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終末から来た男  作者: 北田 龍一
第一章 異世界編

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問答

前回のあらすじ


 無事に森を抜けだした二人。晴嵐は休むと称して留まるフリをし、シエラに毛皮を持たせて、村へ先に行かせた。

 オークたちの襲撃から一夜明け、ホラーソン村は表面上平穏を取り戻していた。

 オークは基本、100から200人での部族を作り、集団で放浪している民族だ。緑の肌で、体格は人間の平均より大きく、筋肉は鋼の如く盛り上がり、中には刃を通さないほどの強度の個体もいるらしい。

 個体差もあるが、魔術に秀でたオークもいる。今回の襲撃してきた部族には極端に少なく、群れの規模も50人前後だったが、それでも大きな被害が出た。

 部族の長が、条約で禁止された『狂化』を付与する魔法を使用していたのと、統率力に優れたオークが一人以上いたのだろう。以前攻め込んできた200人の部族より、手ごわい感触だった。領主様も同じ意見だったようで、帰ってきた村の守り手たちによくぞ……と声をかけていたものだ。

 辺鄙な村の領主だからか、それとも本人の気質なのか……この村の領主は村人と交流を持つような変人で、今回の争いの後にも兵舎にわざわざ顔を出しに来た。尤も、少しだけ個人の都合も混じっているが、今の領主様の心境を考えれば批難出来ない。

 自分がもっと力をつけていれば。僻地への兵役にやる気をそがれ、気の良い領主の好意に甘え、鍛錬を怠った結果がこのザマか。いっそ自分たちを責めてくれれば楽なのに……行方不明の彼女と、兵士長の事を思うと悔いても悔やみきれない。

 歯を食いしばって、背筋を伸ばす。せめて門番としての務めを果たさなければと、顔を上げた矢先に誰かが視界に入った。自分たちと同じ軍服を着たその女性は、門番を見つけると明るい声で「おーい!」と叫ぶ。目玉が飛びだすほど大きく開いて、信じられない思いで村の兵士は彼女を見つめる。もう再会は叶わないと思っていたのに、兵士長は無事に帰って来たのだ。


「シエラ兵士長! よくご無事で!」

「ああ、何とか帰って来れた。心配かけたな」


 一夜の間行方知れずだった兵士長は、目立った外傷もない。村に着いてほっと一息つく姿は、間違いなく彼女本人だった。


「オークに攫われてしまったのだと……よく抜け出せましたね」

「あー……はは、実はその、ゴブリンに不意打ちを受けてな。恥ずかしいので、あまり広めないでくれ」

「はぁ……ですが、その毛皮は?」


 獣の毛皮はゴブリン由来の物ではない。二枚あるうちの一つは、見るからに大物の毛皮だ。シエラはしばし言い澱んでいたが、たどたどしく疑問に答えた。


「実は、その……通りすがりの腕のいい猟師に助けられたんだ。負傷をポーションで癒し、野宿していたんだが、夜中に狼の群れに襲われた。その時も何匹か仕留めてな。この毛皮は、彼が私の取り分だと持たせてくれたのだ」

「気前のよい方ですね。その人はどこに?」

「疲れてしまったらしく、この道の先で休んでいる。彼には悪かったが、私は村に無事を知らせたかったからな……毛皮を預かってくれ。呼んでくる」


 門番も含め、多くの兵士たちが諦めていたのだから、一刻も早く帰りたいのは本人にとっても同じ。人が良すぎる兵士長は部下の信頼も厚く、彼女が失われる事態に多くの仲間たちが狼狽したものだ。

 その助けた猟師とやらに一杯奢らねば。失われた物も多いが、兵士長生還の立役者に礼を失したくない。この時浮かんだ発想は、しかし彼を見た途端霧散することとなる。

 そう……彼は既に『居た』

 シエラも、門番も、全く気が付かなかった。彼の方から話しかけられるまでは。


「不要じゃ。わしならここにおる」

「ぅわあ!? お、脅かさないでくれセイラン!」


 門番は慄然とした。シエラ兵士長からは背後で、会話をしていては察せないのも道理だが、自分は兵士長越しに道が見えていたはず。彼女の帰還に動揺があったのも事実だが、気配一つ感じ取れず、存在感を断ってみせる技量は異常であった。

 幽霊の如く希薄な男の、眼差しの酷薄さは若者のソレではない。全身から漂う廃れたオーラとでも言えばいいのか……直視した人間に原始的な恐怖を、鋭い刃物を喉元に当てられているかのような恐怖を、その胸の内に呼び起こさせる。

 なんだ、この人間は? 兵士長が言い澱んだ理由が分かった気がする。毛皮を剥いで処理しているし、猟師ではあるのだろう。しかし大量のポケットのついた、奇妙な上着は目についた。下は鉱夫が好むズボンに似ており、よくある品ではあるが……


