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終末から来た男  作者: 北田 龍一
第三章 緑の国編

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相談の報酬

前回のあらすじ


迷い悩むエルフのカーチスに対し、まずは己の在り方を定めるべきと、晴嵐は助言を与えた。何を良しとし、何を拒むのかを明瞭にすれば、自分自身で『自己の輪郭』を掴むことが出来ると、やり方も大まかに指南した。

 日が傾き、城壁都市のレンガを赤く染める。

 何度目かの夕日に晴嵐は目を細めた。黄昏時になるまで話し込んだ男は、長話が過ぎたとまとめに入る。


「あやふやな部分を固めるべきでない理由は、ここにある」


 己を固めるための講座。シメの言葉と悟り、カーチスは四肢を固くする。燻る若者の内側へ、真っすぐ目を合わせ晴嵐は告げた。


「自分自身の事であろうとも、全てを把握しきる事は難しい。何か刺激を受けて変化することもあれば、予想だにしない事で混乱することもある。

 だからブレない部分、己の芯になり得る部分を優先して探せ。個人的にはメモに書くことを薦める。己を知る助けになるだろう」

「……わかった。家帰ったら、すぐにやってみる。じゃあそろそろ……噂の事にしよう」

「うむ」


 晴嵐が相談に乗った理由……『路地裏に流れる噂』について、報酬の代わりに話し始めた。


「本当に眉唾なんだけど……『城壁都市レジスの裏路地で、千年前の異界の悪魔が人攫いしてる』……そういう噂が流れているんだ」

「異界の悪魔……確か世界を滅茶苦茶にした奴らだな。英傑の『歌姫』と『ミノル』も、かつてはそこに所属していたと……」

「そうそう」


 にわかには信じがたいと、ポーズだけ見せる晴嵐。本当は犯人候補を知っているが、ここではあえて黙っておく。今は一通り、このエルフの若者の持つ情報を引き出そう。

 警戒色の晴嵐に対し、「わかるよ」と一言添えてカーチスは続けた。


「異界の悪魔は、身体はおっさんと同じヒューマンだからな……千年も生きれるはずがない。吸血種の方々も、奴らを叩き潰すために戦った。自分から見ても信憑性は怪しい」

「ふぅん……なら不吉な噂だから、わしの事を案じたのか?」

「それもあるけど……実は数十年前から、裏路地で人が消える事はあったらしいんだ。自分は知らなかったけど、仲間内じゃ有名な話らしい。全部は正しくないだろうけど……根も葉もない噂でもない」

「そうか? 有名な話と言いながら、お主は知らなかったと主張しておる。矛盾しておらんか?」


 困ったように頭を掻いて、カーチスは補足説明を付け足す。


「どうもこの噂を広めると、話してる奴も消されるらしい。でも今回は何故かそれとなく広がってる。聞いたことある奴にとっても妙だって」

「成程……それでお主の耳にも入ったのか」


 確かに奇妙な事だと感じる。が、カーチスの事は疑わない。

 この若者が、噂や情報に鈍いのは納得がいく。ふらっと現れた旅人に人生相談するような……一歩間違えば奈落の底真っ逆さまの行為の時点で、情報収集能力に難アリと言わざるを得ない。

 しかし証言によれば、既知の層も存在していたと言う。つまり今までは『情報弱者の層まで拡散しなかった』情報が、カーチスの域まで降りているのだ。


「きな臭いな……これでは出所も洗いにくい」

「それは、古い噂と混じってるから?」

「うむ。たまたま火消しが遅れたのか、それとも別の何か……余人に預かり知らぬ力が働いたのか……」


 迷いを口にするが、内心では後者だと断じる。

 前者ならば「この噂を口にすれば消される」と、抑止力がどこかで働くはず。つまり、積極的にこの噂を拡散している輩がいる。そいつは消されないだけの力か、消されない理由を持っている。

 詳細は全くつかめないが……あまりにも危険な臭いに、晴嵐は思わずつぶやいた。


「……この都市、本当にまっ黒じゃな」

「まっ黒って……」

「これだけ目につく問題が多いと、あまり長居したくない。この国の前評判は良くなかったが……納得せざるを得ないの」


 本音を交えたはぐらかしに、神妙に頷く若いエルフ。難しい顔のまま、晴嵐は噂について考えた。


(恐らく人が消える噂は『人狩』が原因じゃろう)


 路地裏と若者エルフの情報を合わせれば、結論は自然とそこに落ち着く。数十年前から始まった人さらいの話だが、妙に思った箇所は二つ。

 一つ目は『噂の犯人と、実際の犯人が真逆』な点

 広まる噂では『千年前の異界の悪魔』が犯人とされているが、実際の犯人は『吸血種』だ。これはカーチスに話せないし、信じる事もあるまい。

 けれど、対決した晴嵐にとって『あれは吸血種、あるいは吸血鬼サッカー』以外に考えにくい。銀を弱点とし、気配も間違いなく吸血種の物だった。

 だとするとここで矛盾が生じる。千年前の戦いでは『異界の悪魔と、吸血種は対立していた』のだ。異界の悪魔は『肉体的にはヒューマン』であり、千年に渡って存命とは考えにくい。エルフの若者たちも、この点は首を捻っている。


 二つ目は『噂を広げようとした人物も消されていた』点。裏路地の住人ならともかく、一般人まで消えるようなら……政府役人が黙っているのは妙だ。

 言うまでもなく、殺人は重い。強い恐怖をもたらす行為ではあるが、『遺体を痕跡もなく消す』『生きた人間を抹消する』事は容易ではない。

 証言や目撃者の前後関係に加え、遺体の処理と輸送、現場の選定、さらに親しい間柄の人間や、治安維持者からの追及を回避しなければならない。言うまでもなく困難極まる事だ。それが可能となるとすれば……絶対的な権力ぐらいだろうか?

 この一連の噂や『人狩』に、政治的な何かがある? 断言するには材料が足りない。が、疎いカーチスでさえ不穏な空気を感じている。又聞きの晴嵐も、怪しい気配を過敏に悟っていた。


(……まいったな。想像以上に危険な案件かもしれん)


 自衛とはいえ、晴嵐は『人狩』を逆に皆殺しにしている。見え隠れするレジスの暗部に、男は冷たい眼差しを向けていた。

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