胸の闇を暴く言葉
前回のあらすじ
やんわりと謝罪を求めるカーチスを、男はバッサリと切り捨てた。カーチス側の心理を見抜き、その上で男は自分の行動原理を語る。残酷で真摯な言葉の群れに、せめて一言エルフの若者は言い返した。
この男に言わせれば、自分はどうしようもないクズなのだろう。事実クズだった自分を省みても、一つだけ胸を張れることがある。
「おっさん……自分はやめたよ。あの二人はおっさんの言う通り、今でも誰かに当たり散らしてると思う。安全そうな奴見つけて……おっさんにやられた事とか、諸々のストレスとかを知らない誰かにぶつけてる」
「……だろうな」
「やってる内は楽しい。でも、ふとシラフに戻ると『何やってるんだろう自分は』って……虚しくなる。それから逃げたくなって、また誰が適当に痛めつけて……繰り返すだけ」
本当に何をしていたんだろう? ストレスから逃避するために、関係のない誰かを痛めつけていた。暗い情動に身を委ねている内は楽しいが、そんな自分を後から自覚すると、かっこ悪くて情けない。
胸に溜まる淀みから逃れようと、ますます誰かを嬲って慰み者にする。逃げようとすればするほど……何も解決できない闇が蓄積し、自分が腐っていく感触があった。
そこからまた逃避するために、クズの行いを繰り返す。
逃げても、逃げても、胸から湧く恥辱は消えないのに、向き合う勇気がないから、逃げるしかない。今も弱音しか吐けない自分に、嫌気が差した。
俯くカーチスに対し、男は嘲り混じりに溜息を吐いた。ちらと男が視線を逸らし、一旦話を打ち切る。
話がひと段落するまで間を計ってたのだろう。店長のエルフが紫色のスープ鍋と、固いパンのセットを客の下に運んで来た。
「カーチス、いつものだよ」
「あ……ありがとうルルさん」
「アンタと趣味が合うみたいだね?」
「ほっとけ」
男のテーブルから空いた皿……ちょうどカーチスと同じメニューの空き皿を下げる。立ち去る直前、男は人差し指を上げて呼び止めた。
「わしも一つ、軽食を適当に追加で」
「揚げ玉ねぎでいいかい?」
「それで頼む」
当たり障りない会話に気が緩む。少し目を逸らしてスープを啜る。大丈夫だろうと気を抜いた直後、低い嘆息を男は漏らす。
「お前……わしがお主に何をしたか忘れたのか?」
「……」
すっかり失念していた。この男は仲間たちをズタズタに引き裂いた悪魔だ。なのにどうして? 恐ろしいはずの相手に、自分の内面をさらけ出しているのだ? 男も同じ結論らしく、胡乱な瞳で疑いを深める。
「そんなべらべらと、赤の他人にどうして話す? よりにもよってわし相手に」
「……わからない」
「わからん? わからんじゃと? お主また痛い目に遭いたいのか?」
「いやいや、嫌に決まってる。でもその……おっさんは真剣に、自分と話してくれるから」
男が背を反り、天上に向けて呻く。ほどほどに食事を食べ進めるカーチスは、次の一言で完全に硬直した。
「お前――誰にも相談できないのか?」
声が、出なかった。
恐怖と異なる衝撃に貫かれ、目玉が不審者のように揺れる。どうしてこの男は……カーチスの胸の奥に隠した本音を、自分がごまかしたい本音を、容易に暴き立てるのか。
「なんで……」
「なんでてお前……暴力振るわれた相手から、普通は距離取るじゃろ。最初の反応が自然で、今のお主の口ぶりや接し方の方が異常だ。
常識的に考えてもだ、こんな会話はまず親に話す。店員やわしに漏らす話ではない」
ちょうど店員が男の脇に小皿を置く。山盛りの揚げ玉ねぎをつまんでバリバリと食す。暗澹と溜め込んだ怒りを込めて、子供は小さく吐き捨てた。
「親は自分の話なんて聞かない」
「だろうな。だから軽い関わりの相手に話すしかない。にしてもまずは友人からだろうに……先に釘を刺しておくぞ、わしはお前の父親ではない。代わりにするな」
ぴしゃりと遮る言葉に、えも言えぬ悲しみが湧き上がった。
見捨てないでくれ、話を聞いてくれ、自分の事を見てくれ――置いてけぼりの寂しさと焦りが喉から出かかり、寸前のところで止まる。
これでは本当に……わがままを言う子供の心理そのものではないか。見透かされた衝撃のままに、カーチスは問いかける。
「なんで……そこまで分かる? 自分と親が上手く行ってない事とか……おっさんと、大して関わってないのに」
「人の心の基本は変わらん。それに当て嵌めて考えただけじゃ。お主の親云々は……似たような事情のエルフをたまたま知っている。それだけじゃよ」
無言で首を横に振るカーチス。もう一度小馬鹿にするような鼻息の後、男はゆっくりと軽食を口に運ぶ。
会話を途切れさせぬように、若者は細い声で縋りついた。
「自分は……どうすれば……」
「それをわしに聞くな。あくまでわしが興味を持つのは、お主が『例の事』を漏らすかどうか。お主が更生しようが、腐り果てて死のうがどうでもいい」
「そんな……」
「わかったわかった。なら一つだけ忠告しておく。
あまり大っぴらに弱音を吐くな。弱っている人間を助ける奴ばかりではなかろう? 安全圏から石を投げたり、金を搾り取るにうってつけの相手だ。お主もよく知っているじゃろ」
この男の言葉は、どこまでも冷たく突き刺さる。優しい幻想や悉く吹き飛ばし、代わりに現実の姿を浮き彫りにするのだ。
「……もう絡んでくれるな。その方がお互いに良いだろう」
話は済んだと背を向けて、男は店から立ち去る。
残されたカーチスは、突き刺さる言葉の群れと、しばし向き合っていた。




