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終末から来た男  作者: 北田 龍一
第三章 緑の国編

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ドブネズミ暮らし

前回のあらすじ


 残飯で作ったスープを食す晴嵐とテグラット。よろしくない味でも、ひとまずは腹を満たす。鍋を作る際、清潔な水が無制限と知り、汲みに行く途中朽ちかけの石碑を見つめる。意味と意図が風化した現状を、晴嵐は皮肉に笑った。

 桶いっぱいに水を汲んだ晴嵐は早速、オンボロ鍋に水を注いだ。捨てられた骨が攪拌され、油が水面に浮きあがる。薪の爆ぜる音を直火に受け、水温がじわじわと上昇していった。

 じっと鍋の中身を見つめる少女は、視線を晴嵐に向けて尋ねた。


「この後どうするの?」

「上の方に灰汁あくが……濁った泡のようなものが浮いてくるから、それは適宜掬い取る。火は水が沸騰したらとろ火で良い。そのうち、中の骨も溶けてくるはずじゃ。中身の……スポンジみたいな組織が見えて来たら鍋から出せ。とはいえ神経質にならんでもいい。売り物にするならともかく、自前で使う分には適当てよかろう」


 ざっくりな指示を受け、頷いた後テグラットは首を傾げた。


「……結構簡単?」

「やる事自体は単調かもしれん。手間なのは時間ぐらいか……上質なものやこだわりの店だと、追加の食材やら火の番やら、煮込む時間が伸びたりする……らしい」

「へー……調味料とか入れるのかな。でも三時間も結構長くない?」

「聞いた話じゃが……二十時間煮込む店があるらしいぞ。そこまでは早々ないらしいが、半日ぐらいは普通……と耳にしたことがある」

「と、途方もない……」

「まぁ恵まれた方々の世界の話じゃ。最低限食える質でよかろう……鍋を預かるから、お主は先に整理を済ませてくれ」

「そだね」


 混ぜ棒を少女から受け取り、素人知識で出汁をとる。テグラットは山積みのゴミに足を踏み入れ、今まで積み上げたブツの整理を始めた。

 壊れた食器、調理器具を始め、足のない椅子に破れた本。チラチラと目線を向ける晴嵐でも、ここまでは分からなくはない。

 しかしいくつかの品は、よく分からないものが無数に出て来た。


 欠けてしまった宝石。

 ひび割れ錆びた指輪。

 レンズのない眼鏡のフレーム。

 誰かが捨てた紙のメモ。

 陶器のカケラ屑。

 銀でコーティングされたドアノブ。


 などなど。即座に用途が思い浮かばないような……残骸のリサイクルが得意な晴嵐にさえ、用途に困る物品が多すぎる。取り出したテグラットも首を傾げ「なんでこんなもの拾ったんだっけ……?」と呟いている。つい本音で晴嵐は言ってしまった。


「いや、拾ったのお主じゃろ……」

「う、うん……そうなんだけど……拾った時はなんかこう……絶対持ち帰らなきゃ! って、変な使命感が……あれー?」


 過去の自分が拾い集めた、今のゴミに困惑する少女。所作を眺める晴嵐の心に「衝動買い」の単語か思い起こされた。

 人と人に縁があるように、人と物に縁を感じる人種もいる。一目見てピン! と来る物品を、つい手にとって勢いで購入してしまう……

 さしずめ衝動買いならぬ、衝動拾いだろうか? 乾いた声で、少女に男は提案する。


「ついでにいらん物は燃やしてしまえ。丁度火があるぞ」

「あはは……そだね」


 良い機会と、使い道のないガラクタを火の中へ投げ込む。メモが燃え、古い本に火が付き、朽ちかけの木材が炎の中へ消えていく。

 若干の異臭が加わったが、この程度で晴嵐は動じない。残りの物資を少女は仕分け、軽微な破損がある物品たちを並べた。


「やっぱり、綺麗なままは少ないかな……」

「水が使い放題なら、汚れに関しては磨けば良かろう。問題は破損の方じゃが……修理用の道具はあるか?」

「例えば……?」

「刃物は手元にある。トンカチと、物を固定したり、挟んで曲げるような器具が欲しい。それと大ぶりな……斧のようなものは?」

「……考える事同じなんだね。ちょっと待ってて」


 晴嵐が驚き、鍋を回す手を一瞬止める。一つだけ清潔な大きめの箱を、テグラットは小さな体を精一杯動かして運んだ。

 ――晴嵐が要求した一式の道具が、ほぼすべてそろっている。


「ほぅ……準備がいいのぅ」

「自分で少しはやってるから……ただ、時間がなくて……」

「一人だと手が足りんよな……」


 孤独の不便を知る彼は、試しに金づちを手に取ってみる。晴嵐の感覚だと軽めだが、テグラットが使うには丁度良い重量なのだろう。ボロボロに使い込まれた道具に、晴嵐は数度頷いだ。


「よく揃えたな」

「これがないと、できない事多いから……いくつかは、自前で作ったけど……あ、あんまり見ないで」

「作り方は? 習ったのか?」

「えーと……我流」


 目を逸らす少女に対し、晴嵐は「恥じることはない」と励ました。


「自分で考え、自分で動く。そうして完成したものが出来が悪くとも……『何もしない』『何もできない』と……動かん奴より、お主の生き方は好ましい」

「……何度も失敗したよ?」

「失敗の苦しみや無力感を恐れ、立ち止まる奴がなんと多い事か。お主はそこから逃げなかった……故に好ましい。わしはそう思う」

「なんか、照れる」

「……照れるな。わしまでなんか……むず痒い」


 一体どうしたことか。らしくない自分の言動に戸惑い、視線を逸らす。煮える鍋をかき混ぜて、なぜこうも甘ちゃんな事ばかり口にするのか。

 ――そんなの、考えるまでもない。

 重ねているのだ。終末世界の、自分の境遇を。

 この裏路地の生活は、どうしても壊れた世界を思い起こしてしまう。

 今朝少女と外に出回った行動も、残骸とゴミクズだらけで生きていく生活も……違う世界、違う民族、違う歴史を辿った世界なのに、どことなく脳裏によぎる物がある。温かい記憶でないが、慣れ親しんだ澱んだ空気に、安心している自分がいる……


(性根まで完全にドブネズミじゃな……)


 少女に鍋を預け、生き延びてきた彼は技術を奮う。

 異世界の中にある……慣れ親しんだ臭いの、薄暗い灰色の路地の裏で。

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