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終末から来た男  作者: 北田 龍一
第三章 緑の国編

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惨状の容疑者

前回のあらすじ


 再びテグラットの住まう裏路地へ、晴嵐と二人で歩く。しかし道中妙な空気を感じ、ドブネズミ二人は警戒心を高めて進む。警戒し過ぎと集落に着いた二人は、そこで変わり果てた日常に襲われた。

 何者かの襲撃の後。誰もいない路地裏。崩れ落ちるテグラット。早く逃げるぞと促す晴嵐。

 そこに現れた三人目。果たして彼の正体は……

 同じように侵入したのか、他の方法を用いたのか、背丈の低い少年が貧困街跡で立ち尽くす。歯を食いしばって俯き、痛恨の極みと肩を落としていた。

 失意に沈んだテグラットが、仲間の無事に顔を上げる。疲れ果て、ふらふらと足をもつれさせながらも、少女は彼の名を呼んだ。


「ムンクス君……ムンクス君っ! 良かった、良かったよぉ……」

「あぁテグラット! 無事だったんだね! 他のみんなは!?」

「わかんない……私が帰って来た時は、もう……」


 手を広げるムンクスの元へ、駆け寄ろうとするテグラット。晴嵐は無言で少女の首根っこを押さえ、三人目の姿をきつく睨んだ。


「んっ!? な、何するの!? あ、あの子は私の友達だよ!」

「友達? 友達じゃと!? すっかり騙されおって……!」


 二人の子供をよそに、男は四肢に力を込めて叫んだ。


「このガキは『吸血種』じゃ! それも政府のお偉いさんじゃぞ!」

「えっ!?」

「そ、それは……!」


 狼狽する二人の仲を引き裂く様に、少年少女の間に割って入る晴嵐。以前『魔導士の銅像』の前で遭遇した、見た目子供の吸血種を威嚇し睨みつけた。


(色々とおかしいと思っておったが……コイツが首謀者なら辻褄が合う!)


 政府高官が入る城の内部に、ムンクスは顔パスで通っていた。気配からして『吸血種』な事も間違いない。少なくとも緑の国、城壁都市レジスに影響力を持つ人物な事は明らかだ。

 加えて裏路地に出没し、貧困層の住人をさらう『人狩』もまた『吸血種』だ。つまり同族を率いて、裏で手を引いていた可能性が十分に考えられる。

 そして一番違和感を覚える『人が消える噂』だが……真反対の立場におり、世界的に分かりやすい悪役の『欲深き者ども』を容疑者に上げて、ミスリードを狙ったのだろう。噂を流すと消される理由も、高度に政治的な力を用いていたとすれば……不可能ではない。

 呼気を荒くして、金髪灰眼の吸血種へ刃物を抜く。本物の殺意に逃げ腰のムンクス。対して、獣人少女が男に泣きついた。


「ま、待って! ムンクス君は違うよ! たまにやって来て、一緒に色々遊ぶだけで……!」

「ド阿呆! そうやってどいつを攫ってやろうか、品定めしていたんじゃろ!? それにコイツは一般には秘密の、この場所への道を知っておる! 冷静に考えてみろ? 他に犯人候補がおらん……!」


 彼女に細かく説明する時間はない。ここに様子見に来た理由は、生き残りがいないか確認しに来たに違いない。話し合いや問答に応じるフリをして、晴嵐とテグラットの口を、封じようとするだろう。

 心音と共に血管が脈打つ、彼の肉体は暴力装置へ切り替わり、滅ぼすべき敵の隙を探し始める。血相を変え、真に迫る声で吸血種は叫んだ。


「待って! 違う! 誤解してるよおじさん!」

「黙れ! 人の生き血を啜る吸血鬼ブラットサッカーめ……! お前……お前たちは……吸血鬼サッカーは殺す!」


 咆哮と共に肉体を飛翔させる。鬼の形相でサバイバルナイフを突き出し、子供にしか見えない相手へ憎しみを奮った。反射的に身をひねって避ける少年だが、反撃する余裕を持てない。最初からやり返す気もないのか、ただただ逃げ回る一方だ。知った顔同士の争いにテグラットは悲鳴を上げた。


「お兄さん! やめて!」


 晴嵐は止まらない。

 彼は敵と判断した相手に対し、全ての容赦と慈悲を捨て去れる。戦闘の技量もさることながら、大平 晴嵐 最大のわざは切り替えの早さだ。

 崩壊した終末世界では、倫理観や良心は時に足を引っ張る。仲間だから、借りがあるからと情に引かれては、仲間が化け物になって襲い掛かって来た時、死ぬしかなくなる。

 だから彼は……一度敵と判断したら、止まらない。


「うわわっ!?」


 速力も殺意も一切緩めず、夜叉の如き振る舞いでムンクスの命を狙う。少年の足がもつれ、おっかなびっくり吸血種の坊やは逃げ回った。


「おじさん! 本当に誤解なんだ! ボクはむしろ――止めるために動いてたんだよ! 信じて……」

「吸血鬼は殺す!」

「……聞いちゃいない!」


 敵の言葉など耳に入れる価値もない。相手を屠る以外の選択肢を遮断し暴れ回り、晴嵐は懐に括り付けた、白い袋を吸血種へと投げつけた。

 身の危険を感じたのか、ムンクスは大きく間合いを広げる。数瞬前まで少年が立つ場所に、白煙が一瞬で広がった。

 もうもうと広がる煙幕の中に、ギラリと光る粒子がある。少年の右手が煙に巻かれると、身体から湯気を上げて苦痛に顔を歪めた。


「これは……銀の粉!?」


 これはただの煙幕ではない……粉塵の中に『銀の粉』が混ざっている。もし吸血種がコレを直撃すれば、全身を硫酸の霧に浸したようなダメージを受けるだろう。吸血種を葬るための装備に怖気が走り、目の前の男が放つ殺意に、ムンクスは改めて強い恐怖を感じた。


「吸血鬼は……殺す……」


 何たる殺意、何たる悪意か。完全に腰が抜けて、指を震わせてへたりこむムンクス。

 それも無理はない。この世界において吸血種は、基本誰からも敬愛される立場にある。故に――絶対的な敵意を抱かれることは滅多にないのだ。もう一つの理由も相まって、完全に子供吸血種は折れている。


「あ……あ……」


 彼だけでなくテグラットも、怯えきって声を上げる事が出来ない。死を与える神の如く、晴嵐の足音が寄ってくる。正常な判断を失った目で、吸血鬼をあやめんとした。

 すべてが破綻する、間一髪のところで――ソレは上空から飛んできた。ムンクスが歓喜と驚愕のあまりに口を開く。


「ア、アルファ!? キミたちは監視が役目――」

「――独自判断により、介入を開始します」


 赤銅色の金属の人型が有無を言わさず、冷たい硬質な音声を淡々と響かせ、構えた。

用語解説


銀粉煙幕

 終末世界において、晴嵐が対・吸血鬼サッカー用に作った道具の一つ。

 手製の煙幕の中に、銀を削った粉末を配合した物。吸血鬼、吸血種にとっては、触れれば皮膚の爛れる猛毒ガスである。

 テグラットが渡した銀の残骸は、彼女の友人にとって脅威となった。

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