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終末から来た男  作者: 北田 龍一
第三章 緑の国編

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吸血鬼は

前回のあらすじ


若者エルフに説教をしたことを振り返る。自分の経験と後悔からの、老人としての忠告を残した晴嵐は、自虐気味に過去を振り返る。未来は誰にも読めないと気を引き締めた直後、路地の影から暗赤色の髪の少女が飛び出してくる。

 その後ろから来る気配……吸血鬼によく似た存在に、男は身構えた。

 吸血鬼サッカー相手に、躊躇や容赦は厳禁だ。

 それがかつて、世間を風靡した有名人であろうと、和やかに話をする間柄であろうとも、たとえ愛する者の顔をしていようと、吸血鬼サッカー吸血鬼サッカーだ。

 一瞬迷ったせいで、命を落としたものは数知れず。だから晴嵐は、吸血鬼サッカーの気配を感じ、敵意や殺気の類を感じた場合――意識を、思考を、肉体を、反射的に動かすよう己を変質させていた。


「運がねぇなぁ……ヒューマン。見られちまった以上死んで貰うぜ?」


 ニタニタと笑う吸血種の男は、優位に酔った気で気付かない。

 もう晴嵐は――当の昔にる気と言うのに。


「――吸血鬼サッカーは殺す」


 呪文のように、呪詛のように、怨嗟に満ちた呟きと共にナイフを投擲。迸る殺意のまま投げつけられた刃物が、頭部、首、心臓目がけ無数に飛翔する――

 

「!?」


 出会って数瞬。吸血種側にも敵意はあるが、反撃は全く予測していない。それもそのはず……晴嵐をただの一般人か、裏の貧困町の住人かと勘違いし、容易に捻れると侮っていた。会話も交渉も命乞いもなく、突然攻撃されるなど……欠片も考えつかなかった。

 目を見開き、身体を捻るも左肩に投擲物が突き刺さる。痛みに呻き、熱を伴う信号が闘争本能を呼び覚ます。

 吸血種は闇夜に牙を際立たせ、他者を捕食する獣のような本性をむき出しにする。傍らの少女が震え上がり……人を襲って刈り取る、上位者としての威容を周辺にばらまいた。

 けれど相手が悪すぎる。血を啜る化け物と戦い続け、滅びた世界を生き延びた男、晴嵐には通じない。捕食者に対する恐怖程度で、彼の足は止まらない。むしろ――プレッシャーを受けた晴嵐は加速した。


吸血鬼サッカーは殺す」


 紡ぐ言葉は殺意の塊。極寒の眼差しで刃物を握り、投げナイフを連打しつつ間合いを詰める。心臓と首を狙いから外し、顔面……特に目玉へ攻撃を集中させた。

 吸血種は泡食った。圧力が通じない事が、逆に吸血種に焦りを生む。足が動かず、首の動きで攻撃を凌ごうとするも、数が多い。


「くっ!?」


 左腕を両目の前で覆い、脅威から身を護る吸血種。突き刺さる刃物に小さく呻き、闘争心が湧き上がるももう遅い。塞がった視界の隅に、至近まで迫った男の足がちらりと映った。

 晴嵐は縮まった左腕の肩を掴み、手前に引くと同時に軸足を蹴り飛ばす。くるりと回るように地面に引き倒し、固い舗装で転がる。


吸血鬼サッカーは……殺す!」


 逆手に握った大型サバイバルナイフを、胸の中心に振り下ろす。肋骨をすり抜け、的確に心臓を穿ち、杭を打ち込むかのように深々と突き刺した。


「が……はっ……」


 一瞬で朱に染まる衣服。驚愕に目を開いたまま、敵対的な吸血種は絶命した。引き抜いた刃物を軽く拭い、もう一度握り直す。

 逃げてきた少女は怯えながらも、徐々に震えは収まっている。びくびくと小さく恐怖しながらも、晴嵐に声をかけようとして……悲鳴を上げた。


吸血鬼サッカーは殺す……あと三体……」


 まだ男は、臨戦態勢を保っている。少女が逃げて来た方面を見つめ、血塗られた刃物をきつく握りしめたまま……


吸血鬼サッカーは殺す」


 夢遊病者の表情で、絶対的な殺意をうわ言のようにブツブツと漏らす。どこか胡乱な瞳の先に、男は敵の気配を捉えている。

 低く鋭く身体を屈め、獣の如く闇の中を疾走。十分な速度を出したまま――足音を完全に消失させて、敵へと迫る。

 研ぎ澄まされたを通り越し、もはや妄執や狂気と化した吸血鬼サッカーへの敵意。暴走する彼は、仕留めるべき獲物を探すかのようだ。

 ――暗闇の奥、荷台の周囲でたむろする吸血種を発見し、一旦物陰に身を隠す。何事かを話し合う吸血種の言葉に、晴嵐の理性が少しだけ戻った。


「ててて……なんでストチルが銀なんざ持ってるんだ……」

「さてねぇ……綺麗だから持っていた……とか?」

「深い理由はないだろう。しかしミリガンの奴、遅くないか?」

「まさかつまみ喰いでも? どうします? 我々も少し……」

「へへへ、悪かねぇ」


 荷台の清潔な布をめくると、敷き詰められた子供の影が見える。口から唾液を滴らせ、下卑た笑みを浮かべてソイツらはへらへら笑っていた。

 晴嵐は奴らを、血を啜る化け物と判断。微かに残った理性がリスクを訴えたが、荒れ狂う衝動は止まらない。意識を逸らした吸血種の一人へ、忍び寄った晴嵐は死神の如く首を刈り取った。


「――!」

「!?」


 喉笛を切り取られた吸血種がくずおれ、地面に倒れ赤い花のように血液を広げる。生き残った吸血種二人が見たのは、吸血鬼を屠る男の影――


吸血鬼サッカーは殺す」


 吸血種たちに、言葉の意味は分からない。男が何者で、殺意を向ける理由も同様だ。

 けれど、彼らははっきりと理解してしまった。

 コイツの前では、自分たちの方が狩られる側なのだと。

 

 喧騒はしばらく続いたが、吸血種が全滅するまで時間はかからなかった。

 光の差さぬ暗黒の路地で、なんの抑揚もなく男は刃物をしまう。

 怯え竦みながらも、影で見守っていた少女は、事を終えたとほっと胸をなで下ろした。男へ駆け寄ろうとした直後――

 吸血種を葬ったその男は、少女の首に手をかけた。

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