膝をつく。そのまま新品のゴーレム達が、寄ってたかって晴嵐を袋叩きにした。

 全身に痣を作り、崩れ落ちる晴嵐。地面に倒れ気絶するまで、男は朦朧と呪詛のように呻き続ける。


「吸血鬼は……吸血鬼は……殺……」


 最後の最後まで敵意を解かず、人形の糸が切れたかのように倒れる。

 何も誰も見ていない瞳は、感情のないガラス玉に見えた。

用語解説


『粉塵爆発』


 現実に存在する法則の一つ。可燃性の粒子・十分な酸素・発火に至る熱源の三つが揃う事により、大爆発を起こす現象の事。

 実際にも小麦粉をぶちまけ、そこで運悪く静電気がパチリと弾けで、爆発を起こした事故も存在する。冗談抜きで危険なので試さないように。

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