見覚えのある建物
前回のあらすじ
晴嵐がシエラと一緒に村に入らなかったのは、自分のいない場での、シエラの反応を見るためだった。彼女や門番の反応を見て、ひとまずは村が健全だと判断し、彼は初めてこの世界の村に入る。
中性ヨーロッパ風の世界観だが……平然と人間ではない知性体がうろつき、奇妙な黄色の水晶といい、改めて異世界な事を自覚し、めまいがして休んでしまう。
長い事、観察の目を注ぐ晴嵐。ようやく光景に慣れた彼は、幾分か顔色が良くなった。それを疲労が取れたと判断したのだろう。黙って横顔を窺っていた、シエラが訊ねる。
「どうかなセイラン。私の……いや私たちの村は」
「悪くない」
建前の反応だが、率直な本音でもある。すれ違う人々は極端なやつれや疲労をその身で訴えておらず、かといって宗教集団特有の、危うさを感じる情熱も感じない。
露骨な異界めいた光景、なのに不思議と懐かしさが胸の内から湧き上がった。
建造物の形が、彼には見覚えがあった。ヨーロッパや西洋諸国の建物に見える。それも、かなり伝統的な……いわゆる中世の住居に見える。彼は屋根の構造を見つつ、軽く質問した。
「この辺りは雪が降るのか? 屋根がそういう作りじゃろ?」
「もちろん! その時は皆で雪を下ろす。私達も総出でな! 領主様がしっかり食料や薪を備蓄してくれているし、積雪で道が通れなくなっても心配することはない」
できれば、その領主のことも問いただしたかったが、彼女には一度「どこかの国のスパイか?」とも思える質問を受けている。あまり彼女に尋ねて、疑惑を膨らませても面倒なことになりかねない。好奇心を押さえて、別の事へ話題を切り替えた。
「なるほど、商人とも良い付き合いをしているようじゃな」
「微妙かな。あまりこの村から売りに出すものは少ない。君のような猟師が狩った獣の加工品、後は私達兵士が倒した、山賊やゴブリンから接収した物品ぐらいかな。グラドーの森の禁域……未探索区域を目指す冒険者もいるが、基本は自前で補って、足りない分は買っていると思う」
「それだとたまにの取引で、足元を見られそうで怖いの」
「以前はそうだったらしい。でも今取引している所は、あこぎなやり口を良しとしない商会だ。商売人としては珍しい気質だが……だからこそ、古い時代から商いを続けられているんだろう」
確かに、商人としてはあまり向いていないやり方のように思える。説明を聞く限りではあるが、シエラとは気が合いそうな商売人たちだ。されど、お人よしなだけで長い事商いを続けられる訳がない。彼女の言葉を額面通り受け取るのは危険だろう。
「そこに毛皮を売るつもりか。他の選択肢は?」
「うーん……村の職人に直接交渉するとかか? 今は商会の方がちょうど来ているし、そちらと話すのが無難だと思う」
「自前で加工しても良いんじゃろ?」
「何言ってるんだ君は?」
――どうやら猟師は、毛皮の加工を担当していないらしい。全くなくはないだろうが、少なくとも部外者には、分業するのが当たり前のようだ。
「……まぁいい。ともかく、やらねばならんことが先じゃな」
「そうだな……着いたぞ」
やはりレンガ作りの、いかにも堅牢そうな建物が彼らの兵舎らしい。近場には馬小屋と、用途不明の建物が一つ見えた。恐らく武器庫だろうと見当をつけ、適当に視線を周囲へ向ける。一目見た印象では、何かの皮製の鎧が主流のようだ。身勝手なイメージで、金属鎧の騎士が出てくると思い込んでいたが……鮮やかな緑色の鎧を身に着け、寄ってくる一人の男も、やはり金属製の防具を身に付けてはいなかった。
「シエラ……シエラ・ベンジャミン兵士長か?」
「アレックス軍団長!」
軍団長と呼ばれた男は、ひげを蓄え、脂肪のないスマートな肉体だ。年老いてはいないが若くもない。おおよそ三十代から四十代と当たりをつける。軍団長はシエラをまじまじと見つめた。無事なのを確かめた彼は、距離を保ったまま彼女を労う。
「よく無事に帰って来れたな……いったい君の身に何が?」
「端的に申し上げますと、ゴブリンに不意を突かれてしまった後。通りかかった彼に助けられました。狼の群れにも襲われましたが、彼は腕のいい猟師のようで……おかげでこの通り、無事です」
「……相変わらず大した運だ」
経緯を聞けば、確かにシエラに幸運が続いているように思える。晴嵐にとっても、右も左もわからない初手から、敵対勢力を作るのは避けておきたいところだった。彼女の上司にも軽く頭を下げる。アレックスは動かなかったが、目線には多少の好奇が浮かんでいた。
「部下が世話になった。狼も追い払うとは良い腕だ」
「小さめの群れじゃったからな。あと十頭いたら逃げたかもしれん」
「うむ。それが賢明だろう。しかし兵士長。これでまた幸運の話が増えてしまったな?」
「お言葉ですが軍団長。今回は不運から始まったことでして……」
「最後には幸運を掴んで五体満足だろう。それは不幸と言わない。何より君の不注意じゃないか。今回の件が落ち着いたら、みっちり鍛練してやる」
しゅん、と背中を丸めるシエラ。その瞬間を見ていない晴嵐は何とも言えないが、どうやらゴブリンとやらは相当な雑魚らしい。兎より鈍いのを考えれば、その扱いも妥当だった。
「さて、立ち話もなんだ。猟師殿、兵士長。奥で詳細を聞かせてくれ」
「うむ」
「はい!」
兵舎の奥へと三人が歩を進める。意外にも整理整頓された小さな部屋で、シエラと晴嵐の二人は、軍団長へ経緯を語った。
ホラーソン村内部
人々は狂信者でもなければ、極度の疲弊もしていない。シエラの話や屋根の形状から、雪の降る地域のようだ。
アレックス軍団長
シエラの上司と推察される。ひげを蓄えた、三十代から四十代の男性。脂肪のないスマートな肉体といい、相応に鍛えている模様。