城壁都市の裏側へ
前回のあらすじ
路地裏で吸血種に攻撃された晴嵐。逆に返り討ちし、逃げてきた少女も捕まえる。悪意がないと判断すると、彼女を解放した。
少女は奥に積まれた荷台に近寄り、囚われのストチルたちを解放する。抜け出した彼らは、晴嵐が殺害した吸血種の遺体を嬲り、暗鬱に笑ってから、全員でその場を去った。
城壁都市レジスには、暗黒街が存在する。
ただの貧困街と思いきや……このレジスの成り立ちを利用した、特殊な地域の一つである。その入口は行き止まりの奥にあった。
(これは……城壁か?)
曲がりくねった道を進み、袋小路の路地にぞろぞろと集まる。スリのガキと丸耳少女が前に出ると、城壁の一角をテンポよく叩いた。
すると――その一部が奥に引っ込んで開く。完成したパズルから、ピースを引き抜くかのようにレンガが消えていく。しばらくすると、人ひとり通れるサイズの入口が出現した。何らかの魔法を用いて作られた隠し通路だ。感心する晴嵐に気を良くしたのか、悪ガキは自慢げに胸を逸らす。
「へへへ……すげぇだろ?」
「……どうやって見つけた?」
「裏の元締めと取引して。上の連中は壁の中で暮らしているらしい」
順繰りに子供たちが壁の内部に侵入する。晴嵐も警戒心を保ったまま、城壁内部に踏み込んだ。
街を照らす魔法の明かりが、城壁内でも照明の役目を果たしている。密閉空間にも関わらず、空気の流れも感じられた。保温の機能もあるようで、十人以上で動いても熱気はこもらない。
観察もほどほどに足を進め、再び行き止まりにたどり着く。子供たちが壁に何度か触れると、またしても壁は道へと変わった。
周囲を建物に囲まれた、出口のない路地裏。そこに大小さまざまなオンボロ木材と、古ぼけた布の屋根の、粗雑な住居がある。スリのガキがわざとらしく、小ばかにするしぐさで集落を指す。
「ようこそ、秘密のドブ溜めへ」
「どうもご丁寧に」
嫌味の応酬を挨拶に、裏の一角に足を踏み入れる。悪ガキどもがバラバラに戻る中、スリのガキ、丸耳の少女、そして晴嵐の三人は一つの住居に集まった。
あちこちにガラクタが積まれ、山のように脇で転がっている。雑な住居の中にも乱雑に放置され、三人が入るとかなり手狭だった。
「あいっ変わらず整理整頓できねぇのな……」
あきれ果てる悪ガキに、少女はおずおずと反論する。
「で、でも……どこに何があるか自分でわかるし、いいかなって……」
「突然の来客で困っとるじゃろ……」
「あぅ……」
シュン、と縮こまる少女。なるほど汚いとはこういう意味か。スラムの悪臭を想像していた晴嵐は、可愛い物だと笑ってしまう。所謂「汚部屋」に、部外者を招きたくなかったのだ。
「来客を想像しろってのが無理だけどな。それも『人狩』をブチ転がす一般人……噂でも信じないね」
「奴らは手ごわいのか?」
「普通なら、な。アイツらしつこく追ってくるし、夜目も利く。奇襲なんてまず決まらない。おめぇどうやったんだ?」
「いつも通りに始末した……それだけじゃよ」
「おぉ怖い怖い。おれっちも寝首を掻かれないよう、気を付けねぇとな。テグラットはご愁傷様」
「あぅ……」
怯える少女、テグラットを無視して晴嵐は一人唸った。
夜目が利き、気配に敏感で、しつこく追ってくる――対峙した気配といい、吸血鬼の特性を持っているように思える。けれどこちらの世界にはいないはず。となれば……アレは吸血種に違いない。
しかし想像の外なのか、それとも彼らの常識に囚われているのか、奴らはただの『人狩』と認識している。奴らそのものについてはひとまず切り上げよう。状況を整理すべく、あの状況への前後関係を尋ねた。
「……わしが来る前、何があった?」
「俺はだいぶ前に『人狩』に捕まって、荷台で引き回されてたからわかんね。詳しいのはテグラットだ。おめぇが話せ」
「えぇとね……私は、その、ゴミ拾いしてたの。使えそうな物とか、気に入ったものをここに集めて……欲しい人がいたら、いろんなものと交換するの」
「!」
「ふぇ?」
目を見開く晴嵐に、気の抜けた声で反応する少女。全く察せない周囲から浮いて、男は一人唸る。
(まさか同業者とは……)
彼女の行為はまさしく、終末世界で晴嵐がやっていた交換屋稼業に近い。世界を跨いでも、人が考えることは同じ……と言う事か。感動とも呆れとも言えない感情が渦巻き、立ちつくす晴嵐の脇でガキが文句をつける。
「けっ、だからって家をゴミ屋敷にするんじゃねぇよ」
「ご、ゴミじゃないよ……使える物も、価値を見つける人もいるもん。なんか気に入った道具だってあるし……」
「おめぇの事はホントよくわかんね」
「……今は後にしてくれんか? 続きを頼む」
悪ガキが出しゃばると、テグラットが話を進めてくれない。軌道を戻してやると、控えめに声を発する。
「色々集めてたら、後ろから『人狩』に捕まって……適当に暴れて、これを押し付けたら嫌がって離したの」
「? なんだこりゃ? 鎖?」
少女が手から取り出したものは、鈍く冷たい輝きを放っている。二人の男が手に取って調べた。
「首飾り用のチェーンに見えるな……千切れたのが転がったのじゃろう」
「綺麗だよね」
「全く役に立たねぇよこんなもん」
「役には立ったよ」
「偶然だろ」
言い合う二人を尻目に、晴嵐はじっと検証を続ける。重さ、質感、輝きを調べ上げ、彼はある物質だと断言した。
「銀製の鎖……のようじゃな」
「ふーん……はした金にはなりそう」
「売り物にしないよ。お守りにもっとく。綺麗だし」
「好きにしろい……」
悪ガキがそっぽを向き、少女はぎゅっと鎖を握りしめる。口には出さずに、晴嵐は情報を噛み締めた。
(吸血鬼……いや吸血種は銀が苦手。ここも共通項か)
ポケットに忍ばせたライフストーンに、重要情報としてメモをする。同一の弱点を持つならば、対抗策として対・吸血鬼用の道具が使えそうだ。
「振りほどいて、慌てて逃げたら……お兄さんとばったり。後は……その、お兄さんが殲滅して終わり」
「はっはっは……」
乾いた笑い声をあげ、クソガキが低い天井を仰ぐ。晴嵐へ同情を寄せて謳った。
「そりゃ責任とれ言われるぜ。おめぇは運がいいのか悪いのか」
「さて……悪運だけは強いと自負しておるが……」
「ホント、テグラットはご愁傷さま。んじゃ聞きたい事終わっし、俺はお暇するかね」
そそくさと席を立ち、鼠の如く飛び出す悪ガキ。
残された晴嵐と少女は、気まずく互いを見つめ合った。
用語解説
城壁都市の暗部
城壁都市レジスの壁、および路地の一部には隠し通路が存在する。
特定の方法のみで道が開き、隠しスペースへと繋がっている。これは侵攻に備えた伏兵の配置箇所、物資貯蔵庫として用意されたものだ。
けれど既に千年近くの年月が経過し、一部は忘れ去られている。デットスペースと化した領域に、浮浪者や裏方の人間が居着いて、暗黒街、貧困町を形成していた。
吸血種の弱点
どうやら銀が苦手らしい。吸血鬼と同様の弱点である。




