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終末から来た男  作者: 北田 龍一
第三章 緑の国編

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崩れ落ちる

前回のあらすじ


 テグラットが届けた晴嵐の忘れ物、『Crossroad Ghost』の写真を男は手に取り、亡霊を見た少女は晴嵐の回想を聞く。亡霊の正体をあやふやに語り、怨まれるだけの事をしたと悔いる晴嵐。湧き出る後悔を獣人少女に語る。

 一通り話を終えた後、テグラットは裏路地に来ないかと誘った。やる事もない晴嵐は、様子を見に行く事にした。

 なんだかんだで惹かれてしまう裏側に、テグラットに見られぬ位置で、晴嵐は自虐的に首を振った。

 表の空気も嫌いではないが、やはりこの退廃と暗鬱な空気は馴染む。歩調を合わせるのも慣れたもので、二人のドブネズミは闇の中に気配を紛れさせた。自然な足取りと警戒心のまま、隠し通路の近辺まで歩いていく。あと数度曲がれば到着の所で、ぴくりとテグラットが動きを止めた。

 通路の隅に静かに移動し、壁面に背を当てて様子を窺う。ただならぬ気配に同調し、少女の後ろで息を殺した。


「……どうした?」

「なんだろう……空気が違う気がするの。上手く言えないけど……危ない気がする」

「そうか」

「……変だと思う?」

「いいや。ここはお主の判断に従おう」


 日頃からここを使う少女にしか、分からない事もあるだろう。男は彼女の慎重さを信用している。余計な口出しはせずに、テグラットに主導権を委ねた。

 彼女は壁に頬を密着させ、目を閉じてしばらく静止している。邪魔をしないよう晴嵐も動きを止めた。

 恐らく骨を使って、振動を聞いているのだろう。一歩も動かず沈黙する二人。やがて少女は壁から顔を放し、表情筋を歪めて顔を振った。


「ダメ。わかんない。凄く静かなだけ……」

「静か? 何も聞こえないのか?」

「うん」

「……ここから隠し空間との距離は分かるか? 直進の距離で考えてくれ」

「えぇとそれなら、すぐそばじゃないかな……」


 素直な少女の証言で、彼は違和感の正体に当たりをつけた。じわりと脇の下に汗が滲ませ、テグラットと共有する。


「……あの裏の空間、防音はどうなっている?」

「考えたことないよ。人なんて全然来ないから……まさか」

「あぁ。お主の感じている違和感は『静かすぎる』事かもしれん」


 あの秘密の空間は、貧困層の集落ではあるが数は居た。

 ならば壁越しであっても、生活音は響いているはず。何も振動を感じないのは異常ではなかろうか。日常的にここを歩く彼女は、その些細な変化を『何かがおかしい』と察知したのだろう。


「テグラット。今朝はいつから裏を出た?」

「今日は……暗い時から」


 時計がないので正確性を欠くが、ならば四時間から六時間は経過してると見ていい。一通り事を終わらせるには十分だ。危険な空気を肌で悟り、手持ちの刃物を静かに引き抜く。彼は少女にも促した。


「武器を持っているなら構えろ。待ち伏せがあるやもしれん」


 丸耳の少女は耳を立てたまま、ボロ布の中から枝分かれした、金属の棒を取り出す。Y字状の上部はゴムが張られており、反対の手でゴム部分に石を引っ掛けた。

 スリングショット……またの名をパチンコ。残骸の材料でも作れる、簡素な遠距離武器だ。所どころ不格好で、自作の武器なのだろう。しかし構える様子は手慣れている。しなやかな足運びのまま、ちらりと道の先を窺う。危険はなさそうに思えるが、少女は慎重だった。


「……死角を潰そう」

「うむ」


 少女の意見に賛同し、彼女に合わせて一歩ずつ進む。物陰や曲がり角に注意して前進する二人。肌を刺すような緊張感の中、神経をとがらせ危険に備える。

 がしかし、普段の何倍も時間と手間をかけたのに、痕跡一つもありゃしない。見かけ上の行き止まりに着くと、顔を合わせて二人は苦笑した。

 なんと馬鹿らしいやりとりか。臆病過ぎる性格が災いし、とんだ道草を食った物である。緊張を解いて肩を回し、隠し通路から掃き溜め居住区に入る。

 ――テグラットの日常は、そこで崩れ去った。


「なに……これ……?」


 中に誰もいなかった。

 集落は所どころ荒れていて、もめ合い争いの形跡が見られる。

 散乱する残骸と、僅かに残る血痕。もはや集落ではなく、かつて集落だった後と化していた。晴嵐は唇を固く結んで虚空を睨み、少女は口を広げて凍り付いている。

 少女は理解が追いつかない。いつもと同じ朝だったのに、昨日の今頃はみんなで鍋を見守っていたのに、どうして? どうしてこんなことに……?

 いつどこで、何が起きるか分からない。皮肉にもテグラットの言葉は、現実になった。

 意識がグチャグチャに千切れ、膝を折り、瞳から光を消し立ち止まる少女。彼女と裏腹に晴嵐の目は鋭く険しい。一触即発の緊張感を身にまとい、肩をゆすってテグラットに促した。


「呆けるな。まだ敵が隠れているかもしれん」

「…………っ。でも」

「立て」

「……くっ……うぅ……っ」

「立て!」


 グズつく少女を叱りつける。口惜しさを隠して彼は唸った。


「待ち伏せがないか、生き残りがいないか探すぞ」

「やだよ……休ませてよ……」

「ダメだ。ここの現状を調べ終えたら、必要な荷物を持ってここから離脱する。見張りは存在しないだろうが、時間を置けば敵が帰ってくるかもしれん。素早く動かんと捕まるぞ」

「捕まるって……何に……?」

「知るか。それを考えるために今は生き残れ。絶望している暇はないぞ!」


 突如住人が消えた理由は分からない。しかし男は冷静だった。

 いや、この表現は誤解を招くだろう。現に彼の拳は固く握られ、その心拍は跳ね上がっている。アドレナリンが血流を迸り、敵を発見すればいつでも怒りを解き放てるだろう。

 けれど同時に、冷めた目で現状を判断する部分が、晴嵐の中にある。

 終末で絶望に晒されたからか、それとも年寄り特有の達観か……大平 晴嵐は心が潰れるような環境でも、思考力を失わない。彼がはじき出した最適解は『今すぐ情報を取ってここから撤収』だ。

 消えた誰かを偲ぶ余裕はない。グズグズしていれば、今度消えるのは自分たちかもしれないのだ。まずは身の安全の確保が最優先だ。打ちのめされたテグラット、周辺を警戒する晴嵐。壊れ果てた裏側に、三人目が足を踏みいれる。


「……遅かった」


 背丈の低い少年の声から、晴嵐は機敏に『吸血種』の気配を感じ取った。

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