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終末から来た男  作者: 北田 龍一
第三章 緑の国編

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名前

前回のあらすじ


 路地裏で子供たちを助けた晴嵐だが、身の危険を感じ貧困町に、一時隠れ住むことにした。

 城壁の一部から繋がる隠しスペースを通り、秘密の集落にたどり着く。ここに至るまでの経緯と「人狩」の存在と弱点を把握した所で、スリの悪ガキは消えて、少女テグラットと二人きりに。

 オンボロ住居に居座る晴嵐は、テグラット二人きりになった後、声を潜めて少女に要求した。


「さて……わしの行動は先ほどの通りじゃ。数日ここで様子を見させろ。その間お主はわしを匿え。ここまでは文句ないな?」

「う、うん」


 巻き込まれた身分と、恩義をちらつかせて要求を通す。だが問題はここからだ。


「で、わしの食い扶持の方じゃが……お主の仕事や、身の回りを手伝おう。それでどうだ?」

「ん……掃除するってこと?」


 部屋の中の雑貨を眺め、少女は微妙そうな顔をする。勝手に部屋の物を動かされるのを、嫌っているのか。それとも探りと疑われただろうか? 否定はせず、自分の方針を少女に提示した。


「希望ならそれでもよいが……お主の物資回収に同行してもいい。その身体では重量物は堪えよう? ただの居候では暇でたまらん。お主も人手が増える。悪い事ではあるまい」

「それなら……まぁ。でも、うん。整理整頓もしよっかな……私は困らないけど、やっぱり汚い、のかな」

「百人が百人、だらしない印象を覚えると思うぞ……」

「そっかー……」


 残念そうにゴミ山に歩き出すと、がさごぞと手を動かす少女。色んな部品や道具を引き出し、一つずつ並べていく。


「手伝おうか?」

「うん。上の方をお願い」


 空いた瓶を始め、石のブロック、汚れた紙の本、油瓶、壊れた宝飾品などなど、本当に雑多な物が出てくる。果ては金属鎧……いやゴーレムの部品か? 一体いくつガラクタを溜め込んでいるやら。


「お主よくもまぁ……ここまで集めたな」

「えへへー……」

「ま、使わなければ持ち腐れじゃがの」

「あ、あぅ」


 がらん、ごろん。物と物がぶつかる音を響かせ、雑多なものを整理していく。いくつかの木材や、壊れた箱などを発見した晴嵐は、手に取って視察に入る。


「ふむ……いくつか箱を壊していいか? これだけ素材があれば、一つに組みなおせそうじゃ」

「ふぇ? そ、そうなの? えーと……道具もあるけど、使う?」

「ありがたいが、修繕は明日に回そう。もう日も暮れておる。荒っぽい奴らを起こしてはたまらん。とりあえず出しておいてくれ。整理整頓は、わしが適当にやっておく」

「うん。あ、あと、力がいるのは、運ぶの手伝って」

「良かろう」


 手作りの雑なボロ小屋、積まれた残骸、汚れと油で饐えた臭い。舞い散る埃にせき込んで、資源の山に手を入れる感触。

 終末の稼業が想起され、自然と顔がほころぶ晴嵐。手を動かしたまま、少女は彼に一つ尋ねた。


「あの……お兄さんは、名前ってある?」


 純粋なカタギには、ピンとこない質問かも知れない。しかし荒廃を知る晴嵐は、問いかけの意味をあやふやに察した。


「持ってはいるぞ。まだ話す気はないが、の」

「そっか……余計な事だったかな……」

「何故聞いた? テグラット」


 あえて名前を呼び、少女の反応を確かめる。小さく笑ってから、彼女は裏の事情を語り始めた。


「さっきまで一緒にいた子、覚えてる?」

「あぁ、スリの悪ガキのことか?」

「あの子ね……名前がないの。ここの人達は名無しが少なくない」

「わかる話じゃな。捨て子か?」

「えっとね。名前を貰う前に捨てられた子もいるし……親に捨てられた後嫌になって、自分から捨てた人もいる……だから、その、名前には気をつけた方がいいの。本名呼ばれると怒る人もいるし、逆に名前のあるなしで揉めたりとか……その」

「面倒ごとになる?」

「うん」


 そう言えば……あの悪ガキの事を、少女は一度も呼んだりしなかった。呼ぼうにも名前がないのだから仕方ない部分でもある。

 しかしここで疑問が生じた。この少女の事である。


「お主は名前があるし、別段嫌がってなかろう?」

「私は、その……お客さんの相手する時、私に名前がないとややこしいから……誰かが適当に名付けたの。嫌な名前じゃないし、気に入ってる」


 自然体で手を進める少女に、気負う様子は見られない。本心からの言葉として受け取り、由来の名前を想像してみた。


「テグラット……鼠か?」

「それともう一つ……テグーって生き物だって。どんなのか私は知らないけど」

「デカい鼠みたいな奴だったかのぅ……しかし、どっちにしても耳は丸かったか?」

「さぁ……? でも、その、私は鼠型の獣人だから、あってる……と思う。」


 暗い赤から飛び出す、丸みのある耳を触って示す。あまり気にしていなかったが、少女はヒューマンでもエルフでもない。オークとは逆に、女性しか生まれない種族……「獣人」だ。

 

「……初めて見たぞ、鼠型とやらは」

「だよねー……多いのは犬型と猫型、次がキツネ型と狼型……だったかな……後は珍しい獣人みたい」

「見た目もそうじゃが、性格や能力に差は?」

「結構あるよ。私なんか……かなり臆病だし……物を溜め込んじゃうのも、関係あるのかなー……なんて」

「持ち込むまでは仕方ないにしろ、整理整頓はお主の責任じゃろ……」

「あぅ……」


 薄々は感じていたが……テグラットは控えめと言うか、押しに弱そうな性格に思える。挑発と内面の探りをかねて、煽り文句をぶつけた。


「お主、その性格で良く生き延びれたな」

「えぇと……危ないことからは、すぐに逃げて来たから……」

「成程、臆病さを上手く使ったか」

「うん。まさにドブネズミだよね。お兄さんの言う通り……」

「あん?」


 はて? 正面切って彼女に告げた言葉だったか? 視線を泳がせる彼に、少女は初めてクスリと笑った。


「路地で絡んできたエルフの人達、お兄さんやっつけてたでしょ? あの時私、こっそり見てたの」

「あー……」


 三人のチンピラを黙らせた後、背後で覗き見る気配に覚えがある。確かその時、ドブネズミと釘を刺していた気がする。

 ……本当に今日は、人と再会する日らしい。


「縁とはわからんモンじゃな」

「そうだね……」


 奇妙な巡り合わせに肩を揺らし、二人のドブネズミが笑う。

 突然転がり込んだ男に怯えながらも、少女は不思議と悪い気はしなかった。

用語解説


テグラット

 汚いストリートチルドレンに身をやつした、獣人の少女。

 暗赤色の髪と、灰色の瞳、そして頭部から生える丸い耳が特徴である。

 獣人は動物の特徴が身体に出るが、彼女は「鼠型」の獣人だ。臆病な性格で、晴嵐に対してもかなりオドオドしている。

(本人の性格もあるが……晴嵐の暴力行為を二度も目にしている。無理のない事かもしれない)

 名前の由来はテグー+ラット=テグラット らしい。名前に関してデリケートな裏の生活だが、少女はあまり名前にコンプレックスを持っていない。なお、物を溜め込む性質から、狭い小屋は汚部屋と化している模様。

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