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終末から来た男  作者: 北田 龍一
第三章 緑の国編

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世代断層

前回のあらすじ


ポートの前で異邦人の晴嵐は、現地の若いエルフ、カーチスの悩みを聞く。饒舌に語る若者に対し、大っぴらに弱みを語るリスクを示し、カーチスは青ざめた。

 少しだけ同情を見せると、カーチスは『世代断層』こそが大きな問題だという。聞き覚えのない単語に、晴嵐は説明を求めた。

『世代断層』の言葉を聞いて、晴嵐が初めに抱いたイメージは『断絶』だ。

 元々大人に反発する、若者の心情が吐く言葉だ。分裂や分断の話を想像する彼に、拙い言葉でカーチスは喋り出す。


「えっと……まずな? 自分たちエルフって、親と子供の年の差は二百以上あるんだ」

「二百……二百か。確かにヒューマンには想像しにくいが……まずはお主らの基準を教えてくれ。どれぐらいまでが青年や思春期で通る?」


 まずは互いの認識を合わせなければならない。前提を合わせるため、カーチスは晴嵐の質問に答えた。


「そっか、そこからだよな……エルフ感覚だと、百歳を越えると成人扱いなんだ。若者や思春期のエルフは百歳以下アンダーハンドレットって呼ばれる。法律上結婚も認められるけど……一般的には二百歳まで待つ感じかな」

「となると……百歳~二百歳の間で結婚すると、早い結婚扱いか」

「そんな感じ、あとはデキ婚かな……身体の方は五十から六十で出来上がるし、ちょくちょくスピード結婚の話も……珍しくない」

「……」


 ちょくちょく挟まれる崩壊前の単語が気になるが、そこを突っ込んでも仕方あるまい。自らの感性を一旦封じ、相手の感覚に合わせる努力を続けた。


「逆に、老人扱いは?」

「そっちはちょっと……難しい。法律じゃ八百からって定められてるけど、個人差が大きくて」

「個人差? 老いに?」


 年を重ねれば誰でも老いる。差があるとは思えない。資料館を運営する老人エルフの存在も、晴嵐は確認している。顔を固くする彼に、若者エルフは頭を悩ませつつ、解説を始めた。


「自分達エルフは、千年を超える寿命がある。けど不衛生に生きていれば、その分寿命は縮む」

「うむ。わしらにんげ……ヒューマンも変わらん」


 危うい言い間違えを引っ込める。幸いカーチスは気が付かなかった。


「自分たちエルフは、それがより顕著に出るんだ。寿命サイクルが長い分より影響がでかい。若いと六百歳ぐらいからボケ老人になったりするし……逆に、千歳近くても若作りの人もいる」

「後者はアレか、ルル店長か?」

「そう。ルル店長」


 共通の知人に軽く肩を揺らす。今にしてみれば、あの店で話をしても悪くはなかった。目の前の若者も信用を置いている。軽い空気の醸成に一役買ったかもしれない。

 ひとしきり肩の力が抜けたところで、前提の話は終わった。カーチスの言葉に力が入り、話題の本題『世代断層』の説明に入った。


「老い方には個人差はある。でも育ってきた環境っつか、社会っつか……歳はみんな同じだろ?」

「まぁ、そうじゃな」

「で……なんとなく分かると思うけど……自分らエルフって、生きる時間のスパンが長い。だから……世代ごとに、生きてた状況や環境が違うんだ」

「ジェネレーションギャップ……か?」


 遠い昔の記憶が蘇り、つい晴嵐は口にした。眉を上げるエルフへ、ごまかしを混ぜつつ明かしてみる。


「わしの住んでた国でな……若いモンと社会人の間で、流行りモノが違いすぎて話が通じない……そんな現象があった」

「へぇ」

「一応社会常識はズレてなかった。そういう現象がある……程度で済んでいたが」

「それが分断レベルに発展したのが『世代断層』問題……だと考えてほしい。

 エルフたちは寿命が長い。だから……親世代と百年以上の差がある。それだけ時間の溝があるとさ……ホントに話とか、文化とか、全然通じないんだ。

 自分らが困って何か相談しようにもさ、その時に……大人たちは、自分の体験を引っ張り出してくる。でもそれは、若い自分たちにとってピンボケ。百年前の若いころの話をされても……自分たちの知らない時代の経験を語られても……困る」


 それはそうだろうな、と晴嵐は思った。

 晴嵐は地球基準での、二十一世紀序盤に生まれた若者だ。だから……昭和の話をされても、全くピンとこなかった覚えがある。

 崩壊前の百年前を考えると、第二次世界大戦前後の文明基準だ。一世紀ズレれば、常識も感覚もまるで違う。そりゃあ意見が合わなくて当然だろう。


「分断があるのは親と子供だけじゃない。

 百歳以下アンダーハンドレット、百歳から三百歳、三百から六百歳、六百から上の世代で……同族のエルフなのに、話がまるで通じない。世代が層状に壁になって、全然……分かりあえないんだ。で、分かりあえない相手と話すと、疲れるだろう? だから……近い年代の層ごとに纏まって、壁を作って断絶しちまう」


 ――映像作品で、近い物を見た記憶がある。大人が子供たちを見放し、自分たちの思い出に引きこもるような話が。

 それが「各世代」ごとに起こっている……? 問題の大きさに引きつる晴嵐。彼の様子に安堵したカーチスは、憂鬱に俯き、首を振り、片膝だけを縦に痙攣させて問題を語る。


「で、親との関係で最悪なのがさ、全然気が付いてくれないんだよ。親が。

 自分たちはさ、こっちの感覚に合わせて欲しい訳。自分の感覚のところまで、降りてきてほしいって……でも、察してくれなくて。百年前の解答や正解なんて、自分たちは求めてない。だから……なんとか振り向いてくれないかなって……不良ワルになって。でもそれも、効果なかった。それどころか、痛い目見た」

「……」


 腹部を擦って、苦くシニカルに笑う若者。世代ごとの歪みに晒された、若いエルフの表情に晴嵐は口を噤んだ。

 いつもなら、厳しい現実をそのまま突きつける晴嵐。だが今の彼には迷いがある。

 別の種族であろうとも……既視感のある悩みと問題に心を揺さぶられたのだろうか? 甘っちょろいと自分のなじってから、彼はどんな言葉をかけるべきか、胸の内から探し始めた。

用語解説


世代断層


 エルフの国家、緑の国中で起こる社会問題。

 エルフは千を越える寿命を持つが、これが原因で世代ごとに過ごしてきた環境が大きく異なる。

 そのため、相手の年代と話を合わせようとして、自分の過去の経験を引き出すと……全くのピンボケを起こしてしまう。なので、自分の過ごしてきた世代ごとに固まり、他の世代との交流を断ってしまう現象を引き起こした。

 現代日本の皆様には『ジェネレーションギャップ』が、笑えない領域まで悪化した物とお考え下さい。

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― 新着の感想 ―
なるほど、面白い視点というか、真面目に物語の環境を考えてる
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