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終末から来た男  作者: 北田 龍一
第三章 緑の国編

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効率が悪くとも

前回のあらすじ


 日も登らない早朝から、テグラット達ドブネズミは活動を始める。ゴミや残骸を拾い集め、持ち帰る活動をこそこそと行う。妙に馴染む晴嵐を疑問に思いながらも、この日の朝の活動は順調に完了した。

 やはり彼女は同業らしい。日の出前の作業を終えた感想は「懐かしい」……この一言に尽きる。

 人が物を廃棄しそうな場所にアタリを付け、同業者や敵対者の目を避けて漁り回る。敵勢力の数と質、世界の環境こそ異なるが……やってる事は残骸収集スカベンジだ。

 残飯漁りの経験だけは浅いが、そのほかの行為には経験がある。一通りこなし終えた晴嵐は背負子一杯に残骸を背負い、空いた腕にも残骸を抱えている。少女も少女で山盛りのブツを抱え、隠し通路の入口まで戻って来た。


「ふーっ……大量大量♪」

「うむ、悪くない」


 ヘドロで顔を汚しながら、朗らかに少女が笑う。晴嵐にもつもちの同行もあるが、二人でも余るほど物資を収集出来た。

 終末基準でもこの量なら、大満足で拠点に戻れる。テグラットも上機嫌で裏口を開いた。

 ガラガラと物音を鳴らして、自分の住居に物を運ぶ。積まれる資源にニンマリ笑って、横顔で晴嵐にささやいた。


「ありがと、すごい助かった」

「なに、構わんよ。これは日課か?」

「うん」

「そうだろうな……世話になる間は、毎日付き合おう」


 灰色の両目を細め、テグラットの耳がぴこぴこと動く。頭部上部の丸耳が揺れ動き、どことなく嬉しそうだ。

 獣人特有の感情表現だろうか? 初めて目にする所作に感心しつつ、男は手を動かす事をやめない。自分の荷物も積みあげて、今後の予定を少女に問うた。


「この後はどうする?」

「荷卸しが終わったら、適当に食べて……整理の続き、いい?」

「ああ……これはさすがにな……」


 山盛りのゴミを見上げ、軽い嘆息を漏らす。使えそうなブツはちらほらと見えるが、下手に触れれば崩れ落ちてきそうだ。

 良さげなモノを見つけて、とりあえず確保しておく心情は分かる。けれど拾った当初は「使えそう」と考えていても、後々になって「やっぱり不要だった」なーんて事はよくある。在庫が見つかったり、さして慌てる必要が無かったり……冷静になって見直すと、不要なものはごろごろ出てくる物だ。多少なりとも処分すれば、山の嵩も減らせよう。


「ダブった物はニコイチにして修復するか……それだけでも大分マシになるはず……」

「……ニコイチ?」

「二つの物を一つにして直す事を、わしはそう呼んでおる。使わない単語だったか?」

「うん。初めて聞いた。……やり方見てもいい?」

「ふ、盗めるものならやってみぃ。容易ではないぞ?」


 我ながらひどいハッタリだと、素直でない自分に唇を曲げる。実際のところニコイチ修復術は、コツさえ掴めば簡単だ。手取り足取り教える気はないが……自分から技術を盗もうとする、少女の姿勢は嫌いじゃない。


「数日だもんね……がんばろ」

「あぁ。わしがここにいるのは身を隠すためじゃ……長居はせんよ」

「そうだよね……こういう物ばっかり食べたくないよね……」


 集めた残飯の一部を二人が取り出すと、一般的には目を覆いたくなるメニューが広がる。

 キャベツの芯やニンジンの皮など、食材に向かぬと捨てられた野菜の部位。誰とも知らぬ歯形のついた、食べかけの骨付き肉。生臭い臭いを漂わせる魚の頭がいくつかと、大量に廃棄されたパンの耳が、袋つめで五つほど飛び出した。

 これは酷い……と感じた人間は、恵まれていると言わざるを得ない。裏路地基準で考えれば十分な食材だ。


「魚と適当に野菜ぶち込むか。あら汁風で頂こう」

「肉も食べちゃおう? 傷みやすいし。私は水取ってくるね……そうだお兄さん、これ使える?」


 多少気を許したのだろうか? 少女は試すような笑みで、手に一組の石ころを握っていた。それはライフストーンでもなければ、輝金属でもない。晴嵐の世界でも覚えのある道具に、低く笑い声を上げた。


「火打石か、懐かしいな……」

「……やっぱりお兄さん、ただの一般人じゃないよね……?」

「うん?」

「だって……普通の人はヒートナイフ使うもの。火打石の事、知らない人の方が多いよ……?」


 探りとも確信とも取れる少女の問いに、晴嵐は肩を竦めてみせた。

 これは自分が迂闊だった。この世界では、便利な魔法の金属が流通している。魔導式のヒートナイフが当たり前で、火打石は古い知識や技術なのだろう。

『魔法技術』を『科学技術』と重ねて、晴嵐は経験を込めて語る。


「最後に役立つのは高度な技術や魔法ではない。自分の身体と知識、そして原始的、物理的なモンじゃ」

「それは……すごくわかる。普通の人が使ってる便利な物って、私たちドブネズミには手の届かない物だもん」

「うむ。恵まれた前提が無ければ使えん。笑われようが、馬鹿にされようが、便利な前提がないわしらは、不器用に効率悪くやるしかない。こちらに落ちた事のない奴らには絶対わからん。的外れな嘲笑なんざ、勝手に言わせておけばいい」


 同族のにおいを嗅いだのだろう。少女はそれ以上何も言わず、晴嵐と共に屋外に出た。彼女が水を汲む傍らで、男は薪の上で火打石を打ち鳴らす。

 カッ、カッ、と乾いた摩擦音と共に閃光が散る。煤や埃、木くずの上を狙って火花を浴びせ、数度繰り返していくと焦げ目がつく。立ち上る細い煙と焦げた臭いを感じ取り、じっと狙いを変えずに擦り続ける。

 燻る木くずの中心に赤く光る火種が宿ると、火打石を脇に置き、静かに息を送り込んだ。

 吹き消さぬよう、最初はそよ風程度の勢いだ。送り込まれる空気に合わせ、明滅する赤い塊がじわじわと木くずの上に広がる。

 育つ火種に合わせ、空気の量も増やす。長く吹き付ける呼気に合わせ、小さな火種が炎を灯した。

 消える前に枯れ葉を乗せて、小さな火を絶やさぬように移す。焦げ目から灰に、灰から炎へ還元され、原始的な炎がジワリと枯れ葉を焼き尽くした。

 一度火がつけば後は維持するのみ。山場を越えた晴嵐は一息つく。


(ふーっ……後はテグラット待ちじゃな)


 無から広がる炎を見つめ、ひとまず腰を下ろす晴嵐。自前で拾い集めた残飯を確かめながら、水をくむ少女を待った。

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