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終末から来た男  作者: 北田 龍一
第三章 緑の国編

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裏路地との別離

前回のあらすじ


 ボロ鍋で骨から出汁をとる間、少女の物資や立ち位置を観察する晴嵐。やはり自分に似ていると感じ、みすぼらしくとも自分で考え、生きている少女の事を励ます。過去、自分が生き延びた終末のにおいを感じながら、彼は自分の知識と経験を裏路地で行使した。

 その後も裏路地生活を続け、晴嵐が気がついた時には……一週間の時間が経過していた。

 彼本人も驚いている。最初は本当に数日の予定……長くても四日から五日で、裏から引き上げる腹積もりでいた。

 もちろん城壁都市で不穏な動き、待ち伏せなどの危険を察すれば裏路地で待機した。しかし表に大きな変化は見られなかった。試しに宿前も通過したり、一度だけ出入りしたが尾行もない。安全の確認を終えたのは五日目だろうか? その時期で帰る事も出来たが……

 事実を知った後――妙に、足が重かった。肉体ではなく心が、路地裏を去ることを拒否しているように思える。

 人というのは不思議なもので、どんなに悪い環境であろうとも……長く暮らして慣れてしまうと、外に飛び出すのが怖くなる。それがたとえ、今より良い環境や世界があるとしても。

 全く情けない。晴嵐は路地の陰で笑う。

 生きるために地を這う生活に、晴嵐は全く抵抗を持たない。種族や技術、前提の知識の違いはあれど、ここの暮らしは晴嵐にとって……引き込まれる場所だった。

 ここは終末世界での経験や能力を、最大限に生かせる場所だ。ゴミ漁りの技術。ゴミから有用な物資を選定し、修理する技術。荒事や暴力の心構え。違いは近所付き合いくらいで、それも概ね良好な関係を築けていたと思う……路地裏基準ではあるが。


「……行っちまうのかい、おめぇさん」

「止めちゃダメだよ。お兄さんが決める事だから」


 スリの悪ガキとテグラットが、物哀しげに男を見ていた。最初の態度とえらい違いである。比較して笑いそうになって……やめた。ここの住人に対して、晴嵐は嘲る気概を失っている。


「最初から……わしは数日だけの来訪者じゃよ」

「そう、だね」

「の割には、おめぇさんここに馴染んでたぜ」


 似たような質問疑問は、何度もぶつけられた。けれど彼は最後まで隠し通した。真相を話した所で、信じるはずもないだろう。

 それに、詮索する人間は痛い目に遭うと、この空間では暗黙の了解もある。晴嵐も深くはここの住人の事情を聞いたりせず、あくまで裏のルールに即して生活していた。それを「馴染んでいる」と評したのかもしれない。


「……否定はせんよ。わし自身、思った以上にここの空気は肌に合った。ちぃとばかり、名残惜しくもある」

「こんなドブ溜めが?」

「わしも根っこはドブネズミじゃからな。なんとなく分かるじゃろ?」

「……そりゃな」


 地下暮らしの人間には、独特の毒気が確かにある。

 法も、秩序も、倫理も、道徳も、「そんなもの」と唾を吐き、やったもの勝ちの世界。生き残ったもの、手を汚した者が勝つ世界は「ある」

 日の当たる世界に住む者には、想像もできないだろう。ドブと悪臭が当たり前で、騙される方がマヌケで、裏切られ死んだ誰かが、鼻で笑われる世界。

 そんな世界で長く暮らしていると、身体や魂に染みついてくる。いくら洗い流しても落ちない穢れのおりが、人間の芯に宿るのだ。

 口に出さずとも感じる気配。同族への感情を断つべぐ男は言葉を紡いだ。


「わしはわしでやる事がある。ここに留まっていては、目的を果たせん」

「それ、聞いても大丈夫?」


 踏み込んできた少女に、ニヤリと子供のように笑って、男は答えた。


「聞いて驚け……千年前の真実を探しておる」

「へ?」

「いやいやいや! おめぇさん歴史学者ってガラじゃねーよ!」

「はっはっは……嘘は言っておらんぞ」


 そう、本当に嘘なんて言ってない。

 晴嵐がこの都市に来た理由、ユニゾティアを旅する最大の動機は「千年前の真実を知る事」だ。

 ただ生きるだけなら、最初からここに来ていない。村の外に出ることも、城壁都市に来ることも、そして裏路地暮らしも……すべて、経験する必要がない。

 ここの生活は嫌いじゃない。それは間違いない事だが――そろそろ、本筋に戻らなければ。

 この緑の国から見た「千年前」の情報は、晴嵐の手元にないままだ。都市の成り立ちは参考になるが、オーク侵攻記録が主で「欲深き者ども」「異界の悪魔」についての情報は、あまりに少ない。

