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終末から来た男  作者: 北田 龍一
第三章 緑の国編

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表の動き

前回のあらすじ


 裏路地で様子見をしていた晴嵐は、気がつけば一週間の時間が経過していた。かつての世界に似た環境に引き寄せられるも、本来の目的「千年前の真実を探す」ことを優先する晴嵐。別れ際に銀の残骸を受け取り、晴嵐は裏路地に別れを告げた。

 この都市の最下層から戻った晴嵐は、独り宿屋の一室に籠る。手つかずの家具配置に安堵し、寝具に座ると音を立てて軋んだ。

 ボロの寝具でも裏路地で、薄布一枚で眠るよりはマシ。一週間の疲労も取る事が出来るだろう。喜ばしい事だ。……そのはずなのに


(妙に……物哀しいな……)


 裏の暮らしの中では、常にテグラットがいたが……彼女は距離感を知っており、極端にべたべたと近寄って来なかった。晴嵐もただの居候と弁え、寝る際も間を開けていたと思う。

 それだけじゃない。薄い壁は周囲の音をほとんど阻まず、周りの生活音が素通しだ。環境は最悪だった。だったのに……寂しい。

 周囲から人気ひとけが消え、ぽつりと狭い宿屋に独りの生活。元に戻っただけだと言い聞かせても、つい人影を探してしまう瞬間があった。


(こんなに甘っちょろい奴じゃったか? わしは……)


 わびしさをごまかそうとして、作業に入ろうとして虚しさが募る。

 別れ際に渡された、銀のドアノブに感情が揺らぐ。あの少女……テグラットはなんの気なしに握らせたが、コレの価値をうっすら理解して、それでも提供してくれたのだ。


(『人狩』の気配は吸血種の物じゃった……吸血鬼サッカーと弱点まで同じとはな)


 地球文明の話になるが、血を啜る人型の化け物は『銀』を弱点とすることが多い。

 晴嵐が吸血種と混同した吸血鬼サッカーも、同じ性質を保持していた。皮膚に押し付けると火傷のように焼け爛れ、光を反射させると忌避効果がある。

 こちらの世界で生きていく際、『人狩』や『吸血種』と敵対する可能性はまだまだある。備えるべきだと、彼は煙幕袋を脇から取り出した。

 材料があれば、奴らへ対抗する道具を作れる。何度も『吸血鬼サッカー』をブチ殺してきた経験が、こちらでの『吸血種』『人狩』にも通じるだろう。恐れる要素があるとすれば、知性がある点か。

 捕食される恐怖、ケダモノに襲撃されるような圧力はないが、代わりに思考力を持っている。確実な一手を用意すべく、銀のドアノブからある道具を作るため……晴嵐は加工用の道具を探しに外へ出た。


***


 チンピラ家業から足を洗った若者エルフ、カーチスは本気で焦っていた。

 数日前から流れ出したある噂に煽られ、とある男を探すが一度も姿が見えない。


(おっさん……大丈夫だよな……?)


 眉唾な都市伝説めいている内容でも、噂と現状が合致すれば怯えてしまう。チンピラ仲間の若者エルフ達も、不安に駆られて手を引くに値する噂だ。


 ――『千年前の異界の悪魔が、城壁都市レジスの裏路地で、人を攫っているらしい』――


 裏の取れないただの噂だ。最初はそう感じていた。

 しかしカーチスはかつての仲間、おっさんに脅されたチンピラ仲間、マスティーからこんな証言を得た。


「スラムの連中から聞いたことある。なんか、数十年前から人さらいがうろついてるって……」

「初めて聞いたが」

「噂には続きがあるんだよ。下手に表にこの噂を漏らすと、そいつも消えちまうって話。でも今回はどうなんだろうな……噂の広がり方が普通じゃない」

「どういう事だよ?」

「こんなに広がる前に、今までは流した奴が消されてたんだよ。暗黙の了解っつか……この話はみんな薄々知ってんだ。それが広がるってことは……」


 何かある。無言に消える語尾から察し、若者は心の底から震え上がった。

 カーチスは知らなかった。全く知らないまま歩いていた。目隠しのまま危険な橋を渡り続けていた。一歩間違えれば、奈落の底に落ちるような危険な橋を。

 即座に脳裏の浮かんだのは、自分たちを無力化した男の姿。エルフの若者内でも広がり切ってない噂を、あの男が知っている筈がない。

 案ずるカーチスと裏腹に、マスティーはうすら笑いを浮かべた。


「俺らをボコったアイツも死んじまえばいい。そしたら少しは安心できるってもんさ」

「なんてこと言うんだよ」


 脊髄反射だった。気がついた時は反感を口にしていた。

 けれど冷静になれば、マスティーの言い様が順当な筈だ。ナイフで脅され、女エルフのヤナンは殴る蹴るの打撃を受け、カーチスは腹部を灼熱の刃物で突き刺された。一番深い傷を負ったカーチスが、どうして男をかばうのか……納得いかないマスティーは、眉をひそめて棘を込める。


「どうしたよカーチス……お前が一番痛い目見ただろ。あの男もお前と同じぐらい、惨い目に遭ってほしいんじゃねーの?」

「どうかな……簡単に死んで欲しくはない。想像できない」


 それは願望か、それとも恐怖が生み出した幻影か。あの男に対する感情は、自分でも良く分からない。今の自分は異常だと思う。

 あの苛烈な暴力を喰らって、自分から関わりに行くなんて普通じゃない。打ちのめされた敵に、なぜああも惹かれてしまうのか。

 いや……もう止そう。本当はカーチスも分かっているのだ。この国に漂い、自分たちを逼塞ひっそくさせる空気に、若い衆はうんざりしている。

 ここから抜け出したい、新しい場所に行きたい。けれど方法が分からない。ここではないどこかを求めていても、抜け出す道筋を見失っている。未知への憧憬は持っていても、それ以上に漂う未知への恐怖が足を竦ませる。

 そうして時間を費やしている内に、気がつけば閉塞した町の一部として、自分たちは呑み込まれるのだ。そこから抜け出すために――

 

「自分は……あの男を探してる。あの男は自分の親や、この国の大人たちと違う」

「そりゃ……な」

「ブチのめされて分かったんだ。自分たちはまだまだ物を知らない。自分たちの考え方って、スゲー狭いもんなんだって……

 あの男と話せば、何かを壊してくれる気がする。だから……マスティー、一緒に探してくれないか?」


 言葉が不足している事は分かってる。支離滅裂な事も、全く理解されないかもと不安もある。

 けれども、マスティーだって近い悩みを抱えている筈なのだ。でなければ……後ろめたい感情を共有して、非行に走ったりしていない。

 分かってくれ。通じてくれ。祈りを込めたカーチスの言葉に、マスティーは俯いたたまま首を振るばかりだった。

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