「兵士長……その、彼が?」

「あぁ……猟師のセイランだ」

「失礼ですが、本当に? 弓を持っていないようですが……」

「わしは罠猟が主じゃ。一応短弓も使えるがの」


 受け答えは流動的で、あからさまな嘘のようには思えない。だが妙な恰好の初対面な相手の事を鵜呑みに出来ず、門番は質問を続けた。


「罠猟とは? 私は兵士なもので、弓で獲物を仕留める猟しか知りません」

「お、おい……彼は恩人なんだ、あまり深く尋ねるのも」

「名乗った以上ご存知なはずでしょう?」


 シエラを無視して、門番は言葉を浴びせる。彼女は人がいいが、同時に騙されることもしばしばだ。兵士長には悪いが、彼が最低限信用できるかは確かめなければならない。

 程なくして猟師の彼は……皮肉に満ちているのに、どこか安心したかのような笑みを見せて語りだす。


「獣のクセは知っておるか? よく観察してみれば、人間とそんなに変わらんぞ。美味いメシが取れる所とわかれば、何度かそこには訪れる。新しい道を開拓するより、既にある通りやすい道か、使い慣れた道を選ぶ。罠猟と言うのはな、獣どもが通りやすい、訪れやすい場所を見つけだし、罠を張り獣を捕える方法じゃな」

「ならなぜ、そこまで気配を殺す必要があるのです? 罠を仕掛けてから戻るまで、放置していればいいでしょう?」

「連中の五感は鋭い。いつもの道やいつものエサ場に違和感を感じ取れば、不穏に思って引き返すこともある。人間の痕跡や気配を辿られんようにするのは基本じゃろ。弓の猟でもここは変わらん」


 淀みの無い弁舌に、門番は唸った。大した事を述べていないのに、強い芯を感じさせる声色だ。少なくとも嘘をついている感触はない。


「ではその奇抜な上着は?」

「……やはり珍しいのか? これは拾い物じゃよ。収納が多いおかげで、服に小物を仕込めて便利でな。それと……触れてみろ、厚めの布じゃろ? 木の枝や刃物、獣の角や牙を胸に通しにくくできる。こっちは気休めじゃがな。良いものと思っとったが……」


 言われるがまま触れた布地は、確かに分厚い。その際わかったが、あちこちに細い傷が奇妙な上着に刻まれていた。

 猟師の彼なりに考え、便利な拾い物を流用していたのか。違和感を覚える部分はあるが、猟師の身分に偽りはなさそうだ。目線を青年に合わせ頷く。


「失礼しました。猟師セイラン。ですがこちらも戦闘の後です、ご容赦のほどを」

「構わん。むしろこの女が甘すぎて、今の今まで不安じゃったからな。お主の対応が普通じゃよ」

「なぁっ!? ひどいじゃないかセイラン君! 私はこれでも――」

「申し訳ありません兵士長。私も同じ意見です」

「君まで!?」


 ガーンと肩を落とす兵士長。感情豊かで、見ていて飽きない彼女は、その人望から今の役職に抜擢されたとの噂もあった。しかしその性格から、騙される話には事欠かない。


「この前、酒場の儲け話に引っかかりそうになりましたよね?」

「うっ……」

「その前は、悪ガキが作った落とし穴のイタズラに嵌ったとか」

「あ、あれは戯れだ!」

「かなり危うかったのは……二ケタの浮気がバレて制裁されたクズ男に、甘い顔したせいでキズモノにされかけたのでしたっけ?」

「もうやめてくれ……頼む、後生だから」


 これでもまだ氷山の一角である。致命的な事態になる前に火を消せて、どれも大ごとにはならなかったが……運が悪ければ一生を棒に振りかねない事態もあった。

 遠目で様子を見ていた猟師は、身内の会話を聞いて門番に囁いた。


「この女、有名なのか?」

「それはもう! 手のかかる人ですよ本当に!! 今回の事だって……! えーと、あなたに迷惑かけませんでしたか?」

「……特にない。ゴブリンから助けたのも偶然じゃ。話を聞く限りの印象で悪いが……シエラは運に恵まれておるな」

「そうですね……本当に危険な事になる前に、何か不思議な力が働いているような気さえします」

「似たようなヤツを一人見た事がある。ああいうのを神に愛されてると言うのかの?」

「君ら酷い言い様だな!?」

「事実じゃろ」「ですね」


 よよよと後ずさる兵士長を尻目に、彼はセイランをちらと眺める。鋭い目つきは変わらずだが、門番は自分と同じ感情の欠片を見いだし、この場での警戒を解くことにした。


「おっと、長話になってしまいました。二人とも続きは村で。兵士長は報告と、村の現状を把握なさって下さい」

「あぁ……そうだな。確かにその通りだ」

「ではシエラとはここで解散か。わしは部外者じゃろ」

「途中までは居てくれ。経緯を上に話さなければならないからな」


 不服そうではあったが、了承したのか何も返しはしなかった。


「それに、商人とのツテもある。毛皮の処遇も決められるはずだ」

「……わかった。じゃがわしを外すべき時は遠慮せず言え。その間に勝手に商談しておるからの」


 つっけんどんな態度を崩さない猟師。終始奇妙な男は、ホラーソン村の中へ足を踏み入れる。後にもう少し話しておけばよかったと、門番が後悔するのはもう少し先の事である。

用語解説


 オーク


 部族を組んで、村を襲う連中? 彼らの村は被害に遭ったようだ。外見は緑の肌色で大柄、筋肉モリモリのマッチョマン。


 狂化


 条約で禁止されている魔法? 戦闘能力を大きく引き上げる効果があるらしい?


 ホラーソン村


 シエラの所属する村。幸い完全に破壊されていないが、相応に被害は受けたようだ。

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