 エルフたちはトラウマから、記憶を引きずられているのかもしれない。が、この世界「ユニゾティア」基準で、大きな出来事である筈だ。記録が一切残っていない訳がない。

 それを手にするまではこの国を去れないし、路地裏で隠れ住む訳にもいかない。足を止めるには、早すぎる。


「真相を探すつもりでおるよ。他の国もいずれ巡ってな」

「マジで言ってんのか……ご高尚なことで」


 軽蔑されるのも無理はない。ここにいる住人は、明日を生きられるかもわからない人々だ。歴史を調べ、検証する時間があるのなら、物を拾うか直すかの時間に当てるだろう。

 晴嵐は苦く笑う。彼らの身の上、心象は良く分かっている。

 今を必死に生きる者にとって、歴史も、倫理も、秩序も、遥か遠くの別世界の話に聞こえるだろう。晴嵐もこちらに来た直後は、近い感触を抱いたものだ。

 どちらの立場にも立てる晴嵐は、自分の疑念も添えて子供に言い聞かせる。


「どうかな……案外身近な謎が分かるかもしれんぞ? 例えば……『人狩』の正体とかな」

「おいおいおい、歴史と関係ねーって」


 最初ハナから信じず、軽く流そうとする悪ガキ。けれどテグラットには通じたのだろう。短い時間とはいえ……晴嵐と共に過ごして、彼の癖を読めるようになったのかもしれない。少女は尋ねた。


「お兄さんは、どう思っているの?」

「細かい事は知らん。ただ気配が……『吸血種』に近い気がする」

「ないない。あんな高貴な方々……千年前の英雄様が、こんな下層に来るわけねーよ」

「……弱点や対策はわかる?」

「思いつくのは『銀』ぐらいじゃな。とはいえ対策出来る貴重な素材だ。銀の鎖は、肌身離さず持っておけ」


 こくりと一度頷くテグラットをよそに、悪ガキはわんぱくに両手を振り回して前に立った。


「んな事より、オリガミ教えてくれよ! そっちの方がよっぽど役立つぜ」

「……全く」


 晴嵐は首を振ってしまう。ほんの戯れで披露した技術の一つだが、路地裏の子供たちに受けが良かった。コストも捨てられた紙を使えるし、こんな環境でも手軽に楽しめる遊びと言える。


「……そうじゃな。蝉でも折るか」

「あぁ、あのうるさい虫?」

「そうそう。夏場に鳴くアレ」

「テグラット。紙ある?」


 目を細めて少女は住居に歩く。整理された物資の中から、正方形の紙ともう一つの物を晴嵐に手渡した。


「……これは?」

「お兄さんも持ってて。お守りになるか分かんないけど……」


 残骸の中にあった、銀色のドアノブを晴嵐は手に取る。銀の素材が手元にあれば……吸血種に対し、対策を練れるかもしれない。素直に晴嵐は少女に伝えた。


「……助かる」

「助かったのは私たちだよ。攫われずに済んだし、ちょっとだけ……ここの居心地もよくなったし」

「些細なもんじゃ。礼を言われる事はしておらんよ」

「んな事より、早く早く!」

「ったく……」


 遊ぶ時だけ年相応の悪ガキに、もう一度首を振る晴嵐。

 名残り惜しい最後の時間を、些細な遊びで彼らは占めた。

用語解説


 晴嵐の折り紙


 終末世界末期、彼は孤独に生きる時期があった。孤独でも出来る趣味であり、老化で鈍る指先の感覚を保つのにも役立ち、低コストでの暇つぶし、そしてボケ防止もかねて折り紙で遊んでいる。色々と折れる模様。

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