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終末から来た男  作者: 北田 龍一
第三章 緑の国編

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残骸漁り

前回のあらすじ


 小屋で二人きりになった、晴嵐とテグラット。悪ガキの指摘や晴嵐の目を気にしたのか、少女の積み上げたガラクタの整理を始める。手を動かしながら「名前」についてのルールを知り、テグラットは己の事を軽く話す。彼女は晴嵐がチンピラを撃退した盤面を見ており、縁の奇妙さを晴嵐は笑った。

 裏の住人の朝は早い。

 拾えるもの、採集できるものは早い者勝ち。寝ぼすけノロマは喰いっぱぐれる。朝日が昇る前、街はまだ薄暗い中で、テグラットは目を覚ました。


(お兄さんは……寝てるよね)


 彼は数日居座るだけのようだし……昨日のいざこざの負い目もある。起こす事も悪いと思い、こっそり抜け出そうとした時、闇の中から声がした。


「どこへ行く?」

「あ……起きたの?」

「気配がしたからの」

「そ、そう……」


 ぐっすり寝息を立てていたはずだが、一瞬で目を覚ましている。眠気も多少覗かせているが、十分に動くことも出来そうだ。明瞭な低い声色で、少女に告げる。


「人手はいるか? 手伝おう」

「いいの?」

「待つのは苦手じゃ。連れていけ」

「わかった。ちょっと待ってね」


 テグラットは暗闇に目を凝らし、背負子とボロ布袋を腰に身に着ける。彼にも予備の物を手渡し、何も言わずに受け取る。準備が終わると、テグラットは住まいを抜け出し、闇の中へと躍り出る。足音をほとんど立てない動きに、後ろから男も追従した。

 薄々感じていたが、男の挙動は自分たちに近い。細かく説明せずとも、多分彼はついて来れると確信を持てる。一度だけ少女は小さく囁いた。


「人目に気をつけて来て」

「うむ」


 城壁の隠し通路を開き、路地から路地へと移動を始める。寝静まる街の中を、こそこそとドブネズミたちが蠢いた。

 主に飲食店の裏を狙い、ゴミ箱から残飯を漁る。力の弱い少女は他の住人に割り込まず、あまり人気のない店の裏を狙う。二か所分を素通しした後、三か所目のゴミ箱へ近寄った。

 割り込まれたら譲るしかない。説明の手間も惜しく、がさごそと残飯を荒らす。見張りだけでも十分と思っていたが、気がつけば男も一緒にゴミの中に手を突っ込んでいた。躊躇どころか嫌悪感一つ浮かべていない様子に、少女は灰色の瞳を丸くする。


(やっぱりこの人、一般人じゃないよね……?)


 普通の人ならもう少しこう……拒否反応と言うか、嫌がるというか……何か反応がありそうだが眉一つ動かさない。突っ込みを入れるのは後にして、何とか食べれそうな物を探した。

 腰の袋の方に、どこかの誰かの食べ残しを適当に突っ込む。裏の住人に割り込まれるのは勿論、表の人間に見つかっても危険だ。静かに素早く、作業を終わらせなければならない。

 いつもは一人だが、二人なら早く完了できる。運よく多く残飯を漁れたので、今日はここで引き上げていいだろう。目線で合図を送ると頷き、男は素早く彼女に追従した。

 立ち去る前に、荒らした痕跡を消しておく。周囲に撒き散らしたゴミを片付けてから、もう一つの日課をこなすべく移動を始めた。

 うっすらと上る朝日を見つめ、足早に駆けていくドブネズミたち。ひそひそ声で二人は言葉を交わした。


「片づける必要あるのか?」

「あるに決まってるよ……下手に荒らすと、捕まったり痛い目に遭うし……」

「あー……確かにそうか」

「お兄さん、なんなの? よくわかんない人だよね。表の人の臭いじゃないけど……なんだろう、私たちとも違う」


 答えは期待しない。流れ者は過去に傷を持つ者も多く、詮索は厳禁だ。逆鱗に触れれば生死に関わる。軽くつつく程度にとどめ、テグラットは男の反応を見た。

 男は笑っている。自嘲か、感心か、それとも苦笑か……複雑な情感がまぜこぜになった、歪な笑みを浮かべて答える。


「灰色の世界から来た。自分以外、皆死んだ世界から……」


 ……どういう意味なのだろう。テグラットには理解しかねた。顔に出ていたのか、男は寂しげな横顔を見せた。


「お主には想像できんだろうな……いや、わしが言えた義理ではないが……ともかく、汚れ仕事やドブネズミ稼業も慣れておる。そこは遠慮せんでいい。存分にわしを利用しろ」

「そ……そう? じゃあ、その……今日は持ち帰ろうかな、重い物も」


 再び二人は路地裏に入る。同業者たちがゴミ箱を漁るのを尻目に、テグラット達は次の行動を起こしていた。目指すのは別の路地裏……本当の意味での「行き止まり」だ。

 城壁都市の行き止まりは、隠し通路の場合もある。が、大半の場所は完全な袋小路だ。表も裏も人が来ない。だからこそ――ドブネズミや違法な者にとって、穴場となる。積まれたモノを見上げて、男は一つ溜息を洩らした。


「デカい粗大ゴミの山だな……」

「ん……今日は多いかも」


 誰の人目につかないからこそ、路地の奥は不法投棄にうってつけだ。定期的に表の住人が掃除に来るが……そこから物を拾い集めたところで、罰せられることもない。物を拾い集めるテグラットにとっては、絶好の採取地だ。


「流石に全部は回収せんよな?」

「うん。使えそうなものを拾う感じだよ」

「……今、お主が個人的に優先したい物資は?」

「特には……あ、でも薪材は欲しいかも。重いし、数運ぶの大変だし」

「心得た」


 一つ頷き、男は軽々とゴミ山の上に上る。身軽な様を見せつけられ、テグラットはまたしても首をひねった。


(本当になんなんだろう……この人……)


 本人は宿で宿泊中と言う。つい最近見かけた人だから、外から来た人で間違いない。その割には裏の空気に馴染んでいる。暴力の苛烈さも少女は目の当たりにしたが、かと思えばどこか抜けているような……

 いかんせん正体が分からないが、彼と敵対するのは危険すぎる。数日一緒にいるだけの相手ならば、無難に過ごしていけばよいのだ。


「こんなものか?」

「う、うん」


 背中にがっちりと資源を背負い、手慣れた様子で歩く男に頷く。

 数日間の同居生活は、こうして始まった。

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