吸血鬼は
前回のあらすじ
若者エルフに説教をしたことを振り返る。自分の経験と後悔からの、老人としての忠告を残した晴嵐は、自虐気味に過去を振り返る。未来は誰にも読めないと気を引き締めた直後、路地の影から暗赤色の髪の少女が飛び出してくる。
その後ろから来る気配……吸血鬼によく似た存在に、男は身構えた。
吸血鬼相手に、躊躇や容赦は厳禁だ。
それがかつて、世間を風靡した有名人であろうと、和やかに話をする間柄であろうとも、たとえ愛する者の顔をしていようと、吸血鬼は吸血鬼だ。
一瞬迷ったせいで、命を落としたものは数知れず。だから晴嵐は、吸血鬼の気配を感じ、敵意や殺気の類を感じた場合――意識を、思考を、肉体を、反射的に動かすよう己を変質させていた。
「運がねぇなぁ……ヒューマン。見られちまった以上死んで貰うぜ?」
ニタニタと笑う吸血種の男は、優位に酔った気で気付かない。
もう晴嵐は――当の昔に殺る気と言うのに。
「――吸血鬼は殺す」
呪文のように、呪詛のように、怨嗟に満ちた呟きと共にナイフを投擲。迸る殺意のまま投げつけられた刃物が、頭部、首、心臓目がけ無数に飛翔する――
「!?」
出会って数瞬。吸血種側にも敵意はあるが、反撃は全く予測していない。それもそのはず……晴嵐をただの一般人か、裏の貧困町の住人かと勘違いし、容易に捻れると侮っていた。会話も交渉も命乞いもなく、突然攻撃されるなど……欠片も考えつかなかった。
目を見開き、身体を捻るも左肩に投擲物が突き刺さる。痛みに呻き、熱を伴う信号が闘争本能を呼び覚ます。
吸血種は闇夜に牙を際立たせ、他者を捕食する獣のような本性をむき出しにする。傍らの少女が震え上がり……人を襲って刈り取る、上位者としての威容を周辺にばらまいた。
けれど相手が悪すぎる。血を啜る化け物と戦い続け、滅びた世界を生き延びた男、晴嵐には通じない。捕食者に対する恐怖程度で、彼の足は止まらない。むしろ――プレッシャーを受けた晴嵐は加速した。
「吸血鬼は殺す」
紡ぐ言葉は殺意の塊。極寒の眼差しで刃物を握り、投げナイフを連打しつつ間合いを詰める。心臓と首を狙いから外し、顔面……特に目玉へ攻撃を集中させた。
吸血種は泡食った。圧力が通じない事が、逆に吸血種に焦りを生む。足が動かず、首の動きで攻撃を凌ごうとするも、数が多い。
「くっ!?」
左腕を両目の前で覆い、脅威から身を護る吸血種。突き刺さる刃物に小さく呻き、闘争心が湧き上がるももう遅い。塞がった視界の隅に、至近まで迫った男の足がちらりと映った。
晴嵐は縮まった左腕の肩を掴み、手前に引くと同時に軸足を蹴り飛ばす。くるりと回るように地面に引き倒し、固い舗装で転がる。
「吸血鬼は……殺す!」
逆手に握った大型サバイバルナイフを、胸の中心に振り下ろす。肋骨をすり抜け、的確に心臓を穿ち、杭を打ち込むかのように深々と突き刺した。
「が……はっ……」
一瞬で朱に染まる衣服。驚愕に目を開いたまま、敵対的な吸血種は絶命した。引き抜いた刃物を軽く拭い、もう一度握り直す。
逃げてきた少女は怯えながらも、徐々に震えは収まっている。びくびくと小さく恐怖しながらも、晴嵐に声をかけようとして……悲鳴を上げた。
「吸血鬼は殺す……あと三体……」
まだ男は、臨戦態勢を保っている。少女が逃げて来た方面を見つめ、血塗られた刃物をきつく握りしめたまま……
「吸血鬼は殺す」
夢遊病者の表情で、絶対的な殺意をうわ言のようにブツブツと漏らす。どこか胡乱な瞳の先に、男は敵の気配を捉えている。
低く鋭く身体を屈め、獣の如く闇の中を疾走。十分な速度を出したまま――足音を完全に消失させて、敵へと迫る。
研ぎ澄まされたを通り越し、もはや妄執や狂気と化した吸血鬼への敵意。暴走する彼は、仕留めるべき獲物を探すかのようだ。
――暗闇の奥、荷台の周囲でたむろする吸血種を発見し、一旦物陰に身を隠す。何事かを話し合う吸血種の言葉に、晴嵐の理性が少しだけ戻った。
「ててて……なんでストチルが銀なんざ持ってるんだ……」
「さてねぇ……綺麗だから持っていた……とか?」
「深い理由はないだろう。しかしミリガンの奴、遅くないか?」
「まさかつまみ喰いでも? どうします? 我々も少し……」
「へへへ、悪かねぇ」
荷台の清潔な布をめくると、敷き詰められた子供の影が見える。口から唾液を滴らせ、下卑た笑みを浮かべてソイツらはへらへら笑っていた。
晴嵐は奴らを、血を啜る化け物と判断。微かに残った理性がリスクを訴えたが、荒れ狂う衝動は止まらない。意識を逸らした吸血種の一人へ、忍び寄った晴嵐は死神の如く首を刈り取った。
「――!」
「!?」
喉笛を切り取られた吸血種がくずおれ、地面に倒れ赤い花のように血液を広げる。生き残った吸血種二人が見たのは、吸血鬼を屠る男の影――
「吸血鬼は殺す」
吸血種たちに、言葉の意味は分からない。男が何者で、殺意を向ける理由も同様だ。
けれど、彼らははっきりと理解してしまった。
コイツの前では、自分たちの方が狩られる側なのだと。
喧騒はしばらく続いたが、吸血種が全滅するまで時間はかからなかった。
光の差さぬ暗黒の路地で、なんの抑揚もなく男は刃物をしまう。
怯え竦みながらも、影で見守っていた少女は、事を終えたとほっと胸をなで下ろした。男へ駆け寄ろうとした直後――
吸血種を葬ったその男は、少女の首に手をかけた。




