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終末から来た男  作者: 北田 龍一
第三章 緑の国編

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罪状の糾弾者

前回のあらすじ


 手にした情報を整理しつつ、対吸血種用の道具を作る晴嵐。強く身の危険を感じた彼は、城壁都市レジスを離れる事も検討する。不意打ちを警戒し、手荷物を再整理していると、持ち物のある写真が消えていることに気が付く。

 軽い捜索に出ると、路地裏の少女テグラットも晴嵐を待っていた。探し物の写真を晴嵐に手渡し、認識できた「謎の亡霊」に怯えを見せる。正体を知る晴嵐は、苦々しくその写真を見つめていた。

 手にした写真の裏側の見つめ、英語の刻印を確かめる。『Crossroad Ghost』の銘打たれたその一枚は、制限時間の中ダイバーが水中カメラで撮影したものだ。

 錆びた茶色の船体

 ぽっかりと空いた空洞

 密集する歪な珊瑚

 辛うじて水面から伸びる光

 唯一魚だけが、人工的な魚礁を優雅に泳いでいる。

 眺めるほど物哀しさと悲哀、そして強い後悔が胸から広がった。どことなく背筋を凍らせる感触は、今にして思えば『亡霊』が訴えていたのだろう。『忘れないでくれ』『繰り返さないでくれ』と、声ならざる声で。


「……お兄さん?」


 現実の声に引き戻され、男は異世界で顔を上げる。過去に引きずられた心を戻し、現在への対処に移った。


「大丈夫? 顔色が……」

「気にするな。アレの影響ではない」


 若干の嘘を挟みつつ、晴嵐はアレの正体を少しだけ明かした。


「アレは地球の……わしの故郷の人間の罪を、糾弾する者じゃよ」

「……お兄さん、何したの?」

「『何もしなかった』……それがわしらの罪状じゃよ。当事者意識を持たず、傍観者で居続けた……それがどれほど重い罪か。手遅れになるまで気が付かなんだ」

「え……?」


 少女には決して分かるまい。一日一日を超えるのに手一杯な人間には、遠い未来を見据えることが難しい。一か月後に備えたとしても、明日死んでは意味がないから。

 晴嵐は違った。崩壊前の世界で、そこまで困窮する立場ではなかった。まだ学生の立場で……未来に思いを馳せる事が、許される立場にあった。

 なのに自分は――警鐘を見落とした。いや、聞いた上でスルーした。

 後々から見直せば、巨大な変化には必ず予兆がある。目ざとい人間、真に知恵を持つ人間は、事が大きくなる前兆を察知する。そして一部の人物は、このままでは危険だと必死に訴えかける。

 けれど、ほとんどの人は耳を貸さなかった。世界は盤石と疑わなかった。その基盤に亀裂が入っているぞと、叫ぶ声を軽視し表面上の平穏を謳歌した。

 当時の晴嵐も、社会人になる準備に気を取られ、警鐘を鳴らす人々を軽蔑していた覚えがある。その無関心な態度が、善意の賢人を深く失望させるとも知らずに。


「わしの故郷が壊れる予兆を、見抜いておる人々がおった。じゃがわしらは……わしら一人ひとりの都合があると言って、何にもせんかった」

「それは……仕方のない事じゃない?」

「事実ならな。でも実際は……自分で考えるのが面倒だから、何かを感じるのが疲れるから、体の良い言い訳で目を逸らしただけ。わしら一人一人の民衆が……一人残らず怠惰に生きて……その代償を、全員で支払う羽目になった」


 写真を握る手が震える。悔いても消えぬ罪状に目元が歪む。無関係だと逃げることは許されない。故郷の星を破壊した地球人は、一人残らず大罪人だ。


「自分一人では何もできん、何も変えられんと俯いておった。本当は何も変えたくなかっただけ。変化を恐れて、現実から目を背け続けていただけ……

 今にして思えば本当に愚かよな。変わらなければ滅びると、強く警告されておったのに」

「ごめんお兄さん。よくわかんない」

「……すまない。急に語られても困るわな」


 つい苦い過去を零してしまうのは、後悔を抱く老人の悪癖だろうか。唸る少女は難しい顔のまま、脱線する晴嵐を見つめている。


「ざっくり言うなら……アレはわしの故郷の人間を怨んでおるんじゃよ。警告していたのに、どうして行動を起こさなかった? どうして未来を変えてくれなかった? とな。

 恐らくこの写し……この紙が媒体なのじゃろう。わしの手元にあれば、お主に危害を加えることはあるまい」

「でも……それじゃあお兄さんは……」


 ――いつか、アレに祟り殺されるのではなかろうか? 案ずる少女から目を背け、晴嵐はむしろ胸を張った。


「別に構わん。わしは……わしの故郷の人間はそれだけの罪を犯した。八つ裂きにされて当然の身分。本音を言うなら、今も生きていることが不思議でならんわい」


 もしかしたら晴嵐の復活にも、あの亡霊は一枚噛んでいるかもしれない。目的は知らないが、殺したいなら好きにすればいい。大きな失態を胸から引き出し、経験から得たことを目の前にいる少女へ語った。


「テグラット……聞いてくれ。

 臆病な事は悪ではない。しかし時には痛みを引き受け、現実と戦わねばならん場合もある。選択を迫られた時に楽観はするな。自分の都合と視点だけで考えるな。全てを理解できずとも相手を読め。耳障りの良い言葉に流されるなよ」


 突然の言葉に固まる少女。今この場で伝わらなくとも……いつかその時が来た時、彼女が選択を誤らぬように訴える。言葉の意味は分からずとも、その感情を察してたのだろう。曖昧にテグラットは頷いた。


「よくわかんないけど……覚えとく」

「……それで良い」


 一言残し、深くは語らない。返却された写真をしまい、去ろうとする晴嵐。用が済んだはずの少女は、裾野を掴み上目遣いで引き留める。


「ちょっと……また、話さない? 明日はもう、会えなくなるかもしれないし」


 静かに定まった姿勢の晴嵐に対し、少女の目は哀願に濡れている。渾身の訴えに心が揺れ、男はこの後の行動を考えた。


(写真が戻った以上、出歩く理由も無いか)


 写真に対する借りもある。急ぎの用も特にないなら、この程度のわがままなら聞いても良かろう。小さく男が頷くと、灰色の目を細めて少女は微笑んだ。


「ちょっと待ってて。荷物取ってくるから」

「……朝から待っていたのか」


 少女のスケジュールを考えれば、かなりの間待機していた事になる。あの亡霊がよほど恐ろしく思えたのだろう。晴嵐も未だに慣れる事はない。


(別の世界に来たところで、お前さんから逃げられはせんか)


 視界の隅に、一瞬だけ亡霊の影がちらつく。

 黙したまま何も語らない亡霊に、晴嵐は一度だけ鼻を鳴らした。

用語解説


「謎の亡霊」


『Crossroad Ghost』と刻まれた写真と、因果関係を持つ謎の亡霊。晴嵐はその正体を知っており「怠惰な地球人、その罪の糾弾者」と呼んでいる。写真に接触するか、何らかの条件を満たすと認知出来てしまう。

 晴嵐曰く「故郷の人間は、この亡霊に八つ裂きにされて当然の立場」とのこと。彼の復活に関わっているのか、はたまた別の目的を持つかどうかは不明。

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