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終末から来た男  作者: 北田 龍一
第三章 緑の国編

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命の水源

前回のあらすじ


 朝早くゴミ漁りを終えた晴嵐とテグラット。帰って早速食事の準備を始める。魔法の補助なしで火をつけて、少女が水を持ってくるまで待機した。

 塗装が剥がれた鍋の中に、廃棄される筈の食材が適当に投げ込まれる。食感や味が悪いと捨てられた野菜と、生臭さたっぷりの魚のアラが転がった。

 燃え盛る火勢を確かめた晴嵐は、追い焚き用の薪材を予め用意しておく。勢いが落ちてからでは遅いと、今日拾ってきた資材を近くに備えて置く。火の番に戻る頃に、テグラットが桶いっぱいの水を汲んで帰って来た。


「ん、大丈夫そう……良かった」

「水も汲めたか。ずいぶん澄んでいるな……」


 ちらと桶を見つめるが、目立った汚れが見られない。試しに一度舐めてみたが、異臭も異常な味も感じなかった。

 都市部の水源とは思えない。泥水一歩手前を想起していたが、これなら飲料水にしても問題なかろう。疑問に思う晴嵐に対して、テグラットも軽く首を傾げた。


「ここの水は綺麗だよ。ずっと昔からそうみたい」

「昔? 一体いつから……」

「わかんない。私がここに来る前から……友達の子もそう言ってた」

「友達……のぅ……」


 こんな環境で、果たして友情は成立するのか? 捻くれた目で物を見る晴嵐は、情に対して冷めている部分がある。今も少女との関係も、あくまで一時的なものと割り切っていた。

 感情への興味を切って、現実にある水について少女へ話した。


「清潔な水は汲み放題なのか?」

「そうだよ。いくらでも、誰でも使える」

「ほぉ……それがあるだけでも大分違うな」


 命を繋ぐには食事も必要だが、それ以上に水分は重要だ。飲み水が安定供給できるだけで、人の生存率は大きく上がる。命の水を求めて争わずに済むだけ、この裏路地は最低の環境ではない。


「他の裏でも、全部井戸があるんだって。枯れたこともないし、ずっと綺麗なまま。魔法が使われてる……って噂で聞いたことあるけど、詳しくは知らない」

「使う分には、原理を知らんままで困らんからな」

「だよね~」


 割れた鍋に転がるクズ食材に、清潔な井戸水を注いで煮立てていく。

 調味料なし、高級食材もなし、残り物とあり合わせで作る路地裏の逸品。あえて名前を付けるなら……「廃棄食材のあら汁風」だろうか。

 もはや名を与える方が虚しい。残り物の肉片とパンの耳を添えて、欠けた茶碗に薄味スープを注いだ。


「「いただきます」」


 臭みも取れていなければ、塩気も薄く雑味も多い。素人が作る三流調理のスープを、二人はじっくりと啜った。


「ふーっ♪」

「ははは……」


 そんな下の下の飯でも、テグラットにはごちそうらしい。晴嵐もこういう飯には覚えがあり、悲惨に見える食事にも文句は言わなかった。

 マズメシだろうが残飯だろうが……「メシが食えるだけマシ」だ。

 裏の住人にも、終末世界を生きた晴嵐にとっても、この一点は共通認識らしい。彼個人としても「生のポーローより全然食える」と、薄味スープを味わう。食べかけの骨付き肉を頬張り、かぴかぴに乾いた皮が口の中から水分を吸い取った。

 パサついた口内に薄味の液体を注ぎ込み、続いて固いパンの耳を浸し、柔らかくして胃袋に詰め込む。朝早くから活動する二人の身体に、じんわりと滋養が満ちた。


「「ごちそうさま」」


 空になった鍋に手を合わせ、オンボロの椀を地べたに置く。少女が火の始末に入りかけた所で、晴嵐が待ったをかけた。

 彼は食べ残った骨と、残飯漁りの時に集めたのだろう。動物の骨を空の鍋に投げ込んで、水を汲んだ桶を手に持つ。立ち去る前にテグラットへ確認した。


「もう一度聞く。水はいくら使ってもいいんじゃな?」

「そうだよ。……どうするの? この骨」

「水と一緒に煮込んで出汁にする。長い事時間がかかるが……交替で火の番をすればよかろう」

「へー……お店みたい。どれぐらいかかるの?」

「……物にもよるが、三時間以上はかかる」

「ふえぇ……大変」

「あぁそれと。わしはその道のプロではない。品質は期待せんでくれ」

「えぇ? それやる意味ある?」

「栄養価もあるし、保存も利く。常温でも管理すれば、一週間までならギリギリ持つ。備えがあれば良かろう?」

「ん……簡単ならいいけど……」


 半信半疑の眼差しに押され、桶を持つ彼の足が早まる。テグラットが歩いた方向に動いて、井戸のありかを探した。

 人が集まっているおかげで、比較的すぐ井戸は見つかる。順番を待つ間に、晴嵐は古ぼけた石碑を見つけた。


(む……?)


 朽ち果て、誰にも無視される記憶版が気になり、桶を持ったまま石碑に近寄る。コケと埃で朽ちかけた石。そこに刻まれた文字を、男は何とか判読した。


“非常補給線、三号井戸。ろ過魔法付与済み。生での飲料も可。煮沸を推奨”


(補給線……まるで戦時を想定しているような……いや、この都市はそういう作りじゃったか)


 上質な水源と隠しスペース、そして戦時を想定した都市の成り立ちから、この空間の正体をおぼろげに察する。


(そうか……ここは非常用の予備空間か)


 軍略は素人の晴嵐にも、このような空間の用途は思い浮かぶ。伏兵を忍ばせたり、女事もを逃がす避難所にも使えよう。いずれにせよ安全な水源は必須だ。

 ――かつての意図は埃をかぶり、忘れ去れれて貧困街の下地になる……

 皮肉な運命、数奇な経緯を男は嗤う。

 ……自分の出自を鑑み、今目の前に広がる世界と比較してしまう。運命も、未来も、数奇と皮肉に満ちていると知り、声を上げて低く笑った。

用語解説


隠しスペースの井戸


城壁都市の暗部、秘密のデットスペースは、本来なら伏兵や物資、そして女子供の避難場所として設けられていた。

 そのため、安全な水源を用意していたのだが……意味と意義が風化した結果「安全な水を無制限に供給でき、かつ人目につかない」特性がかみ合い、貧困町の形成に貢献する皮肉が生まれた。

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