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終末から来た男  作者: 北田 龍一
第三章 緑の国編

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読めぬ未来

前回のあらすじ


若者エルフは、男に自分の事を饒舌に喋る。食事を進める内に、男に「何故話す」と疑問に思われ、若者は男に内面を見透かされてしまう。立ち去る男に縋ると最後「弱り目をあまり他人に見せるな」と忠告を残し、去っていった。

 メシを喰い終わった晴嵐は、夜風に当たっていた。

 魔法による街灯に照らされ、夜中でも街中は明るい。裏の通りは暗いままなので、念のため片目をつぶっておく。

 明るい場所から急に闇に入ると、人の視界は急激に悪くなる。時間が経てば適応できるが、その僅かな時間で危機に直面するかもしれない。片方の目を閉じておけば、片目は通常通り、もう片方は闇に慣れたままにしておける。

 晴嵐の表情が不格好に崩れる。不器用に目を閉じているからではなく、あの若者の態度と、自分の応対の甘さに戸惑っていた。


(なーんでわし、あんなに親切にしたんじゃ……?)


 脅す側と脅される側が、食事を挟んで呑気におしゃべり。饒舌で無防備な若者は順当でも、晴嵐は自分の反応が気に入らない。

 完全な無視を決め込んだり、確認を済ませてから席を立つ選択肢もあった。

 それなのに、だ。若者の人生相談を、あんな大っぴらな店で、二度目に出会った相手と真剣に話すなぞ甘すぎる。動機は何かと己を見つめ直すと……心当たりに笑ってしまう。結論があまりにも身勝手で、まさしく「クソジジイ」と呼ぶにふさわしい所業であった。

 足を止め、グズグズと悩んでいる若者に喝を入れたくなったのだろう。良く知らないはずの、敵対した相手と話す理由はそれしかない。

 晴嵐が若かった時代……つまり地球文明が崩壊する前、ああいう人間は無数にいた。晴嵐もその一人に含まれていたと思う。そして大半の人間が、途方もない悲嘆に暮れる事になってしまった。

 ――何故、世界が大きく変化しないと言い切れるのだろうか。

 日常は永遠ではない。崩壊の予兆の有無はともかく、今は決して永遠に続きはしない。今すぐ行動を起こさねば、失われる選択肢もあるのだ。

 ならば悩むことは悪だろうか? 

 否、悩み、考察を重ね、情報を収集することは良し。先を見ず無謀に突っ込めとは言わない。晴嵐が嫌いなのは……「問題を先延ばしにし、怠惰に時間を浪費すること」だ。

 明日やればいい? 余裕がある? いつでもできるから後回し? 

 愚か者。その予測は勝手に夢見ているものだろう。突然の理不尽が降りかかって、道が途切れたらどうする。あらかじめ努力をしておけば届いた道も、楽観と怠惰で浪費し、希望が断たれた後で嘆くのか?


(わしはそれで、かなり後悔したからの……)


 予兆を見るまで、直面するまで、目の前に続く世界は、壊れることはないと信じていた。

 けれど晴嵐の世界では、実際に核戦争が起こった。地球文明は致命傷を負い、さらに追い打ちの如く吸血鬼サッカーが出没。誰もが想像するより……世界はずっと悪い方向に変化してしまった。

 出来ることを、出来る内にするべきだ。経験から晴嵐は知っている。

 別世界の、異なる種族の若者相手でも、自分の過去と重なって情けをかけたのだろうか? 甘っちょろい発想を晴嵐は否定する。


(グズが嫌いなだけ。情けのはずがない……そのはずだ)


 晴嵐は本格的な崩壊前に、奇妙な夢に押され行動を起こした。その彼でさえ、後悔した事柄は数え切れない。されど……人類全体で見れば、まだマシな方と言えよう。

 最悪な人種は物事を保留し、日常を怠惰に過ごしていた者たちだ。選択肢の多さに惑わされ、優先すべき行動を見失った人々が、最も悲惨な心象に陥った。

 すべき事、やるべき事、本当なら優先すべき順位の事を、いつでもできると甘く見た代償は重い。道が途絶えた後でようやく「何故自分は、行動を起こさなかったのか」と、怠惰な己を深く悔いることになるのだ。

 過去味わった後悔が蘇ると同時に、自嘲気味に男は笑う。


(いや……隠すのは止めよう。あの若いヤツに、悔いなく生きろと言いたかった……のじゃろうな)


 なんとまぁ、お優しい事で。随分と不器用なクソジジイの説教になってしまった。唯一の救いは、受け取る若者側も嫌がってない点か。需要と供給が合致していたと納得しよう。でないと羞恥に潰れそうだ。それに――


(明日は我が身かもしれん。あまり偉そうな事は言えんな)


 店で話した通り、一手間違えれば立ち位置は逆だったかもしれない。気を抜いてはならぬ。いつ何時厄介ごとが身に降りかかるかは、誰にもわからないのだから。

 ――こういう時に限って、嫌な予感は的中する。

 人目の届かぬ裏路地に入り、閉じた目を開いて視界を戻す。暗闇に慣れた目と不慣れな片目の情報が混じり、気持ち悪いが無視して進もうとした、まさにその時。


「ッ! このガキ、銀を……!?」


 宿のすぐそばで喧騒が聞こえる。小さな足音がこちらに迫ってくる。やり過ごそうにも脇道が無く、逃げ出す誰かとの遭遇は避けられない。覚悟を決めて晴嵐は身構えた。

 出現するのは汚らしい茶色の襤褸布。暗い赤色の髪と灰色の瞳、頭部の上に生える丸い耳の少女が、晴嵐を見て絶句する。硬直した少女の背後から迫る気配に、晴嵐もまた緊張を走らせた。


「あぁクソ! 余計な仕事増やしやがって……まぁいい」


 追手が牙をニヤリと覗かせ、汚らわしい笑みを見せる。挟まれた少女は震え上がり、二人の男を交互に見つめる。

 ――晴嵐は、低く構えたまま動かない。

 饐えた裏路地の臭いの中でも、彼はその臭いと気配だけは逃さない。

 吸血鬼サッカーと同一の気配。ソレが晴嵐に悪意を向けていると認識した途端、彼の全身がカチリと切り替わった。

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